ちいさなメダルは何処?

 

 もふもふに連れられて、亜由美は小さな村に着いた。予想通り日本の田舎の風景とは異なり、ヨーロッパ風の雰囲気がする。


「村かー。どうせなら、大きい街かお城が良かったな。この世界って途中で死んだ勇者を少しも労わらずに精神的なダメージ与えてくる王様とかいないの?」


「さっきから気になっているのですが、貴女の世界観は何か一定のイメージに固定され始めていませんか? この世界はどちらかというと乙女ゲーに近いと思いますよ」


「アンタも乙女ゲーとか言ってちゃ世界観台無しなんじゃないの? 確かに、昔ハマったゲームに引きずられているのは否定できないわね。最近ではドラマ化もあったし。しかし乙女ゲーかー、私パズルしてキャラ集めるのは好きだけど、ストーリーは読むの面倒だから全部スキップしちゃうのよね。セリフもなんかこっ恥ずかしいから音声オフでプレイしてるし」


「それ、乙女ゲーやってる意味ないんじゃないですか」


「キャラ絵は気に入ってるのよ。コレクター癖もあるから、イケメンを集めて眺めるのは好きなの。でも疑似恋愛したいわけじゃないから」


 ひとしきり乙女ゲーについて談義していると、村人その一が現れた。頭に白い布を被り、白いエプロンを付けて長いスカートを穿いた良く見るモブキャラのお婆さんだ。


「ストーリーにはあまり関係なさそうだけど、話しかけた方が良いの?」


「たぶん村の名前を言うだけだと思うので、スルーしましょう」


「何の為にこの村に来たわけ?」


「イベントが起こるはずなんですが。何か条件があるのでしょうか」


「ほらー、だから攻略本が必要なんじゃないの。きっと一定の場所に行くと何かが起きるのよ」


 亜由美はそう言うと、村の真ん中を通っている真っ直ぐな一本道を歩いた。しかし小さな村なので、すぐに出口に着いてしまう。

 仕方がないので、隅から隅まで人の家の中も勝手にお邪魔し、ついでに引き出しの中も物色してみたが、何も起きなかった。勿論、ちいさな貴金属も入ってはいなかった。

 亜由美はこれでも一応元世界では立派な成人なので、壺を壊すなどの破壊行為には及ばなかった。叩き割りたい衝動に駆られたのは内緒だ。

 


「おかしいですね。何もない場所は、そもそも存在しないはずなんですが」


「うーん、これは別の場所でフラグ立ててこないと無理かもね」


「メインストーリーに関係ないなら先に進みましょうか」


「先って? 今度こそ大きな街にでも行くの?」


「いえ、森ですね。足を踏み入れると二度と出てこられない系の、良くあるやつです」


「なんかアンタ、キャラ崩壊してきてない? 中の人の素が出てきてる気がするんだけど」


「そうですか? 貴女に感化されてきているんですかね。そんなにカッチリとした設定があるわけではないので」


「自分で言っちゃダメじゃん。まぁいいや、それよりずっと気になってたんだけど、異世界の人ってトイレとかどうしてるの?」


「ここでは排泄という概念がありません。でもグルメ要素はあるのでお腹は空くし食事も摂ります」


「え、じゃあ食べたものは一体どこに消えちゃうの? 全部エネルギーに変えられるとかそういうこと?」


「さぁ? 胃の中にブラックホールでも出現しているんじゃないですか」


「アンタ段々投げやりになってきたわね。ちょっと待って、これ乙女ゲーなのよね? 主人公が熟女ってマズくない? これひょっとして成人向け?」


「自分で熟女とか言わないでください。一応、全年齢向けですのでソフトな表現に抑えてあるはずです」


「逆ハーレムなのに全年齢向けって矛盾している気がするけど。まぁいいわ、確かにちょっとお腹が空いてきたし、喉も渇いたからどこか食事できる店に連れてってよ」


「自分で作る気はさらさらないわけですね。でも、この世界の通貨は持っていませんよね? 労働でもするつもりですか?」


「そういうところだけはシビアなのね。なんか上手いこと誰かに奢ってもらうとかいうイベントはないの?」


「ボクは、イベントの内容までは把握していませんから」


「つかえねーなー。ヤバ、思わず口が悪くなっちゃった。仕方ない、とりあえずこの村の井戸で水を汲もう」


「井戸なんてありました? さすがゲーム脳ですね。そういったオブジェには敏感なんですね」


「アンタどんどん性格悪くなっていってるわね」


 亜由美は、先程歩き回った時に見かけた井戸に行くと、中を覗き込んだ。


「うわー、これ絶対イベントフラグだ。さっきチェックしておけば良かった。見てよコレ、水面に映った顔。ロックスターの嫁みたいなスゲー美人がいるよ」


「そのロックスターが誰の事を指しているのか分かりませんが、確かに貴女とは到底似ても似つかない若くて美しい女性が見えますね」


「否定はしないけど、わざわざ言わなくてもいいじゃん。これってどっちのパターンかなぁ。私のこの世界での真の姿か、これから救出することになるお姫様か」


「乙女ゲー的発想でいうなら、前者でしょうね。今のままでは、やはりビジュアル的に色々と問題が生じるでしょうから」


「毒舌が冴え渡ってるわね。でも乙女ゲーのヒロインって極力シルエットだったりしない? アニメ化でも想定してるのかな」


「何でもいいから、井戸に入りましょう」


「え、入るの? 降りられるような足場なんて見当たらないんですけど」


「では落ちましょう」


 そう言うと、もふもふは背後に回って亜由美の背中に全力でアタックした。

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