そして、伝説へ
「アンタの話の傾向から考えると、きっと年代は同じくらいよね。性別は男性だと仮定して、そうだ、何かご当地ネタでも振ってみれば決定打になるかも。うーんと、自転車の別称は?」
「ケッタマシーンですかね」
「マジか……思いっきり同郷じゃないの。……ねぇ、まさかとは思うけど学生時代の読書感想文、何の本で書いた?」
「芥川龍之介の『トロッコ』です。あれは短いので良いですよ。オススメです」
「…………これで決まりだ!」
「二人で一人のアレですか」
「そう、私はハーフボイルドだったってわけね。つか、ちょっとネタが偏り過ぎじゃないかしら」
「一番良く観ていた番組ですからね」
「そこよ! どうしてアンタがその事を知っているのか、って話よ」
「それは本棚が……」
その時、どこからともなく低い声が森の中に響いた。
「そろそろ文字数が危ないから、結論を出してしまいなさい」
「ほらー、アンタが早く思い出さないから、ぶんちゃんに怒られちゃったじゃないの」
「誰ですかそれ。というか、思い出すって何を?」
「それは……」
「貴方が、私の夫だということよ」
瞬間、もふもふの身体から眩い光が放たれた。そして、消えた。
「ちょっとー、そこは元の姿に戻るところなんじゃないの?」
「現実世界に身体が存在しないと無理みたいだね」
「だから、なんでそういう肝心なところだけ融通が利かないのよ……」
「先程僕がさりげなく伏線を張ったけれど、この世界は君の経験や知識から創られている。君は異世界設定否定派だから、ご都合主義にはならなかったようだ」
「……私、この世界に残る」
「それは無理だ。僕の記憶が戻ってしまった以上、君は元の世界に帰される」
「なんで!? 私、聞いてない!……聞いて、ないよ………」
「ごめん。僕も記憶を取り戻す前は知らなかったんだ」
「どうしても、戻らないといけないの?」
「恐らく、もうすぐ君の足元に穴が開いて、君はそこに吸い込まれる」
「じゃあ、私あそこの木に登る。もう二度と地上では生活しない」
「それは無理だ。穴の吸引力はサイクロン掃除機の比じゃない」
「貴方と一緒に元の世界に戻ることは出来ないの?」
「それも、無理だ。僕の今の身体は借り物だ。魂はこの世界から抜け出せない」
「私が戻ったらどうなるの?」
「わからない。新たに生まれ変わるのか、永久に消滅してしまうのか」
「そんな……」
「改めて説明すると、この世界は召喚した救世主毎に新しい舞台が形成される。そして、必ず世界観を説明する為に生前親交のあった者の魂が呼び出されるんだ。そしてその魂は、召喚された人物が一番会いたいと願った人物が選ばれる」
「ちょっと待って。でも、その魂は生前の記憶がないわけよね? それって意味あるの?」
「本来なら、救世主が目的を全て達成した時点で記憶が呼び起こされて、それまではコメディだったのに、急に最終回だけお涙頂戴展開が始まるはずだったんだよ」
「途中の過程をまるまるすっ飛ばして、いきなりラストに到達してしまったのね……」
「ある意味、君の望んだ展開になったわけだね。……いけない、もうあまり時間がない」
「え、そんなに余裕ないの? もっと他に話したいこと、たくさんあるのに……私、貴方に伝えたいことがいっぱいあるの。お願い、もう離れるのは嫌。貴方のいない世界になんて帰りたくない。本当に、これでお別れなの……? もう、二度と会えないの?」
「それは……僕にも分からない」
「こんな中途半端に再会するくらいなら、召喚なんてされなければ良かった」
「そんなことはないよ。僕達は別れが突然すぎて、お互いに何も大事なことを伝えられなかったから、きっと可哀想に思った誰かがチャンスをくれたんだよ」
「それなら、異世界召喚よりタイムリープの方が良かったのに」
「僕の事故を回避する為に君が危険な目に遭うのは、本意ではないな」
「それでも、少なくとも元の姿の貴方に会うことは出来るじゃない」
「お互いにね。まさか、最後がこんなメルヘンチックな絵面になるとは思いもしなかったよ」
「そうよね。こういう場合、大体元の姿が幻になって現れるものなんじゃないの?」
「残念ながら、この世界には忖度という概念も無いらしい。……さて、そろそろ時間だ」
「やっぱり、どうしても、…………」
「僕も、もっと君と一緒にいたかったよ。夫婦漫才みたいに掛け合いをして、くだらないことで笑い合って……特別なイベントなんて何もなくて良い、ただ君とずっと一緒に日常を過ごしていけたら、それで良かったんだ」
「そんないかにも終わりっぽい台詞言わないでよ」
「事実、もうこれで最後だ」
「……ごめんね。ありがとう。大好き。ずっと、元の世界に戻っても、貴方の魂が消えてしまったとしても、ずっと……忘れないから、絶対に」
「謝るのは僕の方だ。君を一人にしてしまってすまない。ずっと、愛してた。そして、これからも君を愛し続ける」
亜由美の足元に、小さな穴が開き始めた。白い塊が、亜由美の胸元へ飛びついた。
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