第1章28話 偶然は怖いッスよ

 激流のような殺意を抱いたシェノは先を急ぎ、俺たちは彼女を追う。

 

 廊下を走った末、俺たちがたどり着いたのは、小男が口にした『店』だった。

 この『店』は、俺たちも知っている店。俺たちがシェノに依頼を申し込み、そしてエルデリアと出会ったあのバーだ。

 客は1人もおらず、静けさに支配された店内には、シェノが探す標的――ボッズの姿が。


「バゾはどうした? 息子は?」


「殺した。仕方ないでしょ、襲ってきたんだから」


「そうか」


 悲しみや哀れみといった感情は、ボッズの表情からも口調からも、一切感じ取れない。

 感じ取れなくて当然だ。そんな感情、ボッズは持ち合わせていないのだから。


「奴隷はさらってくればいくらでも作れる。ガキは女さえいればいくらでも作れる。てめえが殺したのは、ただの消耗品だ。てめえやてめえの父親と同じ、俺様が生きる糧となる消耗品。調子に乗るんじゃねえ」


 どうやらボッズへの認識を変える必要がありそうだ。

 この男はロクでもないヤツだと思っていたが、とんでもない。この男は、メイスレーンに散らばるどんなガラクタにも及ばぬ、ただのゴミだったのだ。


 ボッズに向けられたフユメの瞳も、もはや生物を見るそれではなくなっている。

 それでもボッズは、俺たちを見下すのであった。


「ところで、そこの小僧と女は誰だ? 見たところニンゲンっぽいな。俺様を敵に回せばどうなるかも分からぬ低能が、まだいたのか。これだから劣等種は愚かなんだ。劣等種には分からねえだろうから教えてやる。使えねえ消耗品は捨てられても文句は言えねえんだよ」


 そう言い放った瞬間、ボッズは小さな筒を店内に投げ込んだ。


 筒からは煙が吹き出し、一瞬にして店内は煙幕に包まれる。

 煙の中、かすかに見えたのは、店の出入り口に向かうボッズの背中。


 このままではボッズに逃げられる、と思ったその時であった。


「やあボッズ。今日もイライラしているようだな。人生最期の日くらいは、平穏に過ごしたらどうだ」


 ボッズの行く手を遮った低い声。

 店の入り口には、白のフードを被る、杖をついた長身の男が、数人の部下を連れて立っていた。


「ヒュージーン!? 今は忙しい! そこをどけ!」


「悪いが、そういうわけにはいかないのだよ。ボッズ・グループは今日で壊滅、メイスレーンは私たちベス・グループのシマになるのだから」


「ふざけたことを言うな! お前まで劣等種になり果てたか!?」


 怒りに毛を逆立たせ、脂肪にまみれた体を冷や汗で濡らすボッズ。

 そんな彼に銃口を向けたのは、薄れゆく煙幕の中に立つシェノである。

 残された時間が少ないことに気づかされたボッズは、唾を飛ばし叫ぶのだった。


「どいつもこいつも、イカれてるのか!? 許さんぞ! 俺様に逆らったてめえら全員、必ずぶっ殺してやる! 奴隷と消耗品は、俺様が必ず――」


 1発の銃声と、1本の赤いレーザーが、ボッズの叫びを、ボッズの横暴を終わらせた。

 頭に穴をあけたまま、ボッズの恰幅の良い体は力を失い、床に倒れこむ。


 ギャングのボスが迎えた、あまりにもあっけない死。

 もう1人のギャングのボス、ヒュージーンという男は、ボッズの死を確認すると、何を言うでもなくその場を去っていく。


 ヒュージーンの去り際、彼の部下の1人がボッズの死体をまたぎ、俺たちのもとに歩み寄ってきた。


「あの中を生き延びるなんて、やっぱりソラトたちはすごいッスね。実は化け物だったりするんスか?」


 人懐っこいその笑みと口調は、俺たちの見知った人物のもの。

 俺たちの前に立つのは、紛れもなくエルデリアであった。


「お前……どうして……?」


「なんでエルデリアさんが、あのヒュージーンという方と一緒に?」


「ソラトもフユメさんも、理解できないって顔してるッスね」


「あんた、ヒュージーンのスパイだったんだ」


「お、さすがにシェノさんは正解にたどり着いたッスね。そうッスよ、ボクは同盟軍のエージェント兼ベス・グループのスパイだったんッス」


 ようやく自らの正体を包み隠さず口にしたエルデリアに対し、俺とフユメは唖然とした。

 同盟軍とギャングの掛け持ちとは、このエルデリアという男、なぜお人好しでいられるのかまったくの謎である。


 俺たちの唖然とした顔が可笑しかったのか、エルデリアは笑っていた。

 笑いながら、彼は話を続ける。


「ボクたちのボス、ヒュージーンさんは、ボッズ・グループの壊滅を狙っていたんッスよ。それで、ヒュージーンさんはボッズ・グループを瓦解させる存在として、シェノさんに注目してたんッス」


「だから、あんたはあたしに近づいた?」


「その通りッス。同盟軍のエージェントとしての任務もあったから、合理的に考えて、ちょうど良かったんッスよ。ま、ソラトについては想定外だったんスけどね。まさかその想定外が、ボッズ・グループ壊滅に大きく貢献するなんて、偶然は怖いッスよ」


 苦笑いを浮かべたエルデリア。

 これは褒められていると受け取っても良いのだろうか。俺とフユメは、お互いに顔を見合わせることしかできなかった。


 一方でシェノが気にするのは、一度は捨てた未来の話。


「あんたらが願った通り、ボッズは壊滅した。で? ヒュージーンはあたしを、ニミーをどうする気?」


「シェノさんの活躍がボッズ・グループを壊滅させたんッスから、ボスもシェノさんに感謝してるッス。ってことで、ボスはシェノさんとニミーちゃんに自由を与えるとのことッスよ」


「自由、ね。もちろんタダじゃないんでしょ?」


「条件はあるッス。これからはボクが仕事請負人になって、シェノさんに仕事を与えることになるッス。ああ、拒否権はあるから安心するッス」


「そう」


 たったそれだけの反応を示し、シェノはエルデリアに背中を向けてしまった。

 困ったのはエルデリアである。


「あれ? シェノさん? 答えは?」


「なあエルデリア、あのシェノの反応は、好きにしろってことだと思うぞ」


「そうなんッスか……それならそう言ってほしいッス……」


 これだから人間は理解できない、と顔に書かれているかのような表情をしたエルデリア。

 そんな彼の表情が可笑しく、俺とフユメはつい笑ってしまう。

 エルデリアは釈然としない様子でヒュージーンの後を追い、俺たちの前から去っていった。


 俺たちはシェノを追う。


 ボッズの部下たちの亡骸が放置された廊下を歩き、俺たちは屋敷の庭まで戻ってきた。

 庭の土に食い込むグラットンからは、HB274でお人形遊びをするニミーが、シェノを見つけるなり満面の笑みを浮かべる。


「おねーちゃーん!」


 ミードン片手にてくてくとシェノに駆け寄ったニミー。

 シェノは傷だらけの体でしゃがみ込み、ニミーの頭を優しく撫でた。


「怪我はなさそうだね。ミードンも元気?」


「みーどんもげんき! おねーちゃんは、いっぱいけがしてるね! ニミーがなおしてあげる! こっちこっち!」


 シェノの体を汚す血の半分が、実はシェノの血でないことは、気にしてはいけない。

 小さなお医者さんは、血まみれのシェノの腕を引き、彼女をグラットンに連れていった。 


 仲の良い姉妹を眺め、フユメは優しく微笑む。


「ソラトさんの魔法修行は、魔王討伐以外でも人を救うことができるんですね」


「かもな。ただ、これだって魔法修行のひとつだって、俺は思ってるぞ」


「というと?」


「世界を救うなら、まずは身近な人を救え、っていう修行だ」


「なるほど」


 俺の言葉に感心した様子のフユメは、どこか感慨深そう。

 続けてフユメは、再び優しく微笑んだ。


「それにしても、悲しみが繰り返されずに済んで、本当に良かったです」


「悲しみ?」


「もしシェノさんがあのまま死んでしまっていたら、ニミーちゃんはシェノさんを憎んでいたかもしれません。シェノさんが、自分のお父さんを憎むように。それはすごく、すごく悲しいことです」


「……そうだな」


「ただ、シェノさんのお父さんは、きっと今のシェノさんと同じ思いだったのでは、とも思うんです」


「どうだろう。シェノのお父さんがどんな思いだったかなんて、もう誰にも分からないだろ」


「いえ、分かるかもしれないんです」


 はっきりとそう口にしたフユメの手には、1枚の紙切れが握られていた。シェノの父親がシェノに遺した、謎の数字が書かれただけの、あの紙切れだ。

 今のフユメは、まるで紙切れに書かれた謎の数字の意味を理解したかのようである。


 しかしその前に、俺はコターツの中で至福の時を過ごしたい。

 まさに地獄絵図の屋敷を後にし、俺はグラットンに乗り込み、一直線にコターツへ潜り込むのであった。

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