第六章 傷だらけのダイヤモンド
Part1 幻影の怪少女
それから暫く経った。
春――
朝もやに煙る町を、俺は走っていた。
この日、春のテクストロが開催される。プロテストをかねた大規模な大会だ。俺は、これに出場する事になっていた。予選会で優勝しているので、一回戦はシード権を貰っている。
しかしこの大会、何となく幸先が悪い。
と言うのも、先日、Cエリアに出来た高層ショッピングモールで、聖痕神力騎士団なる思想団体によるテロが発生した。魔導教団、つまりは宗教の復権をガイア連盟に要求し、これが適わなければ休日のショッピングモールに集まった人たちを殺害すると脅迫したのである。
この事件のお陰で、Aエリアのアリーナで開催される事になっていたテクストロが、一時的に延期になった。
その分、俺は調整に掛ける時間を幾らか確保する事が出来た
ウェイトやスパーリング、シミュレータを使用した模擬戦などは二日前に済ませた。前日は身体を休める事とテクターの整備に使い、今日は軽いランニングをして、会場入りまでリラックスしている心算だった。
調子は万全だ。
しかし、俺の胸には澱のようなものが溜まっている。
先日のテロ事件は、警察の迅速な対応によって未遂に終わったのだが――数人の死傷者が出てはいるものの――、その場に居合わせた俺が、事件解決に何ら協力出来なかった点が、俺の心に影を落としていた。
別に、俺が何かをするべき場面であった訳ではない。確かにデポジショナル・マーカーベルトも、コンヴァータも携帯していたが、だからと言って一介の学生が、テロリストを殲滅するなどという子供染みた妄想を実現しようとする方が、おかしい。
けれども、将来、警察官や軍人という、そうした悪人らと対峙する事が多くなるであろう職業を目指す俺が、あの場で尻込みして、助けが来るのをじっと待っていて良かったのだろうか?
そういう思いもあるのだ。
アキセなどは、人波に押し流され、偶然にもテロリストの眼の前に位置してしまい、銃を向けられ、踏み付けられたにも拘らず、危うい目に遭った子供を庇おうとしていた。
俺には、それさえ出来なかった。
将来を考えれば、それで良かった。しかしそれでもやはり……
それで良かったのか?
本当にそれで良かったのだろうか!?
自分の行動に自信が持てなかった。自分に対する嫌悪? そんなものの為か、俺はどうしても、今までの大会の時のように、当日にリラックスして臨むという事が難しくなっていた。
だから、走っている。
いつもより早く起きて、いつもより速いペースで、走っていた。
と――
住宅地から離れた、ランニングコースのある広い公園に差し掛かった時だ。
むぅぅ……とばかりに、俺の眼前に、巨大な影が立ちはだかった。
俺は思わず立ち止まった。ブロッケン現象であるとは分かったものの、妙な威圧感を持つその幻影が、俺自身の悩みが実体化したかのようで、訳もなく怖くなったのだ。
だが、それは俺の影が霧のスクリーンに投影された訳ではないらしかった。
霧の向こうから、立ち止まった俺に向かって歩み寄って来る小柄な影があったのだ。
――女の子?
大きな犬のぬいぐるみを抱いた、ゴスロリ衣装の女の子だった。
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