Part3 奇怪少年

「何言ってんのよ、イアン。アキセくんは、イアンみたいに強い訳じゃないのよ。それなのに戦わなかったとか、立ち向かわなかったとか、そんな風に責めたってしょうがないじゃない」

「……あの人たちを、傷付けるのが、怖かった……」


 アキセくんは、意外な事を言った。


 どういう事だ?


 更に訊き返したかったが、俺は、ルカちゃんが俺を諫めるような眼で見ているのに気付いた。俺は、アキセくんに対して、彼女の言うように責めるような言い方をしてしまっていたかもしれない。


「すまなかった、アキセくん。そうだよな、四人相手じゃ、抵抗なんて出来ないよな……。変な事を言って、悪かった。君を責めた訳じゃないんだ」

「いえ……悪いのは、弱い、僕ですから……」


 俯きがちになって、アキセくんは言った。最後の方に何と言ったのか、俺には聞き取れなかった。


 しかし、そう言った時のアキセくんの眼が、ぞろりと妙な光を発したのを、俺は見逃さなかった。

 膝の上に置いた拳が、泥で汚れたズボンを巻き込んでぎゅっと握り込まれている。その不健康な白さの皮膚の内側から、むわりと沸き立つものがあるように感じた。


 自分が悪い――そう言った時、アキセくんの眼には強い怒りのような感情が浮かび上がった。だが、声量が低くなってゆく内に、燃え立つ怒りがふと消えて、紫色のどんよりとした雲が、皮膚から滲んだように見えた。


 その瞳の暗雲の奥深くに、鋭く光る稲妻があった。まるで怒りの火を、より強い火力で滅ぼそうとする雷のようであった。


 だが、それは一瞬の事で、アキセくんがまだ膝を揺らしつつも立ち上がった時には掻き消えていた。


「今日は、ご迷惑をお掛けしました……」

「そんな改まった言い方、しなくて良いわよぉ。そっちこそ、転校初日から変な事に巻き込まれちゃって、大変だったわね」

「僕はこれで……」

「あ、帰るの? それじゃあ、気を付けてね。ってか、同級生……友達なんだしさ、もっとこう、フランクに? 軽い感じで喋りましょうよ。ねぇ、イアン?」

「ん――ああ、そうだな。変に気を遣わなくても良いんだぜ、アキセくん」

「――ありが、とう」


 アキセくんは最後に深く頭を下げて、保健室から出て行った。


「私たちも、いこっか」


 と、ルカちゃんは言うのだが、模擬戦という気分ではなかった。

 俺たちはイツヴァやアミカちゃんと合流して、部活の方へ向かった。






 家に帰ると、親父がにこにことした顔で迎えてくれた。


「出来たぞ、イアン! お前のコンバット・テクターだ」


 俺は、作業台からガレージの壁際に並べられたチェンバーに移動しているテクターの前に、連れてゆかれた。


 複数のチェンバーには、修理待ちや、回収が終わって引き取り手を待つテクターがマウントされている。


 その中で一際輝きを放つのは、廃棄処分寸前だったとは思えないくらいに直されたコンバット・テクターだ。


 黒と紫をメインカラーとし、赤い差し色が各所に入れられている。

 戦闘機のパイロットを連想するヘルメットは、かつての〈アクセル〉を思い起こさせた。

 全身のバーニアの数が、〈アクセル〉よりも増えており、あいつが正統進化を遂げて現れたようだ。


 余計な装飾や武装のない、速く駆けて、高く飛び、俺を勝利へと一直線に導く為の装甲服だった。


「それで、何か名前は思い付いたか?」

「い、いや、まだ……」

「そうか……。まぁ、まだ細かい調整は必要だし、今度の春のテクストロには間に合わんだろうから、ゆっくりと考える事だな」


 親父は俺の肩をぽんと叩いて、ガレージから二階に上がった。きっとこいつを持ち帰って来てから、飯を食ったり眠ったりする時間を削って、こいつと向き合っていたのだろう。眠気と空腹で口と腹を同時に鳴らしながら、二階へ上がって行った。


 俺は暫く、そいつと向かい合っていた。


 一日考えても、そして実際にこいつの姿を眺めて見ても、どのような名前が相応しいのか、すぐには浮かんでこなかった。


 結局その日は、夜遅くまで名前を付ける事が出来ず、俺はそいつを向かい合ったまま真夜中を迎えてしまったのであった。






「――もぉっ、お兄ちゃん! いつまでやってるの!」


 イツヴァの声で、俺ははっと眼を覚ました。


 真正面から怒鳴り付けて来るイツヴァに睨まれて、俺はびっくりして後方に倒れ込んだ。

 思いの他、強い衝撃が俺の背中を襲った。


「いっ……てぇぇぇ」


 倒れたダメージ以外にも、頸や肩がばきばきに固まっていて、すぐに立ち上がる事が出来ないでいた。


 イツヴァが俺を見下ろして、呆れた顔をしている。


「もう朝だよ! 学校、遅刻しちゃうからね?」

「朝? 学校? ……俺、一晩中……って、待てよイツヴァ! お兄ちゃんを置いて行くなよ!」

「いつまでも寝てる方が悪いんだもんね!」


 べーっ、と舌を出して、イツヴァがガレージの横のドアから出て行った。ドアからは朝陽が強く射し込んで、イツヴァが光の中に消えて行ってしまうようであった。


「イツヴァーっ!」


 光に呑み込まれて消えゆく妹に、自身の無力さを噛み締めつつ手を伸ばした。

 しかしイツヴァは、俺の事などすっかり無視して行ってしまい、俺はがっくりとうなだれた……。

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