第1章27話 ボッズ・グループを殲滅すりゃ問題ない

 俺はグラットンの操縦桿を握り、ボッズ・グループの屋敷の庭にレーザーを撃ち込んだ。

 幸い、レーザーは敵に命中したようである。


「ソラトさん、旋回してください! シェノさんを早く助けないと!」


「分かってるって!」


 スロットルを開き、操縦桿を傾け、手前に大きく引く。

 フロントガラスの向こうに広がるメイスレーンの景色は流れ、再度ボッズ・グループの屋敷が俺たちの正面にやってきた。

 宇宙船の操縦に関してはど素人の俺でも、『ステラー』の最新技術とグラットンは俺の言うことを聞いてくれるようだ。


 正直、ドゥーリオからここまで来られただけでも奇跡である。


 困ったことに、エルデリアは宇宙船の操縦ができない。彼に操縦させたらみんな死ぬ、とHB274は笑っていた。

 そんなHB274も、宇宙船を操縦するプログラムは持ち合わせていないらしい。

 フユメに至っては自転車の運転もできないのだとか。


 当然ニミーもグラットンの操縦はできないが、彼女はシェノの操縦を近くで見てきた唯一の人物。


「そこのスイッチをおすとね、ぐらっとんが『ぐわー』ってなるよ!」


 こんな感じのアドバイスに従い、グラットンをなんとかして動かした。


 あとは長年のゲーム感覚に頼るしかない。

 自分は今、テレビの前でコントローラーを握っているのだ、フロントガラスの向こうにある景色はゲーム映像なのだと、俺は必死で自分を騙してきた。


 その甲斐あってか、俺たちはこうしてメイスレーンに到着し、ボッズ・グループの屋敷で敵に狙われるシェノを発見し、彼女の援護を開始できたのである。

 人生のうちの数百時間を戦闘機シューティングゲームに費やしたのは、決して無駄ではなかったのだ。


「ニミー! 着陸のやり方を教えてくれ!」


「ちゃくりく? わかった!」


 最後の難関、グラットンの着陸。空の旅を終えるのに必要不可欠な技であり、シューティングゲームにはない要素。

 俺はもう一度、奇跡を起こさなければならない。

 そしてのその奇跡を起こせるかどうかは、ニミーのアドバイスにかかっている。


「えっとね、すろっとるればーを『ぐおー』ってひくの!」


「スロットルレバーを引くんだな」


 ニミーの言う『ぐおー』とは、目一杯という意味だ。

 言われた通り、俺は右手でスロットルレバーを握り、引けるところまで引く。

 当然、グラットンのエンジンは静かになり、スピードも緩くなった。


「次は?」


「うえのね、あかいすいっちをおすの!」


「赤いスイッチ……これか」


 右上、つまり機長席と副操縦士席の間の天井に、目立つ赤いスイッチを発見。

 先ほどまでスロットルレバーを引いていた右手を伸ばし、俺はその赤いスイッチを押す。


 すると、グラットンの船首に装備されたスラスターが全開になり、グラットンは急減速した。

 急減速により体を前に倒されながも、俺はなんとか操縦桿を握り続ける。


「たぶん、ホバリングモードに移行したんッスね。ソラト、こっからはペダルで水平移動、スロットルレバーでスピード調整、椅子の脇にあるレバーで上下移動、操縦桿でピッチとロール操作になると思うッス!」


「よく分からん……ああ、もう! テキトーだ!」


 ボッズ・グループの屋敷は目の前、シェノのいる庭は直線上にある。

 スピードは緩めたのだから、このまま突っ込めば不時着ぐらいはできるだろう。

 俺はモニターにあるランディングギアマークをタッチし、シェノのもとへダイブだ。


「掴まれ!」


 迫る地面を前にして、そう叫ぶしかない俺。

 叫び終えたと同時、グラットンのランディングギアが地面をえぐった。


 まさしく惑星に叩きつけられた衝撃に、俺たちの体は宙を舞う。

 俺の体にはシートベルトが食い込み、フユメとエルデリア、HB274は操縦室のどこかしらに体をぶつけ、ニミーはコターツやミードンとともに床を跳ね大喜び。

 フロントガラスにはえぐられた土が被さり、パネルは警告で真っ赤に染め上げられている。


 それでも、さすがは無骨なグラットン。見た目に相応しく、グラットンは着陸、というよりは不時着、でもなく墜落の衝撃に耐え切ったらしい。


「お前ら……無事か?」


「私は大丈夫です。たぶん」


「無事ッス!」


《ひどい目に遭ったぜ、コンチクショー》


「わーい! ミードンとコターツといっしょに、おそらとんだー!」


 好き勝手な感想が飛び交うも、全員が無事な様子。

 みんな生きているのだから、これは墜落ではなく着陸だ。誰がなんと言おうと着陸だ。


「シェノを助けに行くぞ! ラーヴ・ヴェッセル!」


 どうして俺たちがここに来たのか。シェノを探しに来たのだ。


 そのシェノは、大量の殺意に押しつぶされようとしていた。だからこそ俺は、魔法使用許可申請を出した。

 本来の目的のため、俺たちは傾いたハッチを開けグラットンの外に出る。


 グラットンから数メートル離れた場所には、血まみれのシェノが横たわっていた。彼女はなおも銃を構え、ボッズの部下たちを撃ち続けている。

 俺は氷の壁を生み出し、ボッズの部下たちの攻撃を防いだ。


「シェノさん! 大丈夫ですか!?」


「フユメ、治癒魔法を!」


「ごめんなさい……許可が出ていない人の治療は、法律で禁止されていて……」


「はあ?」


《治療用の薬ならおいらが持ってる。感謝しやがれってんだ!》


 HB274はシェノに駆け寄り、小さな箱型の薬をシェノの傷口に当てた。

 傷の痛みに顔を歪めるシェノ。


 とりあえず、俺たちはシェノの命を救えたようだ。

 だが、シェノはナイフの切っ先のように鋭い瞳で、俺たちを睨みつける。


「どうして……どうして! どうしてあんたらがここにいるの!?」


 理不尽な怒りを撒き散らし、傷の痛みすらも忘れ、シェノは俺に詰め寄った。


「これはあたしの問題なの! あんたらには関係ない! あたしのくだらない問題に、あんたらが巻き込まれる必要はない! それなのに……どうして……どうしてあんたらは……!」


「もしかして、俺たちを面倒事に巻き込みたくなかったのか?」


「そう言ってるでしょ!」


「おいおい、ニミーの世話なんて面倒事を押し付けたのは誰だ? どうして俺たちがここに来たか教えてやるよ。俺たちは、ニミーをお前に返しに来ただけだ!」


「はあ? あんた、ホントにバカなんだね」


 大きなため息をつき、呆れ返ったシェノの視線が、俺に容赦なく突き刺さる。

 なんとでも言えばいい。

 シェノの面倒な家出・・も、ニミーの面倒な世話も、ここで一気にカタがつくというのなら、それで十分だ。


「おねーちゃーん! だいじょーぶ?」


 グラットンのハッチから顔を出し、不安げな表情をするニミー。

 ここでようやく、シェノの表情に笑みが浮かんだ。


「あたしは大丈夫だから、ニミーはグラットンの中に隠れてて!」


「わかったー!」


 起きてしまったことは受け入れ、シェノは俺に向き直る。

 彼女の右手には、しっかりと拳銃が握られていた。


「あんた、これからどうする気? ボッズ・グループに喧嘩売っちゃったんだから、まともな人生は送れなくなるよ?」


「ボッズ・グループを殲滅すりゃ問題ない。お前だって、そのためにここに来たんだろ」


「へ~、あんたもクソったれの仲間入りしたいんだ」


「面倒事から逃げたいだけだ」


「はあ……2人ともめちゃくちゃですよ。私の苦労も考えてほしいです」


 俺の答えに白い歯をのぞかせたシェノ、背後で頭を抱えるフユメ。

 何であれ、この状況を打開するためには、戦うしかない。

 魔法使用許可は出ているのだ。氷の壁の向こう側にいるボッズの部下たちを殲滅するのは、今の俺にとって難しい話ではない。


「行くぞ!」


 戦いの火蓋は切られた。


 俺は両腕を突き出し、氷の壁を大量の氷柱つららに変換、つまり盾を矛に変換する。

 氷柱はボッズの屋敷に向かって撃ち放たれ、庭に面した廊下を破壊した。

 廊下にいたボッズの部下たちは、舞い散る木片や石片の一部と化す。


 魔力を利用した未知の攻撃を前にして、生き残ったボッズの部下たちも唖然としていた。

 しかし唖然としている暇など、彼らにはない。

 シェノは銃を構え、3人の胸と頭を撃ち、1人の足を撃ち、逃げる1人の背中を撃つ。


「ボッズのボスは、どこに行ったんでしょうか?」


「たぶんこっち。ついてきて」


 フユメの疑問に答え、庭を横断するシェノ。

 俺たちは彼女の後を追った。


 庭を抜け、対面の建物に入ると、趣味の悪い調度品に飾られた廊下が広がる。

 ボッズのもとへ急ぐためにも、俺たちはその廊下を走った。


 廊下を走る最中、突如として1人の男が飛び出し、運悪く俺の胸にレーザーが直撃してしまう。

 いきなり飛び出してくるのはズルい。俺はあの世に旅立ってしまったではないか。


「蘇生、終わりました!」


 しばらくして目を開けると、地面に倒れた俺の側で、フユメが膝をついていた。


 少し視線を動かせば、そこは地獄絵図。

 襲い掛かる男の腕を掴み、腹にレーザーを撃ち込むシェノ。彼女は続けて別の男の首を掴み、隣の男の頭を撃つと、流れるように、首を掴んだ男の側頭にレーザーを撃ち込んだ。


 シェノは続けざまに、近づく女の胸と頭を撃つ。

 近づく2人の男の胸と頭を撃つ。

 さらに近づく女に掴みかかり、彼女を盾に3人の頭を撃つ。

 掴んだ女を蹴り飛ばし、地面に倒れた彼女の頭を撃つ。


 拳銃ひとつで廊下を血に染めていくシェノは、まさに鬼のようであった。俺の心は、シェノに対する恐怖で埋め尽くされている。


「気をつけて、バゾが来た」


 警戒すべき相手の前では、鬼も慎重になるようだ。

 シェノは廊下の先に現れた筋肉男を見て、銃を構えながらも、その場から動こうとしない。


 なぜシェノが慎重になったのかは、すぐに理解した。バゾという名の筋肉男は、シェノが撃ったレーザーを体に受けながらも、ひるむことなく前進を続けたのだ。

 もしや某映画の殺人マシーンなのではないかと思うほど、堂々とこちらに迫るバゾ。


「あの化け物、どうするつもりだ?」


「できれば捕まえて、ボッズの居場所を吐かせたいけど……」


「じゃ、任せろ」


 フロガと比べれば、バゾなど筋肉が多いだけのカカシだ。


 俺は腕を伸ばし、ドゥーリオの地下世界で凍えた経験を五感に思い出させる。

 すると、魔力によって生み出された氷がバゾの体を這い上がり、彼を凍りつかせた。

 氷の塊から頭だけを出したバゾ。間抜けなその姿をシェノは笑う。


「おお~、冷凍肉みたい」


 無邪気に笑うシェノは、どこかニミーと似ていた。まあ、ニミーはこんな凶悪な無邪気さなど持ち合わせてはいないが。


 俺は氷漬けのバゾに近寄り、質問する。


「お前のボスはどこだ?」


 しかしバゾは、理性の外側から笑うだけ。

 炎魔法によるロウソク程度の炎で顔を焼こうと、バゾが俺の質問に答える気配はない。

 シェノは小さくため息をついた。


「時間の無駄」


 笑顔に歪んだバゾの眉間に赤いレーザーが撃ち込まれ、バゾの頭はうなだれる。

 バゾからボッズの居場所を知る手段は永久に失われてしまった。


 それでも、ボッズの居場所を知る者はまだいたようだ。

 何かを察知したシェノは、おもむろに廊下の曲がり角へ。すると曲がり角から、4本足の毛の多い小男が飛び出してくる。


 小男はシェノの隙を突いたとばかりにナイフを振り下ろすが、そんなことはシェノの想定内。

 わずかに体を捻らせナイフを避けると、シェノはナイフを持った小男の右腕を掴んだ。そして小男の脚を払い、うつ伏せに転ばせ、彼の背中に膝をつき、その動きを封じる。


「あんたのパパはどこ?」


「誰が教えるかよ!」


「教えなくて良いの?」


 シェノの冷たい言葉とともに、小男の後頭部に拳銃が押し付けられた。


「店の方だ! パパは店の方に逃げた!」


「あっそう」


 もう用済みだ、と言わんばかりに引き金を引いたシェノ。

 立ち上がったシェノと、二度と動くことのない小男を見て、俺とフユメはドン引き中だ。

 本気で、シェノはボッズ・グループを殲滅する気でいるらしい。

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