Part3 黒翼の強襲者

 あの大首に人間の頭部と同じカメラ機能が備わっているのなら、インパクトマグナムのレーザーを銃口から出てすぐに拡散させるフラッシュ機能で一時的に装着者――操縦者?――の視界を奪う事も可能である筈だ。


 だが、それより早く、大首の口がぱかっと開き、凄まじい風圧が俺に吹き付けられた。


 四〇メートルの上空を、俺の身体が錐揉み状に回転しながら飛んでゆく。


〈パープル・ペイン〉が、無数のブースターとバーニアによる高機動戦闘、並びに空中動体制御を得意としているテクターでなければ、或る程度吹き飛ばされた所で落下し、恐るべき衝撃を味わっていただろう。


 俺は空中で立ち止まり、巨大テクターと向かい合った。


「おい、お前! 一体何者だ? 目的は何だ!?」


 俺は巨大テクターの回線に呼び掛けた。

 しかし相手側――あの少女からの返事はなく、その代わりとばかりに俺に向かってやって来た。


 両手を緩く持ち上げ、指先を前に突き出す。その土管のような指先が掌側に下がって、内側から鈍色の突起が剥き出しになった。


 それは、指の関節から蒸気を噴出しながら、俺に向かって飛び出して来た。

 ミサイルだ。


 俺は急いで後退し、横に逃れるのだが、左右合わせて一〇本の指から発射されたミサイルには小型のバーニアノズルが取り付けられており、俺の事を追跡した。


 しかも一〇本のミサイルは全て異なる軌道を描き出し、縦横無尽に飛び回る俺をあっと言う間に包囲してしまうと、四方八方から一斉にその先端を付き付けて来た。


 ――糞が!


 俺はヘルメット内部で気でも違ったかのように鳴り響くアラートを口汚く罵ると、ミサイルをぎりぎりまで引き付けて互いにぶつけ合わせた。


 回転しながら対象にめり込みつつ、衝撃で信管を繋げて爆発するミサイル。


 俺はその爆炎と硝煙の中から、爆風を利用して高速で脱出する。しかし、自滅し合ったミサイルは合わせて七つ、残る三つは未だに健在で、煤だらけの〈パープル・ペイン〉を追って来た。


 ――だったら……。


 俺は一か八か、巨大テクターを目指して飛行した。追跡して来るというのなら、これを相手の近くまで誘導し、そこで素早く離脱して自爆させてやる。


 俺は、悠然と佇む巨大テクターに突進した。


 中の人間がどんな顔をしているのかは分からないが、これに対応する準備は充分らしい。


 腰の機関砲が持ち上がって俺を睨み、銃弾を吐き出した。

 俺は右へ左へ、上へ下へ、錐揉み回転、バック宙、考え得る限りのあらゆる空中での挙動を採った。高速起動に適した〈パープル・ペイン〉のアブゾーバーでさえ、俺の身体がばらばらに引き千切れてしまいそうな激痛を叩き付けて来る。


 この間に、機関砲が三つのミサイルの二つを直撃し、炎を吹き上げさせた。

 その爆風で、俺の身体ともう一つのミサイルが、巨大テクターに接近する。


 俺は背中に張り付いたミサイルの前で月面宙返りをすると、ミサイルと前後を入れ替えた。そしてミサイルの尻に左膝を押し当てて、ホットリップスを起動した。


 ぼぅんっ!


 と、ホットリップスに内蔵された火薬が爆発し、ミサイルの推進力を増加させる。ミサイルは巨大テクターへ突撃し、機関砲による弾幕で破裂した。


 俺はと言うと、ホットリップスの起爆による衝撃で後退し、爆風も手伝って敵から離れると、地面に対してうつ伏せになり、ブースターを全開した。


 視界がきゅぅーッと狭まり、全身に急激なGが掛けられる。しかし、このまま加速すればあの巨大テクターの魔手から逃れる事が出来るだろう。少なくとも、走り出しの速度で言えば〈パープル・ペイン〉の方が圧倒的に上回るからだ。


 しかし、巨大テクターから逃げ出した俺の前に、黒い影が滑り込んで来た。

 宙に浮かぶ黒い影は、鉄の翼を広げ、突進する俺に向かってカウンターの蹴りを放った。


 俺は急ブレーキを掛けて空中で直立し、その蹴りを、交差した両腕でガードする。


 自身の加速と装甲の薄さの所為で、俺の身体にダメージが走る。どっちかの腕の骨に、亀裂が入ったかもしれない。


 敵は一人じゃないという事か!?


 俺を蹴り付けた、黒い翼のあるコンバット・テクターは、俺への攻撃の反動で後退し、下に弧を描いて俺の背後にすり寄った。


 速い!


 その分厚い装甲からして、汎用タイプと見えるのだが、〈パープル・ペイン〉に劣らない加速性能を持っているようであった。あの翼は、伊達ではないという事だ。


 ――翼だと。


 あの大きな翼に、覚えがあった。


 俺が装着し、親父を壊した〈ククルカン〉――その武器であるソードラックであり、動体制御用の翼であり、胸のレーザー砲のエネルギーを太陽光からチャージするパネルと、同じ形をしているように見えた。


 だが、その色が異なっている。


〈ククルカン〉は銀色のスキン・アーマーと白いメタル・プレートから成るが、このコンバット・テクターは全身に黒い塗装を施していた。


 黒い、〈ククルカン〉と同型のテクターは、背中から双剣を逆手で取り出すと、俺の胴体を挟み込むようにして斬り上げる。


 俺は敢えて逃げずに接近すると、左脚で右の剣を、右肘で左の剣を抑え、左肘のホットリップスを敵の分厚い胸板に押し当てた。


 ホットリップスが火を噴いた。膨張する炎の輝きの中で、俺は〈ククルカン〉と同じヘルメットが、黒く輝くのを見た。


 黒い〈ククルカン〉が、ホットリップスの衝撃で後方に弾き飛ばされる。

 しかしその背後から、あの巨大テクターが手を伸ばしていた。

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