第1章25話 武器ならいっぱいあるでしょ
シェノは同僚である運び屋に金を払い、単身ドゥーリオを離れ、メイスレーンにやってきた。
ニミーとグラットンをドゥーリオに置き去りにし、ゴミ溜めのような街にシェノが戻ってきた理由は、ボッズのボスと話をつけるため。
だからこそ、シェノはボッズ・グループの屋敷の入り口で、門番と睨み合っているのである。
「用件は?」
「別に、ちょっとボスに会いに来ただけ」
「用件は、と聞いている」
「ボスに会いに来たって言ったでしょ」
「……分かった。分かったから、銃を下ろせ」
顔なじみの門番は苦い過去を思い出し、脅しに屈した。彼は確認のため、屋敷に連絡を入れる。
一方で新人らしき門番は、シェノの体を舐めるように見回し、下品な笑みを浮かべていた。
メイスレーンの飢えた男たちなど放っておき、シェノは腕を組みながら、ただ門が開くのを待ち続ける。
しばらくした後、顔なじみの門番は言った。
「入れ。武器はここに置いていけ」
「はいはい」
いつも通りの指示に対し、シェノはいつも通りに従い、太ももにぶら下げられた銃とナイフを門番に渡す。
続けて新人門番がシェノの前に立ち、下品な口から下劣な言葉を吐き出した。
「脱げ。全部だ」
これもまた、シェノにとってはいつも通りのこと。
「脱がしたいなら無理やりやれば。得意でしょ?」
「なめた態度をとりやがる。悪くねえ」
欲望と興奮を隠すことなく、体を乗り出した新人門番。
それでもシェノの瞳に新人門番が映ることはない。
むしろ、顔なじみの門番は
「やめておけ。死ぬぞ」
「はあ? 武器も持ってねえ小娘ですよ? 俺たちの玩具みたいなもんじゃないですか」
「この小娘なら、お前を殺すのに武器も必要ない。良いから大人しくしてろ。5人目の死者となると、俺もこの仕事を続けられなくなる」
「チッ、分かりましたよ」
楽しみを奪われ機嫌を悪くする新人門番。
門はすぐに開かれ、門番たちを横目に、シェノは無感情なまま屋敷に足を踏み入れた。
豪勢な装飾品に包まれるボッズ・グループの屋敷は、ゴミ溜めのような街では異質な存在。豪勢な装飾品のゴミ溜め、といったところか。
ガラの悪い男たちに紛れ、汚いエントランスを歩き、階段を上り、2階の廊下を進み、シェノはボッズのボスの執務室までやってくる。
執務室前には武装した複数の男たちが集まり、シェノの到着を待っていた。
「ボスがお待ちだ」
そう言った男は、シェノの頭に銃口を突きつけ、彼女を執務室に案内する。
重苦しい扉が開かれると、恍惚とした表情を浮かべた薄着の女とすれ違い、執務室の中へ。
部屋の奥では、ボッズのボス――ボッズ=ガサゴワラが、脂肪に膨れた体をデスクチェアに休ませ、突然の訪問者を歓迎していた。
「シェノ=ハル、どうした? 借金を返しに来たのか?」
しゃがれた声がシェノを見下す。
銃口を突きつけられたままのシェノは、しかし普段通りの様子で、デスクを挟んだ先に座るボッズに応えた。
「今日はニミーの話をしに来た。だけど、その前にひとつ確認したいことがあるんだ」
「なんだ?」
「パパの家に、あんたのグループのコインが落ちてた。ってことはさ、あたしのパパを殺したの、あんたでしょ」
「ほう、気づいていたのか」
さして驚かぬボッズ。
シェノもまた、これといって特別な反応は示さない。
ニタニタと笑うボッズは、シェノの父親について語り出す。
「病床の妻のため借金を背負い、だが妻を亡くし、2人の娘を捨て、最期は借金取りに抵抗し殺された、愚かな男だったさ。それでも俺様はあいつに感謝している。偶然とはいえ、あいつのおかげで、俺様はてめえという奴隷を手に入れられたんだからな」
それは偶然のことだったのである。
4年前、シェノの父親を殺したボッズは、街のコソ泥であった少女を捕まえた。
自分と妹のためだけに生きる哀れな少女は、ボッズが殺した男に捨てられた少女。
これを面白がったボッズは、その少女――シェノを捨て駒として使い、いつしかシェノは、殺しもできる腕利きのパイロットとして成長していく。
この因縁、隠し通せるものではない。実際、シェノは真実にたどり着いた。
「俺様は、てめえの親父の仇だ。さて、てめえはどうするつもりだ?」
「いや、そのことはどうでもいいの。ただの確認だから。それより――」
因縁などあって然るべき、父親の死は父親の自己責任と言わんばかりに、シェノは話題を変える。
今の彼女にとって、自分を捨てた過去の存在を誰が殺したのかなど、
シェノが本当に話したいことは、未来のある存在について。
「パパを殺してくれたことは感謝するけど、ニミーを殺すのは許さない。ニミーのこと、もう放っておいて。あの子を人質にあたしを好き勝手したいみたいだけど、無駄だから」
淡々としながらも、強気のシェノ。
そんな彼女に、ボッズは嘲笑を浴びせる。
「てめえ、ドゥーリオに妹を置いてきたみてえじゃねえか。今頃、俺様の部下がてめえの妹をとっ捕まえてるだろうよ。バカなヤツだ。遠くに妹を隠せば、俺様たちがあのガキを見つけられないとでも思ったのか?」
「バカなのはそっちでしょ。ニミーを捕まえた? あり得ない。あの2人がいて、そう簡単にニミーが捕まるわけない。今頃、あんたの部下は死んでると思うよ」
嘲笑を跳ね除け挑発気味のシェノに、ボッズは青筋を立てた。
執務室に並ぶボッズの部下たちも、苛立ちを隠さない。
彼らは分からないのだ。なぜシェノは、妹を置き去りにしここに来たのかが。
「相変わらずムカつく小娘だ。いい加減、本題に入ったらどうだ」
「そうね、じゃあ素直に言うから、ちゃんと聞いててよ」
表情ひとつ変えず、頭に突きつけられた銃口も気にせず、シェノは口を開いた。
「あたしがいなくても、ニミーを守ってくれる人はいる。だからあたしは、ニミーのために、そして日頃の不満解消のために、あんたを殺しに来た」
さも当然のように飛び出した宣言。
当たり前の感情のように放たれる殺意。
ボッズの部下たちは全員が銃を構え、引き金に指をかける。
銃口に囲まれたシェノを見て、ボッズは嗤った。
「てめえ、俺様がどんな男かは知っているだろ? 俺様は敵には容赦しねえぞ」
「あんたもあたしがどんなヤツか、知ってるでしょ? あたしは、殺すと言った相手は必ず殺してきた」
「調子に乗るな劣等種。これだからてめえらニンゲンは劣等種と呼ばれるんだ。この状況でどうして俺様を殺せる? 武器もないのに、どうして俺様を殺す?」
「武器ならいっぱいあるでしょ」
直後、シェノは後頭部に銃を突きつけた男の腕を掴み、男の背後に回る。
背後に回ったシェノによって首を抑えられ身動きが取れぬ男は、シェノの武器となった。
シェノは男が持つ銃を別の男に向け、引き金を引く。
赤いレーザーが執務室を飛び交い、数人の男が反撃もままならず命を落とした。
反撃ができたとしても、それはシェノの武器である男を殺すだけ。
死体を盾に数歩退きながらも、銃を奪ったシェノは確実にボッズの部下たちを撃ち殺していく。
わずか数秒後、執務室で息をする者は、シェノとボッズのみであった。
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