第1章18話 人間ってのはつくづくバカだな、おい

 直情的に立ち上がり、俺は魔法を使うため物陰を飛び出そうとした。


 しかし、俺は物陰を飛び出すどころか、何者かに腕を掴まれ、近くの建物内に引きずり込まれてしまう。


 俺の邪魔をしたのは、シェノとエルデリアの二人。

 広場では銃声と悲鳴が虚しく響き、再びデイロンのふざけた言葉が踊った。

 住人を救えなかった怒りと悔しさが、腹の底から湧き上がってくる。


「おいシェノ! エルデリア! 何するんだ!? 俺は住人たちを助け出そうと――」


「あんたバカでしょ。帝國の兵士たちは、最初から住人たちに用なんてない。あいつらは住人たちを殺すことで、あたしたちをおびき出そうとしてるの」


「はあ? 俺たちをおびき出す? その帝國とかいうヤツらと俺たちに、何の関係があるんだよ!?」


「正確に言うと、ボクと帝國に関係があるんッスよ」


 申し訳なさそうにしながら、エルデリアが重い口を開いた。

 お人好しのエルデリアと、狂った帝國の連中に関係があるとは、俺にはとても思えない。

 俺はエルデリアを問いただす。


「関係がある? エルデリアとあの連中に?」


「別に、ボクが帝國の一員ってわけじゃないんッスよ。ソラトは、銀河連合・同盟軍とエクストリバー帝國の関係は知ってるっしょ」


「知らん!」


「そこからッスか……。エクストリバー帝國ってのは、宇宙を支配するのは人類だって信じ疑わない連中、人類支配論者の人間たちが作り上げた国家ッス。ヤツらは自分たちの理想の世界を作るため、ボクたち銀河連合に戦争を吹っかけようとしてるんッス」


 どこの世界にだって迷惑な連中がいるものだ。

 しかも、今回は俺たちと同じ人類が悪玉ときた。どうせ他種族に蔑視され堪忍袋の緒が切れた連中の暴走、といったところだろう。面倒くさい。


「ボクは同盟軍のエージェントとして、帝國の動向を探っていたんッス。で、ある日こんなものを見つけっちゃったんスよ」


 そう言ったエルデリアが軽く叩いたのは、HB274が運ぶ、宙に浮いた2メートル程度の箱。シェノに運んでほしいと言ったあの荷物だ。


「帝國内では機密扱いされていた謎の生物『オーク』ッス。生物兵器の疑いもあったんで、ボクはこいつを1体盗み出して、同盟軍に渡そうとしてたんッス」


 スパイ映画のような話を聞きながら、一方で俺は、やはりオークのことが気になってしまう。

 俺は魔物図鑑を取り出し、オークの項目を探し出し、エルデリアにそれを見せた。


「なあ、オークってのはこれのことか?」


「そうッス! これッス! え? どうしてソラトがこの情報を持ってるんスか?」


「気にするな、こっちの事情だ」


「フユメさんも、オークを知ってるんスか?」


「はい、知っています。でも、ソラトさんの仰る通り、いろいろと事情があって……」


「まあ良いッス。こっちも正体を隠してたんスから、無理に事情は聞かないッス」


 必要最低限の情報はこれで共有できた。

 とりあえず現状を整理してみよう。


「ええと、エルデリアは同盟軍のスパイで、帝國はオークを取り返しに来た。それで、エルデリアをおびき出すためにドゥーリオの住人を殺してる。そういうことだな」


「その通りッス」


「つまりエルデリアが全ての元凶だと」


「帝國が元凶ッス! ボクのせいにしないでほしいッス!」


 確かに、その通りだ。盗まれた物を取り返すにしても、それが虐殺の理由にはならない。

 そう、俺たちの前では虐殺が繰り広げられている。

 さすがにこれ以上の犠牲者を出すわけにもいかない。


「これからどうする気だ?」


「ボクとシェノさんは、荷物を運んでる途中だったんッス。もうすぐで山頂に同盟軍の軍艦が来るはずッス。彼らと合流できれば、ボクの任務は完了ッス」


「あたしはグラットンに向かう。ニミーが無事か心配だし、グラットンで山頂まで飛べば、何とかなるだろうし」


「待て、住人たちはどうするんだ?」


「放っておくしかないッス。今のボクたちじゃ、みんなを救うのは無理ッス」


「無理だと? 本気で言ってんのか? まさか、お得意の合理的判断か?」


「……そうッス」


「仕方ないでしょ。どこの誰とも知らないヤツらのために死ぬなんて、お断り」


「お前ら……」


 できることには限りがある。

 2人の判断が間違っているとは言えないし、2人の判断は正しいとすら思う。

 こんな状況であれば、誰もが2人と同じ判断を下すだろう。


 だが、ここには俺というイレギュラーがいるのだ。俺がいる時点で、普通の判断を下す必要はないのだ。


「分かった。シェノはグラットンに向かってくれ。エルデリアはここに隠れてろ。住人たちは俺が救う」


「ダメっす! 無謀ッスよ!」


「これだからバカは……」


「信じてくれ。俺の力なら、帝國の兵士ぐらい倒せる。そうだろ、フユメ」


「私は、ソラトさんを信じます。ソラトさんなら、必ず住人たちを救い出せます」


「フユメさんまで……」


 これまでになく力強い口調のフユメに、エルデリアは呆れ返ってしまった様子。

 対してシェノは、俺たちを鼻で笑った。


「そこまで言うなら、勝手にすれば。別にあたしは、あんたらが死んだって関係ないし」


「ちょっと、シェノさん!? みんなどうかしてるッス!」


 エルデリアはお手上げ状態。

 彼は俺たちの判断が理解できないようだ。


 一方でHB274は、俺たちに愛想を尽かしたようである。

 彼の次の言葉が、エルデリアを諦めさせた。


《人間ってのはつくづくバカだな、おい。大バカもんだ》


 バカで結構である。

 住人たちを理不尽な死から救い出すためなら、バカと蔑まれようと知ったことか。

 そもそも、俺の持つ力を考えれば、俺の判断は必ずしもバカなものではない。むしろ、合理的ですらあるのだ。

 魔王を倒すため自然の力を身につけた俺が、帝國の兵士ごときに負けるわけがないのだ。


「行くぞ、フユメ」


「はい」


「シェノも、準備良いな?」


「いつでもどうぞ」


「エルデリアはここで大人しくしてろよ」


「分かってるッス。他にできることはないッスからね。HB、荷物の監視をよろしくッス」


《任せやがれ!》


 各々がやるべきことは決まった。


 俺は建物から一歩踏み出し、広場に立つ。

 背後にはフユメが控え、万が一に備えていた。

 リーダー格の男は俺の存在に感づいたのだろう。彼は振り返り、俺の顔をじっと見つめ、ニタリと笑う。


「アハハ、標的はヘッカケッサと聞いていたが、これはどういうことだ? まさかこんなところで、2人の同志に会えるとはな」


 同じ人間というだけで、デイロンは俺たちを同志と呼んだ。

 冗談じゃない。こんな狂ったヤツらと一緒にされたくはない。


「お前ら、覚悟しろよ」


「ううん? 同志よ、何をする気だ?」


 両腕を突き出し、俺は覚えたての氷魔法を使おうと、五感に刻まれた記憶を思い出す。何としてでも住人たちを守ろうと、住人たちを囲む氷の壁を想像する。


 思い出し、想像したのだが、どうしてだろう。氷の壁はいつまで経っても現れない。

 深い沈黙の中、風の吹く音が虚しく広場を通り過ぎていった。


 住人たちも帝國の兵士たちも首をかしげ、デイロンも困惑した様子。一番困惑しているのは俺なのだが。


 広場に漂う気まずい空気。

 これはまさか、と思っていると、背後のフユメが真っ青な顔で俺に伝えた。


「ソ、ソラトさん! 魔法使用許可、切れちゃってます!」


「マジかよ」


 啖呵を切ってからのこの状況、恥ずかしい。


 いや、恥ずかしがっている場合ではなかった。デイロンは拳銃を手にし、ニタリと笑ったまま俺を撃ったのだ。

 赤いレーザーが風を切り、俺の右太ももに命中する。

 全身に走った激痛に顔を歪め、呻き、俺は地面を這いながらフユメのもとに向かった。


「おや? 逃げるのか? アハハ、興ざめだな。せっかくなら、命を散らせるその瞬間を見せてくれても良いじゃないか。ほら、出ておいで」


 物陰に隠れた俺に向かって、何発ものレーザーを発射するデイロン。

 あらゆる理由で顔を真っ赤にした俺は、すぐさま「ラーヴ・ヴェッセル」と呟き、フユメに傷を治してもらう。


 傷を治してもらう間、フユメやシェノ、エルデリアの顔を見ることができなかった。

 もしかして、みんな俺を笑っているんじゃないか。笑ってる。絶対に笑ってる。


「ソラトさん、魔法使用許可が下りました」


 なぜ俺は魔法使用許可の確認を怠ってしまったのだろう。ますます『救世主派遣法』への憎しみが増していく。

 この憎しみを晴らすためにも、二度とカッコ悪い姿を見せないためにも、今度こそ。


「自分が命を散らせる瞬間でも見てろ!」


 五感の記憶と想像力によって、突き出された両腕の先、住人たちと帝國軍兵士たちとの間に、分厚い氷の壁が現れる。

 氷の壁は住人たちを守る盾。帝國軍兵士からの攻撃と、俺からの攻撃を防ぐための盾だ。


 兵士たちは突然のことに混乱中。この隙に、俺は兵士たちに向かって氷柱つらら魔法を撃ち放った。

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