Part5 受け継がれる翼

 そして俺は、そう時間が経たない内に、再び病院に担ぎ込まれる事となった。


 朝靄の中に浮かび上がった巨影を操る少女によって、完膚なきまでに叩き潰され、二度と再び立ち上がる事が、極めて難しい身体にされてしまった。


 身体については、考えている事があった。

 親父に元の生活を取り戻して貰う為、俺はサポーティブ・ウェアについても勉強していた。


 サポーティブ・ウェアとは、先天・後天的に関わらず、身体機能に障害がある人を支援する為のものである。コンバット・テクターの、身体能力を高める機能を抽出して造り出された、日常生活用のパワードスーツの事だ。〈ククルカン〉のような感知サポート型テクターは、このサポーティブ・ウェアと平行して開発されたような系譜である。


 その事があったから、俺は、例え腰椎を破損させられ、半身不随にされても、これから生きてゆくという事に関しては希望を持っていた。


 だが、テクストロに出場する事はもう無理だ。


 手術を終え、どうにか話す事が出来るようになった俺の病室に、本当なら俺の応援に来てくれる筈であったアキセやルカちゃん、アミカちゃんたちが駆け付けてくれた。


「よぉ……」


 思いの外に不機嫌な声が、俺の口から出た。

 舌を切っていて、傷口を縫ったばかりだ。歯も幾つか折れている。


「イアンさん……」

「どうして、こんな事に?」


 アミカちゃんが口元に手をやり、ルカちゃんが眉を寄せて訊いた。


「やられたんだ……」

「やられた!?」

「まさか、あんな女の子に……」

「どういう事? 何があったの?」


 すると病室の扉が開いて、一人の少年がやって来た。


「イアン、今回は災難だったなァ……」

「タクマ……」


 俺の前から姿を消して、六年振りになるのだろうか。話だけは聞いていたが、実際に顔を合わせるのは――と言っても頸が固定されているので、目線だけでしか彼を負えないが――それくらいの期間が開いていた。


「そんなざまじゃ、テクストロには出れないな……」


 タクマの声は、いやらしかった。俺を侮蔑するような感情が、口から吐き出されている。


「今回は、俺が優勝を貰って置くよ。くくくっ」


 そう言って、病室から消えるタクマ。


「何よ、あいつ……!」

「タクマ=ゴルバッサ、俺と同じ、今回の大会での優勝候補さ……」


 気に入らない相手にはこうやって牙を剥く。そんなルカちゃんに、俺は言った。


「半年前になるが、予選会で俺は優勝して、シード権を手に入れた。その時に準優勝だったのが、奴だったのさ……。奴にしてみれば、一回戦を勝ち上がっても次で以前敗けた事がある無傷の俺と当たる、気に入らない組み合わせだったろうぜ」


 同じ会場であっても、別のブロックでの事だ。だから戦った訳ではない。


「若しかして、あいつが?」


 俺を襲わせたのか、という事か? だったら、ルカちゃん


「それはないだろう。俺をやったのは……いや、それより、今回のテクストロに出られない事の方が問題だ……」

「で、でも、プロテストを兼ねたテクストロは年二回開催されます。秋の大会までに身体を治せば……」

「それじゃあ遅いんだッ……」


 俺はあの時の光景を語った。


“地獄を見せる”


 少女はそう言った。

 俺には地獄と言うのが何であるかは分からない。しかし、巨大な影に、まともな反撃も出来ずに痛め付けられ続ける時間を地獄と言うのであれば、それはその通りの事であった。


 きっと、〈ククルカン〉を前にした親父も……。


「俺はもう戦えない……」

「え?」

「もう、〈パープル・ペイン〉の性能を引き出してやる事が出来ないんだ……っ」

「試合は……それじゃあ」

「出られない、もう、二度と……」


 そう思った時、俺の脳裏に、不意に思い付かれた事がある。


 俺の意識にはっきりと浮かび上がった男は、身を乗り出すルカちゃんと、俺の現状に同情してくれるアミカちゃんの背後で、呆然と立ち尽くしていた。


「アキセ……」


 初めて会った時から、俺の中にはお前がいた。

 お前の、殴られて痣になった、紫色の顔が、忘れられなかった。


 リュウゼツランによって親父を打ち据えて、自身の闘争心に疑問を抱いた時、アキセのように無抵抗であれば自分以外を傷付けずに済むのか、それが正しいのではないかと、心の中で問い続けていた。


 やられるままでいる事を、俺は否定する。アキセのようなあり方を、俺は嫌だと思った。


 その一方で、あそこまで耐えてしまえるお前を、善悪は抜きにして、凄まじい精神力の持ち主だと思った。


 人はやられるままではいられない。やられたら悔しい。

 でもアキセは、そんな思いは欠片も出さずにいた。

 怖いくらいだ。


「出てくれないか……」

「出る……!?」

「今回のテクストロ……俺の代わりに、お前が出てくれないか……!?」


 俺はあの巨大なテクターに、やられるがままになった。どうにか立ち向かいたいと思っても、圧倒的な力の前に蹂躙されるしかなかった。


 俺は思った。

 悔しさの余り、相手の死を願ったのだ。


 死ね。

 死んでしまえ。

 そうすれば、俺の苦しみは終わる。

 お前が死んでしまえば、俺はこれ以上、苦しみを覚えなくて済む。


 それを思い出すと、俺は怖くなった。

 相手の死を心から願う俺自身に、ぞっとしてしまった。


 そして、相手の死で以て以外には、その苦しみを打破出来ないという現実を痛感している。


 自分の力が相手と比べて圧倒的に劣る時、相手に自分以上の苦痛を与えなければ状況を打開する事は決して出来ないのだ。


「で、でも……僕には……」


 アキセにはそれが分かっていたのではないだろうか。

 そしてそれを忌避する心が、“相手を傷付けたくない”という言動に繋がったのではないのか?


 怖いよ……。


 若しそうだとしたら、アキセ、自分の命を守る事以上に、相手の死を忌避するお前が、俺は怖いよ。だってそれは、例え悪意を以て自分に触れようとする人間であっても、その命が危険に晒されるのなら、自分が死んだ方がマシだって事だろう?


 何がお前に、そこまで自分自身を軽視させるんだ。


 けれど……それが、お前なりの優しさだとすれば。

 誰かを傷付けたくない気持ちが、愛から来るものであるとすれば。


「大丈夫だ……」

「――っ、お兄ちゃん、まさか……」


 イツヴァが俺に詰め寄った。


「イツヴァ、アキセを俺の家に案内してやってくれ。そしてあれを……」


〈ククルカン〉のリュウゼツランシステムは、その人間の闘争心や功名心を増幅する。

 それがないアキセならば。

 それを諦めてしまっているアキセならば。


「あのコンバット・テクターなら、アキセ、きっとお前の力になる」


 俺はそう言った。

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Purple Pain―転生魔装ククルカン・イアン外伝― 石動天明 @It3R5tMw

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