Part5 優しさ・愛・正義
それは事実だ。
その事実に、俺は忌避感を覚えている。
それと共に理解したのは、スペルートたちの心情だ。
奴らがアキセを一方的に嬲りものにしていた時、あいつらは何を考えていただろうか。
何も考えていなかっただろう。ただ、眼の前の相手が、小動物のように無垢で無抵抗で、脆弱であったから、自分との実力差を考えれば一方的な暴行を加える事が可能であったとは、分かっていただろう。
頭や心ではなく、肉体が、そのように理解していた。
そういう気持ちは、俺にだってあるのだろう。
だから、テクストロで勝つ事が出来たし、敗ける事を悔しいと思っていた。
勝てば、相手を見下ろせるからだ。
敗ければ、相手に見下されるから。
格下の相手が、現実のものとして自分の足元に這いつくばっているのなら、自身の能力の高さを知る事の出来る愉悦である。
誰にだって、その大小はあっても、存在する感情だろう。
人間とはそういうものではないのか。
生命とはそうやって繁栄して来たのではないのか。
それで――それは、正しい事なのか。
〈ククルカン〉のリュウゼツランは、それを引き摺り出して、倍増するだけのものだ。
リュウゼツランが増幅する、親父曰く闘争心や功名心は、大きな何かを夢見る気持ちは、間違っているのだろうか!?
優しさとは、何だ。
リュウゼツランを制御出来る愛とは、一体、何だ!?
正しさとは何なのだ。
間違っているとは何なのだ。
分からない。
分からないまま、俺はベッドの上で力を抜いた。
「私、そろそろ帰るね……」
イツヴァが言った。
「お母さんは、お父さんの看病で病院に泊まるって言うけど、私は家に帰るから」
「ああ……」
踵を返すイツヴァに、俺は言った。
「迷惑掛けて、悪かったな」
「そんなの……」
「イツヴァ……訊きたい事がある」
「何?」
「戦うっていうのは、間違っている事なのかな。戦わない事こそが、正しいのかな」
「――どういう事?」
イツヴァは俺を振り返って、怪訝そうな顔を向けた。
俺は首を横に振って、
「何でもない」
と、言った。
イツヴァは唐突な質問を訝しんでいたが、部屋から出て行って、ドアを閉めた。
真っ白い部屋で、俺は天井を眺めていた。
その白い天井が、スクリーンになったかのように、俺の眼球に焼き付いた今までが浮かび上がる。
タクマと、テクストロで争った事。
親父が語った、信念の話。
ルカちゃんとの出会い。
アミカちゃんの鋭い刀捌き。
アキセの顔に刻まれた、紫の痛み。
何かに憑りつかれたような親父の顔と、それが落ちたような父の顔。
俺の闘争心である、〈アクセル〉。
俺の功名心であった、〈パープル・ペイン〉。
優しさの象徴は、父だった。
愛の象徴は、イツヴァであった。
けれどそれは、親父の優しさであり、イツヴァの愛だ。
リュウゼツランを搭載した〈ククルカン〉……これを御する愛が、俺には分からなかった。
闘争心や功名心に囚われず、愛と優しさに基づいて生きてゆく――
それがどういう事であるか、分からない。
それを自分の中の芯として生きてゆく事は、俺にはまだ、難しかった。
俺は眠気に襲われ、全身を苛む紫の痛みと共に、意識を闇の中に落としてゆく。
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