色彩のみからなる商標


 亜由美の目前には森が広がっていた。そして目の前を、懐中時計を片手に小脇に傘を抱え、ロイド眼鏡をかけてジャケットを羽織ったウサギが走り去っていく。


「まぁ、井戸に落ちるって時点でなんとなく予想はしてたけどさ、ちょっとモチーフが安易すぎない? 大体、本家はウサギ穴じゃなかったっけ」


「定番ですからね。それより、ご自分の姿をご覧になってください」


「うわぁ~水色のワンピースに白エプロンかぁ。ちょっとこれ、某所から著作権侵害で訴えられない? 世界中に星の数ほどこんな格好したキャラ存在してるから、逆に大丈夫なの?」


「彼女の名前を聞いて、まず誰もが最初に思い浮かぶデザインですからね。問題ないでしょう」


「白黒ボーダーのニーハイになっているあたり、今風の萌えキャラに寄せてて微妙な気がするわね。どうせならもっとレースでリボンで甘々なロリータ風にして欲しかったなー。これ、着せ替え要素はないの?」


「それだと別のゲームになってしまいますから。一応、これで次の目的地には到達できましたね」


「そういえば森がどうとか、ってちょっと、アンタさっき一度足を踏み入れたら二度と出られない森とか言ってなかった?」


「大丈夫です、ただの例えですから。出口まではボクが案内します」


 一人と一匹はてくてくと森の中を歩いた。


「動物の気配が全くないんだけど、この森には何もいないの?」


「乙女ゲーなら、獰猛なモンスターに襲われたところを誰かが都合良く助けに来てくれたりしそうなものですけどね。小動物くらいしかいないんじゃないでしょうか」


「アンタひょっとしてピンチになったらヒーローに変身したりできるんじゃない? 相棒がいないとダメ?」


「強いて言うなら貴女が相棒と言えなくもなさそうですが、残念ながらベルトもメモリも所持していません」


「お前の罪は数えられないのね。バイクに変形できたら移動も楽そうなのに」


「そもそもライダーじゃありませんからね。初期の移動手段は徒歩が基本です」


「なんか、変なところだけ不便よねー。異世界なんだから、もっとご都合主義にしてくれれば良いのに」


「思ったんですけど、この世界って貴女が考えもつかないような突飛な物事って何もないですよね」


「ん? どういう意味? 確かに、見たら何となく用途が分かる物しか存在していないような気はするけど」


 もふもふが歩みを止めた。


「忘れていました。ここで食材を手に入れておかないと後々困るので、食べられそうなものは持っていきましょう」


「持っていくって、どこに入れるの? アイテムボックスとかリュックとか持ってないわよ」


「心配無用です。ボクの口の中に放り込んで頂ければ」


 亜由美は、片っ端からもふもふの口に物を投げ入れた。キノコっぽい何か、果物っぽい何か、何かっぽい何か……。


「これ入れるのは良いけど、どうやって取り出すの?」


「そこは四次元ポケット式に、念じて手を突っ込めば勝手に出てきます。ちなみにテンパるとお目当ての物以外しか出てきません。あの音楽は流れませんし、そもそも道具の名前が分からないと思いますけど」


「いや道具じゃないし。つか、アンタなんでそんなアニメ知ってるの。ずっと思ってたけど、私の世界のことについて詳しすぎない?………待って、今、何か閃きそうになった」


「とんちですか?」


「ははうえさま~、じゃねぇよ。そうじゃなくて、何かアンタの正体について分かったような気がしたのよ」


「正体? ボクは只のグッズ展開する際ぬいぐるみ化するにはうってつけのマスコットキャラなだけですよ」


「いや、最近の魔法少女モノでは、その手のキャラは実はイケメンって相場が決まってるのよ。アンタ、実は私の世界から先に召喚されてたんじゃないの?」


「まさか。ボクは生まれた時からあの草原にいたんです。不意に頭の中に十七歳教の教祖様に似たお声が流れてきて、気付いたらこの世界の全てを検索できる特殊能力を身に付けていたというだけです」


「それって、キーワードを言うと本棚から本が出てくるやつじゃないでしょうね……やっぱりアンタ、元私の世界の住人じゃないの。そうじゃなきゃ、十七歳教なんて知らないわよ」


「この世界にも存在するんですよ、十七歳教は。そんなことより、食材はもう良いんですか?」


「それどころじゃないわよ。この謎を解けば、元の世界に戻れるかもしれないじゃない。じっちゃんの名にかけて、何が何でも犯人を見つけてみせるわよ」


 亜由美は取り敢えず、もふもふの口に自分の唇を押し付けた。次に、瞬きを我慢して無理矢理涙を流し、もふもふの上に落としてみた。


「そんなことをしても元の姿に戻るとかないですから。諦めて先に進みましょうよ」


「他に何かない? やっぱり信頼とか友情とか生じないと無理なのかな」


「今更ボク達の間にそれを求めるのは酷というものでしょう」


「そうよねぇ。どうせなら、凄いイケボの超イケメンになってくれたら良かったのに」


「そういうのは興味なかったんじゃないですか?」


「アンタとは絶対に恋愛に発展しないから大丈夫」


「それもそうですね」

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