Part5 紫闇血潮

「ねぇ、アキセくん! 君も一緒に、やらない?」


 放課後、ルカちゃんはアキセくんをRCF部に勧誘した。

 アキセくんは困ったような顔をして、


「僕は遠慮するよ」


 と、断った。

 それでも食い下がろうとするルカちゃんを、俺は制して、言った。


「無理強いはやめろよ。でもアキセくんも、ちょっと見学するだけでも、どうだい」

「それくらいなら……」


 そういう事になった。


 授業が終わって、他の部活が始まるまでの間、グラウンドの一角は殆ど俺たちが使うようになっていた。


 初めの頃は、何人も見学にやって来ていたのだが、今ではすっかり当たり前の光景になってしまったようで、物珍しさがないので遠巻きに眺めるのが二人か三人、いるだけだ。


 アキセくんは校舎側のフェンスの傍で、グラウンドを眺めている。


 グラウンドの中央にやって来た俺とルカちゃんは、いつものように着甲する。


 ルカちゃんは〈ラプティック・ブレイブ〉。

 俺は、初めは〈ガン・ドッグス〉のカプセルをコンヴァータに入れようとしたのだが、そう言えば、まだ名前のない新しいテクターを、親父がサイドバックルに入れてくれたと思い出して、そちらの試運転を兼ねて装填した。


『新しいカプセルが挿入されました。テクター名を指定し、内容を保存して下さい』


 コンヴァータが、そのような音声を発する。


「えーっ、何よ、また新しいのに変えるのー?」


 ルカちゃんが不満げに言った。


「この尻軽男! とっかえひっかえしちゃって、まぁ不潔ったらありゃしない」

「何の話をしているんだよ……」


 ルカちゃんの罵倒に苦笑いを浮かべつつ、そう言えば最初の設定をまだしていなかったと思い出した。


 別に、名称を変更する事は難しい作業ではないのだが、折角だし、ここではっきりとさせて置きたい。


 何にしようかな……と、視線を経巡らせて考えていると、フェンスの向こうのアキセくんが眼に入った。

 紫の痣を張り付けた顔で、こちらを見ている。


 昨日は、卑屈さと脆弱さの象徴でしかなかった痣が、今日は、彼なりの誇りによるもののように見えた。


 誇り……


 あそこまでの暴力に晒されても、抵抗をしない。逃げ出そうともしない。出来ないのではなくて、自らの意思でしない。


 俺にとっては我慢出来ない事だ。いや、他の誰が同じ事をやろうとしても、俺ならば止めたい。でも彼にとっては、何か考えのある事なのだろう。痛みに慣れてしまうくらいに、変えたくなかった矜持なのだろう。


 彼の誇りを、気高いものだとは思えない。正しい事だとは思えない。しかし、あの時、彼が見せた眼の奥の光……悲愴な毒針のような光が、俺を捕えて離さなかった。


 或いは誇りというものは、そうした性質を持たざるを得ないのかもしれない。自分自身を、孤独の荒野に放り出してしまう可能性があるものなのかもしれない。


 ならば、俺は、あの痛みを基準としよう。

 あの痛みを、俺は拒絶する。自ら痛みを受けようとするあいつを、その矜持を認めはするが、俺自身では決して肯定しないとここに誓おう。


 あいつの顔に浮かんだ、紫色の痛みを胸に。


「……〈パープル・ペイン〉」


 俺はその名を呟いてコンヴァータに記録させ、「着甲」の掛け声で金属粒子を身体に蒸着した。


 赤いスキン・アーマーの上に、黒と紫のメタル・プレートが被さり、ゴーグルの視界が蒼く冴える。


 装甲は〈シャドー・ビート〉や〈ガン・ドッグス〉に比べても軽く、〈アクセル〉を思い出させた。アクチュエータのパワーが、今まで使って来たテクターよりも強いからだろうか。

 スペックは、


  攻撃力 B

  防御力 D

  俊敏性 A

  経戦力 C

  特殊性 B

  拡張性 B

 

 武器は、右腿にマウントされたインパクトマグナムと、両肘と膝に取り付けられた、各一発限りのキックブラストを発動するホットリップス。


 良い感じだ。

 俺の事を知り尽くしている親父が、入念に整備しただけあって、俺の身体に最高に馴染む。


「さぁ、始めようぜ」


 俺がルカちゃんに呼び掛けると、互いのテクターのAIが、カウントを開始した。


“Ready”


「やっぱりあんたは、そういうのが好きなんだね」


 ルカはスカイブースターを装備して、地面からふわりと浮かび上がった。


“3”


 そう言えば、ルカちゃんは俺に挑戦する前、俺の事を研究して来たらしい。つまり、〈アクセル〉を使う俺を想定して、スカイブースターを調整していたのだろう。


“2”


「ああ。これが俺には性に合っているらしいんでな」


 俺も、背中のブースターと足底のバーニアで、地面の砂を巻き上げながら浮遊する。


“1”


 空中で向かい合い、構える俺とルカちゃん。


“Te・Xt・Ro!”


 スタートの合図と共に、俺たちは互いに向かって突進した。

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