異世界設定否定派のオタク兼業主婦が召喚された件。

あさぎ珠璃

このタイトルは絶対に視聴しない


「ここ、どこよ?」


 亜由美は、草原のど真ん中に立っていた。見渡す限り緑・緑・緑・緑、グリーングリーンである。当然、青空には小鳥が歌……ってはいなかったが、取り敢えずそよ風が吹いて雲は流れていた。


「ようこそ!」


 足元で可愛らしい声がしたので見下ろすと、白いもふもふした塊が転がっている。良く見るとそれは耳が生えていて、長い毛に埋もれた瞳が辛うじて覗いていた。


「あーこれアレだ。今流行りの異世界転生ってヤツだ。大体さ、気付いたら見知らぬ場所にいて言葉を話すもっふもふな動物がいるとかテンプレすぎない? つか何で日本語喋るわけ? 都合良すぎない? だから私は異世界モノが嫌いなのよ。今期もタイトルだけでいくつ視聴を見送ったことか」


「良くそんなに長い台詞を早口で噛まずに言えますね」


「アンタあれでしょ、カワイイ見た目に反して毒舌だけど敬語っていう世界観説明用のキャラでしょ。主人公の言動全部にいちいちツッコミ入れるんでしょ。生憎だけど、私は世界滅亡の危機を救ったり各属性勢揃いのイケメン達と恋愛したりしないわよ」


 もふもふは黙った。亜由美は勝ち誇った顔をすると、改めて周囲を見渡す。


「なーんか、幼稚園の子どもがお絵描きしたみたいな風景ね。やっぱり街とか城とかは洋風の建物なんでしょ? で、何故か人型の生物が暮らしているのよね。ケモナー向けに耳と尻尾くらいは付いているのかもしれないけど」


「大体その通りです。一応、爬虫類っぽいのとかもいますが」


「で、お約束で言葉が通じるわけね。どうせ食べ物なんかもどこかで見たような物ばっかりなんでしょ? 先に言っておくわ、ダンジョンでモンスター討伐してクッキングとか異世界グルメもお断りだから」


「悉くボクの説明を先取りしますね。確かに貴女は、正にこの世界の救世主であり、色々なタイプの美男子達と逆ハーレムを築き、持ち前の料理のスキルを活かしてレストランを経営する為に召喚されたのです」


「ごめん、悪いけど私基本的にレシピ見ないと料理出来ないのよね。昨日の残り物を全部ブチ込んだカレーなら大丈夫だけど。あと世界を救う気もないし逆ハーレムとか面倒じゃない? イケメンは遠くから眺めるものであって、実際に接するものではないのよ」


 そこまで一気に話してから、亜由美は自分の姿がパート帰りのままだということに気が付いた。


「ねぇ、私車で家に帰る途中だったわよね? ひょっとして事故に遭ったとかそういうオチ? それにしては服は汚れていないみたいだけど。あと荷物ってどうなってるの? こういうのって、持ってきたアイテム使って無双するもんなんじゃないの?」


「今度は質問責めですか。まぁいいです。一つ一つ説明しますと、貴女は自宅に着いて車から降りた瞬間、運良く人間一人が入る程度の大きさの穴が地面にぽっかりと開いて、そこに吸い込まれました。荷物は恐らくその際に時空の狭間に投げ出されてしまったものと思われます。ご愁傷さまです。大体、貴女が普段所持している道具は、ここでは役に立たないです」


「そんなの分からないじゃない。そりゃスマホは圏外かもしれないけど。お金やクレジットカードも使えないってことよね? じゃあ、メイク道具に精霊かなんかが宿って変身できるようになったりしないの? 私、魔法少女ならやってみても良いわよ」


「その年で良く自分の事を少女とか呼べますね。残念ながらボクは貴女を魔法少女に勧誘したりはしません。そもそも、ボクも基本的な知識だけは頭に入っていますが、この先の展開に関しては存じ上げませんので」


「なにそれ。チュートリアルなしでいきなり実戦投入されるってこと? 言っておくけど私攻略本ないとゲームクリア出来ないからね? ネットで攻略サイト閲覧できるなら別だけど」


「この世界にはネット環境はありません。攻略本もありません。文字という文化がないですから」


「マジでー。私めっちゃ活字中毒なんだけど。マニュアルないと無理な人なんだけど。もうさ、仕方ないからチャッチャと用事終わらせようよ。裏ワザで途中すっ飛ばして最速プレイとかあるじゃん。普段なら十分過ぎる程レベル上げして回復アイテム使わなくていいくらい強くなってからじゃないとボス行かないけどさ」


 亜由美は、異世界転生モノのラノベとファンタジー系RPGが ごっちゃになってきているのに自分で気付いていなかった。


「それは構いませんが、目的を達成しても元の世界に戻ることが出来るかどうかは分かりませんよ」


「え、なんで? これ そういう系なの? 夢オチとかじゃないの? せめて行き来できる方法とかないの?」


「あるのかもしれませんが、少なくともボクは知りません。ただこのままここにいては絶対に無理でしょうね」


「やっぱり移動するしかないわけね。ワールドマップはないの?」


「紙というものが存在しないですから。大丈夫です、ボクが案内します」

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