第1章3話 魔王をぶっ飛ばして、英雄になる!
未確認生物のことなど微塵も気にせず、ラグルエルはあっけらかんと話を続けた。
「クラサカ君、魔法を使ってみましょう。まずは『ラーヴ・ヴェッセル』ってつぶやいて」
俺の右手を火で炙るという悪魔の所業を謝罪することもなく、未確認生物の話は消え失せ、代わりにわけの分からない言葉をつぶやけと言う。
そこはかとない怒りが胸にこみ上げてくる中、しかし魔法を使えることに喜ぶ俺は、仕方なくラグルエルの言葉に従った。
「ラーヴ・ヴェッセル」
すると、ラグルエルのデスクにホログラムらしきものが現れ、ラグルエルはそのホログラムを操作する。
「はい、これでクラサカ君は一定時間、魔法を使えるようになったわ。ラーヴ・ヴェッセル、覚えてね。その言葉をつぶやけば、私の執務室に魔法使用許可申請が届くから、私が申請を許可すれば、クラサカ君はどんな魔法でも使い放題になるって仕組みよ」
いちいち許可を取らなければ魔法が使えないとは、随分と面倒な仕組みだ。これも『プリムス基本法』やら『救世主派遣法』やらに定められたことなのだろう。
過去に救世主の力を悪用したヤツが恨めしい。
「ほらほら、魔法を使ってみましょうよ」
「とは言っても、どんな魔法をどうやって使えば……」
「フユメちゃんの説明を思い出して」
「どんなモノ・現象も一度経験すれば魔法として覚えることができる能力……まさか……!」
つい先ほど、俺は炎という現象を身を以て経験した。もしフユメの説明がそれを表しているのだとしたら。
右手を掲げ、俺は思い出す。五感で感じた炎を思い出し、想像し、再現する。
あれだけの痛みを感じた経験を、俺の五感が忘れることはない。一度経験したことを再現するのは、ゼロから何かを生み出すよりは簡単だ。
幸いなことに、妄想力のたくましさには自信があった。そして、この妄想力が、人生ではじめて役に立つ。
気づけば俺の右手には、小さな炎が揺らいでいた。
「すごい! こんなに早く魔法が使える人、はじめてです!」
「フフ~ン、私の目に狂いはなかったようね。五感で覚える魔法、それがクラサカ君が得た能力よ」
目を丸くしたフユメと、ドヤ顔を浮かべたラグルエル。
五感で覚える魔法とは、確かにチート能力だ。どんな現象であろうと、五感が覚えてしまえば、それを魔法として自分のモノにできてしまうのだから。
そして俺は、フユメの驚愕した表情を見る限り、魔法を使う才能があるらしい。
ようやく俺にも運が回ってきたようだ。
「じゃあクラサカ君、早速だけど魔法修行をはじめちゃいましょう」
魔法を使うという、誰しもが一度は抱いたであろう夢を叶え喜ぶのも束の間、ラグルエルが気の早いことを言い出す。
意識がラグルエルの言葉に集中し、右手の炎は消え、俺はラグルエルに訴えた。
「ちょっと待ってください。どうしてそんなに急ぐんです? 魔法使いになった余韻をもう少し楽しみたいんですけど」
「分かるわ、その気持ち。でもダメなのよ」
「なんでです?」
「実はね、『ムーヴ』を襲っている魔王は、すでに5つの世界を破壊した、とんでもなく強力なヤツなのよ。そんな魔王が率いる魔王軍も強力で、計算上、『ムーヴ』はあと1時間で滅びるわ」
「……は?」
ラグルエルが何を言っているのか理解できず、俺はしばらく呆然。
やっとのことでラグルエルの言葉を理解すると、俺の本音が
「いや……あの……やっぱり救世主は辞退します」
「どうして!?」
「『どうして!?』じゃないですよ! すでに5つの世界を破壊した魔王? え? 『ムーヴ』は1時間後に滅びる? は? 無理ゲーじゃないですか! 今から修行したって、絶対に間に合いませんって! 絶対に負けますって!」
「ソ、ソラトさん! 話を聞いて――」
「1時間で何ができるんですか!? 映画1本も見られないような時間で、何ができるんですか!? さっきの小っちゃい炎みたいなので戦うんですか!? さっきの小っちゃい炎みたいなので、魔王の右手を炙って『アツい!』って言わせるんですか!? だいたい――」
ふざけた話だ。
法律で禁止されているから、強くてニューゲームは認めない。そのくせ、倒さなきゃならない敵は強大。めちゃくちゃだ。
俺の不満はまだまだ言い足りないが、ラグルエルは絶妙なタイミングで俺の不満に割り込んでくる。
「ク・ラ・サ・カ・君、ちょっと聞いて。私は何も、1時間で修行を終わらせろとは言ってないわ」
「――5つの世界が破壊されたってことは、世界の破壊を止められなかったってことじゃないですか!? もう勝ち目ないじゃないですか! ちょっとやそっとの修行じゃ――」
「今ね、『ムーヴ』は限界まで時間がゆっくり進むよう設定してあるの。『ムーヴ』の1時間は、こっちの数ヶ月間分もある。少しだけ強くなって、魔王軍の幹部を倒せれば、もっと余裕ができるわ」
「――せいぜい魔王軍の幹部を倒すのが限界! 魔王を倒すのは無理! というか、1時間で世界を破壊するような魔王がいて、のんびり――」
「しかも、クラサカ君が魔法修行するのは、『ムーヴ』でも『プリムス』でもない。あなたが魔法修行をする場所は、『ステラー』という世界よ。『ステラー』は『スペース』よりも遥かに文明が発展した世界なの。魔法修行できる世界に文明レベルの制約はないからね」
「――魔法修行なんかいくらやったって無駄! 最強の魔王を打ち倒せるほどの魔力なんて、俺みたいな一高校生には無理です! だから――」
「加えて、世界を5つも壊した最強の魔王を倒したら、クラサカ君は一高校生じゃなく、真の英雄よ。もしかしたら、『プリムス』で最も偉大な救世主になれるかもしれない。どう? 最も偉大な真の英雄、なってみたくない?」
次から次へと言葉を繰り出すラグルエル。
だが俺の答えは、もう決まっていた。
「――だから俺は、まずは水魔法とか氷魔法を覚えたい! そして魔王をぶっ飛ばして、英雄になる!」
「あの流れからのその答え、結合部分が分かりません!」
フユメがなんだかツッコミを入れてきたが、知ったことか。
俺は魔王を倒し、『プリムス』史上最も偉大で最も強い真の英雄になるのだ。故郷よりも文明レベルが遥かに進んだ世界で、ゆったりまったり修行ライフを送るのだ。
「ラグルエルさん! 早く『ステラー』に連れて行ってください!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
たった今、俺は英雄になってみんなにチヤホヤされるという新しい夢を見つけたのだ。
夢を叶えるためには、すぐにでも『ステラー』とかいう世界に行かなければならないのだ。
強く固い俺の
「じっとしててね」
そう言って、見ているだけでも目が回ってしまいそうな、複雑な幾何学模様が彫り込まれた紙を床に敷くラグルエル。
「さて、これでオッケーね。2人とも、この紙の上に乗ってちょうだい」
転移のために用意された紙は、2人で立つには少し狭い。
紙の上に立つにはフユメと体を密着させる必要があるが、初対面の女性と体を密着させて大丈夫だろうか。後々に『救世主派遣法違反』とやらで訴えられたりでもしたら、俺は過去に調子に乗った救世主と同じことをしよう。
「行きますよ」
訴訟の心配をする必要はなさそうだ。フユメは一切の躊躇もなく、俺に体を密着させ紙の上に立ったのだから。
服の上からでも分かる柔らかい肌に、俺の鼓動は早くなり、一方でフユメの良い香りが俺の心を落ち着かせる。
心配から一転、今の俺は完全に困惑中だ。
「目的地『ステラー』。転移開始。それじゃあ2人とも、いってらっしゃい」
どこかニヤニヤとしながら、ラグルエルが手を振る。
直後、紙に彫り込まれた幾何学模様が光り輝き、俺たちの視界から執務室が消えた。
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