Part2 堪え忍ぶ

 顔をマスクで隠した、怪しげな男が持ち込んだコンバット・テクターだ。しかし、顔に酷い火傷を負っていて、その痕を見せたくないという男の依頼を、親父は受けた。



 彼が、何かに酷く傷付いているという事を感じたからだ。


 例の反乱には、学生からも志願兵が参加している。その年のテクストロで優勝したダイア=ギルバートという一二期生も参戦した。今ではSPCWのメンバーだという。


 そのマスクの人物も、そうした学生や一般の志願兵であり、思い掛けない激しい戦争で傷付いた人間だと判断したから、親父はそのテクターを修理する事を受諾した。


 だが、その人物は二度とは現れなかった。他者から預かったテクターは、特定の契約を交わさない限り五年で権利が現在の持ち主に譲渡される。期限までは後二ヶ月くらいあるが、彼の連絡先を訪ねても彼はおらず、修理の進展を問う連絡もなかったので、ていの良い処分場扱いされたのだろうと思っていた。


 そのマスクの男から受け取ったテクターを、親父はここ暫くの間、こそこそといじっていたのだ。


 外装や機能の修理自体は、とっくに終わっていた。だから何をやっているのかと、俺は不審がっていたのだ。


「かなり特殊なOSを組み込んでいるらしくてな……ブラックボックスを開くまではいかなかったが、厳重なプロテクトを解除して、蓄積データ以外の部分はサルベージする事が出来た……」

「まさかそいつで、連盟に刃向かおうなんてんじゃねぇだろうな」

「どうかな……」

「若し、そんな事を考えているなら、やめろよ」

「お前たちの、未来に響く……からな」

「そんな理由じゃないって言ってるだろ」


 俺は、何となくぼぅっとした、虚空に向かって喋り掛けているような親父を一喝した。


「親父の悔しさは分かるよ。俺だって悔しいさ。俺たちの関係ない所で起こった戦争の所為で、俺たちの生活が脅かされて、親父の好きな事や、俺の夢が、俺たちを守ってくれる筈の国によって潰されちまいそうだなんて。でも、今回の戦争だって、そうやって起きたんじゃないのかよ。誰かの身勝手で、大きな流れに逆らって、他の多くの人たちを巻き込んで、それが今、俺たちの首を絞めてるんだ。そんなの、正しくねぇよ。俺たちに負担を強いる連中を、全部、ぶん殴ってやりたい気持ちはあるさ。でも……でも、あんたの肩にいるのは、母さんや俺やイツヴァだけじゃない。コンバット・テクターを愛する人たち全てなんだ。だから、変な気を起こさないでくれ。俺や親父の所為で、他の、現状を我慢して、それでも何とか生活を変えていきたいって、そうやって頑張ってる人たちを、もう一度不利な立場に追いやりかねない事は、やめてくれ!」


 そこまで言った所で、どうしてか、アキセの顔が脳裏に浮かんだ。


 俺は、アキセを正しいとは思わない。

 アキセが、あそこまで殴られても抵抗しなかった事を、正しいとは思いたくない。


 でも、暴力に立ち向かう手段に、暴力を選ぶのは本当に正しい事なのか。


 あの後で、アキセは俺と友達になった。ルカちゃんやアミカちゃんとも。そうしてアキセは、理不尽な暴力に晒される事がなくなった。


 だがスペルートたちは、アキセをいたぶれなくなった事で、別の人間に矛先を向けたと聞く。


 アキセに対してしたのと同じ手段で、その誰かを救っても、きっとスペルートたちの悪意は、別の人間を、他の誰かを傷付ける事だろう。


 立ち向かう事は正しい。

 けれど、正しい立ち向かい方で勝つには、時間が掛かるし、それは大変な事だ。


 世界中の全ての人たち友達になるでもしないと、そういう事はなくならない。

 それが一時的に叶ったとしても、何処かで同じような事が起こる。


 今の世界は、そういうものじゃないだろうか。


 これを繰り返さない為には、誰かが少しだけ、我慢しなくちゃいけない。


 我慢を我慢とも思わないくらいの強さが必要ではあるけど、その為にみんなで手を結び、少しずつ、決して暴力ではない手段で、立ち向かってゆかなくてはいけない。


 我慢に疲れて、緩慢とした挑戦に飽きて、自棄になってしまってはいけないんだ。


 すると親父は、不意に笑った。


「イアン、お前は俺を何だと思っているんだ、全く」

「親父……」

「そんな事はしないよ。……元からしない心算だったが、お前に言われて改めて、そう思った」


 親父はポケットから、二つのカプセルを取り出した。

 片方が白で、片方が銀色だ。


 これを、俺に向かって投げ渡した。


「お前に頼みたい事がある。そいつを試しに使ってみて欲しい」

「これを?」

「さっきも言ったが、そいつはちょっと特殊なOSを使っている。お前くらいテクターに慣れた人間じゃないと、使うのは難しいだろうな」


 すると親父は、自分のコンヴァータを左腕に装着し、二つの黒いカプセルを装填した。


 起動したコンヴァータに声紋を認識させると、親父の身体に漆黒のコンバット・テクター〈ブラック・コルベット〉が装着された。

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