第1章24話 シェノさんが、どこにもいないんッス!

 俺たちが帰ってきた『ステラー』は、管理者ラグルエルの力のおかげだろうか、俺たちが『ムーヴ』に転移してから3秒後の世界であった。

 たった3秒間で大きな変化があるはずもない。

 数少ない変化は、崩れた桟橋で釣りをする女性と、その隣に立つ唐変木の男がいなくなったことぐらい。


 今日の魔法修行は中止、俺たちはグラットンに帰ることにした。


「やっぱり『ムーヴ』と比べると、『ステラー』は平和だな」


「そうでしょうか? 先日は帝國の兵士が住人を殺害していたんですよ?」


「1時間後に滅亡する世界よりは平和だ」


「かもしれませんけど……」


「もしかして、オークやガーゴイルのことを気にしてるのか?」


「はい。『ステラー』に魔王が従える魔物が出現したことは、昨日のうちにマスターに伝えておいたんです。それなのに、マスターはそのことを一言も口にしませんでした」


「どうせ、仕事サボってるだけだろ」


「そうだと良いんですが……」


 考え事に耽るフユメは、いつもの快活な瞳で、冷酷に空を見上げる。

 フユメが何をどこまで考えているのか、俺には分からない。

 しかし、フユメが導き出したとりあえずの答えには、冷酷さなど微塵もありはしなかった。


「これ関しては、マスターの返答を待つしかありませんね。ソラトさん、グラットンに戻りましょう。ニミーちゃんとミードンが待ってますよ」


 つまり、面倒なことは全てラグルエルに押し付けようということか。これには俺も全面的に同意だ。

 コターツで昼寝をするため、俺たちはグラットンへの帰路を急ぐ。


 街を抜けターミナルまでやってくると、そこには翼を休めたグラットンが。


「小僧! 黙ってさっさとそのガキを渡せ!」


「そういうわけにはいかないッス! ニミーちゃん、隠れるッス!」


「かくれんぼだー!」


 休んでいるのはグラットンだけ。

 銃を持ったガラの悪い3人のチンピラが、グラットンの乗り入れ口に群がっていた。必死で彼らの相手をするのは、困り顔のエルデリアだ。


 チンピラのガラの悪さには、見覚えがある。メイスレーンにて腐るほど目にしたチンピラと、同じ匂いがする。まさか、またボッズのボス関係だったりするのだろうか。


「お前らは、どうしてニミーちゃんを襲うんッスか!?」


「あのガキを人質に、シェノを従順な奴隷にするためだ。最近、シェノのヤツが調子に乗ってるんでな、ボッズのボスも我慢の限界なんだ」


 またボッズのボス関係であった。しかも、ニミーを人質にシェノを奴隷化させようと言い放った。ボッズのボスは、本当にロクでもない男である。

 シェノためにも、ニミーのためにも、俺の怒りを和らげるためにも、あのチンピラどもには退散してもらおう。

 俺はナイフ魔法を使う準備をはじめた。


「おーい! ニミーに会いたければ、まずは俺と話をするんだな!」


「ああ? 誰だてめえ? ぶっ殺されたくなけりゃ――」


 言いかけて、ナイフに腹を貫かれた1人のチンピラ。

 残った2人のチンピラは顔を真っ赤にする。


「てめえ! ぶっ殺して――」


 2人のチンピラも、先ほどのチンピラと同じ末路を辿った。

 彼らは手にした銃を撃つこともなく、胴体からナイフを生やし、その場に倒れ息絶える。

 この程度のチンピラは、もはや俺の相手ではないのだ。


「エルデリア、大丈夫か?」


「ソラト!? 良いとこに来たッス。問題発生ッス!」


「問題なら、今しがた解決したように見えたけど。それよりシェノは?」


「それが問題なんッス! シェノさんが、どこにもいないんッス!」


「はあ?」


「仕事の話でここに来たんスけど、グラットン内にはニミーちゃんしかいなかったんッス。しかもチンピラに襲われる始末。きっとシェノさんの身に何かあったに違いないッス!」


 確かに、ニミーが危機に陥れば、シェノがそこにいないはずがない。

 ところが今になってなお、シェノは姿を現さないのだ。

 俺とフユメが『ムーヴ』でフロガと戦っている間に、一体何があったのだろう。


 フユメも心配そうにする中、ミードンを抱いたニミーが、ひょっこりと顔を出した。


「かくれんぼ、もうおわり?」


 状況に似合わぬ無邪気な笑顔を浮かべたニミー。

 小さな子に死体は見せられまいと、フユメはニミーを連れてグラットンに乗り込み、ニミーに質問した。


「ねえニミーちゃん、お姉ちゃんはどこに?」


「わかんない。でもね、ソラトおにいちゃんに、これをわたして、っていわれたの」


 小さなポケットの中から1枚の紙切れを取り出したニミーは、それを俺に渡す。

 受け取った紙切れには、短い文章が書かれていた。

 俺は魔力の補佐を受け、その文章を読んでみる。


『フユとソラトへ。あんたたちの強さなら、必ずニミーを守れる。だから、ニミーはあんたたちに任せた。』


 たったそれだけの内容。

 しかしシェノの悲壮感と強い決意は、これだけの文章からも読み取れる。


 俺の頭に浮かんだのは、家族の話を吐露したシェノの表情。そして、宇宙を『先の見えない闇でしかない』と言い放ったあの時の表情。

 紙切れを覗き込んだフユメは、シェノが父親に渡されたという紙切れを手にしていた。


「あのバカ……」


 俺が想像したのは、シェノの最悪の未来。俺はこの想像を、現実のものにしたくはない。

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