Part3 白い闇

〈ブラック・コルベット〉は、〈アクセル〉や〈パープル・ペイン〉とは真逆で、分厚い装甲の重武装タイプ。

 そのくせ大型のエンジンを搭載しているので、スピードを出す事も得意だ。

 但し燃費が悪いので、全力で戦えるのは三分から四分といった所か。


  攻撃力 A

  防御力 A

  俊敏性 B

  経戦力 E

  特殊性 D

  拡張性 C

 

これくらいのものだろう。


「親父がテクターを使うなんて、久し振りだな……」


 最近は、家で親父と練習するより、学校でシミュレータを使う事の方が多くなっていた。

 親父が変な気を起こしていなかった事の安堵もあって、ノスタルジーに浸ってしまいそうだ。


 俺は腰のベルトにコンヴァータをやって、親父から渡されたカプセルを挿入した。


「どんと来い! 胸を貸してやるぜ」

「父親らしい台詞、久し振りだ。……ありがとな、親父……着甲!」


 俺の身体に、白銀の粒子が絡み付く。

 感知サポート型、であるらしい。

 視界は〈パープル・ペイン〉と比べても広く、集音機能にも優れているらしかった。

 装甲自体の重量はあるが、〈パープル・ペイン〉にも増して身体が楽だった。アクチュエータの力が強い。サポート型の特徴だ。


 名前は、まだ引き出せていないらしい。しかしテクターの機能自体は、ほぼ全て解禁されている。


「始めるぞ、イアン――」


 親父が言った。


「おう」


 頷いて、足を前に出す。


 夜、ひと気のないグラウンドで、俺たちは向かい合っている。

 黒と白のコンバット・テクターが。

 カウントは、割愛。

 互いに駆け出してゆき、拳や蹴りを打ち合い、武器を使ってぶつかり合う。


 白いテクターは、背中にブースターを兼ねる大きな羽を背負っており、この羽の内部に隠された双剣がメイン武装となる。


〈ブラック・コルベット〉はメイスを使った。


 俺は、テクターの性能を引き出す為、軽く親父と手合わせをする心算だった。

 実際、かなりの使い易さを、俺はこの名無しのコンバット・テクターに対して感じていた。


 だが、それも一分半が過ぎるまでだ。


 一分半、俺と親父は適度な力加減で、軽く攻防を交わしていた。

 けれども、トレーニングだと分かっていても、性能の確認だと分かっていても、戦いという行為である事に変わりはない。


 拳を出し、蹴りを入れ、逃げた相手を追い、敵から距離を置き、銃撃を躱し、剣で攻め……そういう事をやっていれば、自然と、敗けたくないという気持ちが滲み出して来る。


 闘争心。

 負けん気。

 本気。

 意地。

 苛立ち。

 優越感。

 焦燥。

 歓喜。


 それらの感情がない交ぜになり、全身を血液と共に巡って、脳へとフィードバックする。


 その闘争心が、或る種の凶暴な衝動が、ふっと姿を現した時だ。


 ぞくり……


 俺の心臓に、鋭く針が突き刺さった。

 痛みが、毒のように広がってゆく。


 それは俺の指先までを犯すと、神経を凍て付かせたかのように感覚を奪った。

 自分が何処に立っているのか分からない。驚いて立ち上がろうとするも身体が動かない。


 モニター画面が赤く明滅する、俺の意識を刈り取るように。

 その赤い色が、炎のように見え、血のように見えた。


 血……


 アキセが、血を口の端にこびり付かせている。

 無抵抗で殴られた、アキセの血だ。


 どうして立ち向かわないんだ。

 何で戦おうとしないんだ。


 俺はお前のように、痛みを我慢して、やられるがままになっているなんてごめんだ。


 人を傷付けるのが怖い?


 何を言っているんだ、お前は。

 お前にそんな力があると思っているのか。

 そんな事、お前には出来ない。

 俺くらい強くなってから、言え。

 俺なら出来るぞ。

 俺なら、やられたら、やられた以上に、やった奴を傷付ける事が出来るぞ。


 今から見せてやろうか。

 俺が、どれだけの力を、持っているのか。


 丁度眼の前に、壊し易いものがある。

 黒い鎧だ。

 図体ばかりでかくて、のそのそと芋虫みたいに動くのろまだ。


 親父?

 あれに親父が入っているのか?


 そんな訳があるか。

 親父はあんなのろまじゃない。

 親父は格好良いんだぜ。


 顔は、本当に俺の親父かと疑うくらい似てないが、男の格好良さってのはそんなモンじゃない。


 あんなのろまなのは、格好良さとは言わないんだよ。


 格好良いって言うのは、先ずは速い事だ。

 こんな風に、のろまの後ろに回り込んでやる事が、格好良いのだ。

 そしてパンチの一発で、相手を何メートルも吹っ飛ばしてやれる事が、格好良いのだ。


 さぁ、やるぜ。


 もっと、格好良い所を、見せてやる。

 もっと、俺が強い所を、見せてやる。


 悦べ。

 讃えろ。

 声を上げて、俺の勝利を寿げ。


 たっぷりと楽しませてやる。

 エンターテイメントだ。


 どうした。

 何で拍手をしないんだ。

 口笛を吹かないんだ。

 足を踏み鳴らさないんだ。

 俺の名前を呼ばないんだ。


「イアン……」


 違う。

 そんな掠れた声で、俺を呼ぶんじゃない。

 もっとはっきりと、俺の事を呼ぶんだ。


「イアン……もう」


 黙れ。

 いつまで俺に纏わり付いている心算だ。

 俺に近付くな。

 それとも、もっと殴られたいのか。

 良いだろう、俺の強さをもっと見たいというのなら、幾らでも、見せてやる。

 だから、俺を讃えてくれ。

 もっと俺を、悦ばせてくれ。






 けれど――


 誰も俺を、讃えてはくれなかった。

 一つの声援さえも、与えられなかった。

 あの時、タクマと手を取り合って感じた情動が、俺から奪われていた。


 ほんの少しの闘争心が、何倍にも、何百倍にも膨張して、破壊衝動と化し、そして――

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