第五章 狂った太陽

Part1 戦の痕

 それから間もなくの事だった。

 戦争が始まったのだ。


 既に述べているように、ガイア連盟は思想や宗教の違いによる紛争の発生、医療の進歩の阻害、土地の開発に対する反感を防ぐ為、神話や迷信の排除を徹底した。この事により、神社仏閣、教会などの宗教的な施設は、歴史文化的価値以外の全てを剥奪され、宗教者には魔導士という蔑称が与えられた。


 と言っても、個人の範囲を超えない信仰まで排斥した訳ではない。何らかの代替品を求めたり、同一の思想を基にした団体を結成したり、それらを連盟に隠して行なったりする事を禁じたまでだ。


 だが、一部の過激な宗教団体は連盟に反発し、ブランクエリアなどと呼ばれる都市近郊での生活水準を満たす事の出来ない人たちの溜まり場に潜伏し、時にテロを引き起こして宗教の復権を標榜している。


 二年前にも、得体の知れない宗教団体が、そのような事件を起こした。


 しかし今回の事件は、その時とは規模が違う。世界各地から魔導士たちが集結し、一大魔導教団を結成して、ガイア連盟に対して宣戦を布告したのだ。


 戦争は半年間続き、ガイア連盟は実験段階であった超大型爆裂焼夷弾を投入。敵の主戦力が集中したオーストラリアにこれを投下して教団を、大陸ごと殲滅せしめた。


 この後、魔導教団の戦闘員たちがコンバット・テクターを使用していた事もあり、連盟はテクターに関する法律を改めた。コンバット・テクターが魔導教団のようなテロリストに渡る事を未然に防ぐ為、テクターを整備するには連盟による厳正な審査に合格する必要がある、という旨の条文が、反乱鎮圧から半年後に加えられたのだ。


 しかしながら、この審査には議会でも答弁が続く程の厳格さが求められ、身辺調査に加えて受験者の人格や生い立ちまでも微細に調査する事になっていた。


 親父は、それまで近所の整備士さんと言われるくらいに周りの人たちから慕われており、付き合いの深さによっては整備や改修の代金をただ同然にしてしまう事もあった。連盟から見ると、こうした人情に流され易い人間は、魔導教団に勧誘されても断り難い性質があるとされ、親父は決して安くはない受験費用をどぶに捨てたようなものであったと言っていた。


 そして親父のブラックリスト入りは、俺の就職にも響くという事であった。つまり、親父がコンバット・テクター整備士の資格を得るに値しない人物であるから、この俺も審査に通る確率が極めて低いという事だ。


 だが、コンバット・テクターと触れ合う機会まで剥奪された訳ではない。プロ選手や、警察・軍隊に入れば、特にSPCWというエリート部隊に入れば、自然と自らのテクターを管理する必要が生じ、転じてテクターの整備や改修を行なう事が出来るようになる。


 当時、八期生だった俺は、これからも積極的にテクストロに参加して成績を残し、就職か進学を選択する事になる一二期のテクストロでは優勝し、コンバット・テクター協会、警察、軍から眼を掛けられるようになる事を目標とするようになった。






 それから三年が経った春――

 一二期生への進級を目前にした寒い夜の事だった。


 俺は親父と一緒に、無人のグラウンドにやって来た。


 民家から少し離れた公園で、周辺には学校のグラウンドを囲むようなエネルギー膜を発生させるフェンスが建てられている。


 俺と親父は、その芝生のグラウンドで向かい合った。


「イアン、どうだ……」


 親父は、削げた頬を動かして、言った。


 テクターの整備をやれなくなってからも、近所からは機械の修理などを頼まれる事があった。しかし、テクターの整備をやれないという事は、連盟のブラックリストに登録されたという事で、それが原因でうちに寄り付かなくなった人もいる。


「嫌になっちまうな、こんな時代……」


 親父は白い息を吐きながら言った。

 風が強く吹いている。親父が吐き出した息は、風に流されて消えてしまった。


「余りそういう事は言わない方が良い。連盟に眼を付けられるぜ」


 親父は、からからと笑った。


「そうなったら、益々仕事が減るなぁ。お前やイツヴァの就職も、難しくなるだろうな」

「それもあるさ。でも、そんな理由じゃないよ」

「――」

「親父、変な事は考えるなよ。親父が毎晩、俺たちに隠れて、コンバット・テクターを整備していたのは知ってるんだぜ」


 テクターの整備は法律で禁じられてしまったが、それは新規の依頼の話だ。法律が施行される半年より前から保持していたテクターは、届けを出さなくても良い事になっている。俺の〈アクセル〉や〈シャドー・ビート〉、〈ガン・ドッグス〉、〈パープル・ペイン〉、それと俺の後を追うようにRCFを始めたイツヴァの為に造ってあった〈ユリムラサキ〉は、ガレージに置いたままだ。


 そしてもう一つ……

 戦争が終結する直前に、うちに持ち込まれたテクターがあったのだ。

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