Part2 被虐問答

 俺は、先ず殴り掛かって来たメイスンの顎に、カウンターでパンチを入れた。

 メイスンの頭部が、頸を起点に回転し、頭蓋骨の中で脳みそを揺さ振られる。


 次に掴み掛って来たモンドのボディに、鋭く肘をめり込ませ、頭が下がった所で膝を跳ね上げた。


 モンドは弾かれたように後方に反り返って、メイスンと共に倒れた。


「野郎!」


 バーダが股間を狙って蹴りを放って来たが、俺の蹴りの方が早かった。膝と足首のスナップを利かせて、鞭のようにしならせた蹴りが、バーダの睾丸を軽く叩いた。


 それでも痛烈な打撃になる事が、男である俺には十二分に理解出来る。


 スペルートが、左ジャブを放って来た。

 これを顔を傾けて躱すと、腰を切る勢いで右のストレートが飛んで来る。


 俺は左の手刀でスペルートの右手首を強く打ち、彼が怯んだ瞬間に右手で手首を掴んで、左手を肩まで滑らせ、肘をねじりつつ折り畳んで、体重を掛けた。


 スペルートの顔を、地面に押し付け、尻を浮かせた形である。


「この、野郎……!」

「言ったろ、コンバット・テクターを使うまでもないってさ」


 俺は関節技を解きながら、スペルートの尻を蹴り飛ばした。彼の事を、腕を軽く締め上げるだけで済ませたのは、脳震盪を起こしているメイスンと、睾丸を蹴られて悶絶しているバーダを、モンドと共にこの場からいなくさせる為だ。


「憶えていやがれ!」


 ありきたりなセリフを残して、スペルートたちがその場を去ってゆく。


「や、やるじゃない……。あーあ、残念だったなーっ、私の分も残してくれても良かったのになー」


 と、ルカちゃん。

 こんな時まで張り合って来るんだから、しょうがない奴だ。


 それよりアキセくんである。


「平気か? ルカちゃん、保健室に連れていくぞ、手を貸してくれ」

「分かった。……災難だったね、アキセくん」


 俺はアキセくんに手を貸して立ち上がらせ、左腕を肩に担いだ。


「ありがとう御座います……マーキュラスさん、と……」


 そう言うアキセくんの顔は、余程手痛く殴られたのか、赤く膨らんでいる所や、紫色に腫れ上がっている場所が痛々しかった。唇はぷっつりと切れて、鼻の下や口の端には、赤いものが固まり始めている。


「イアン。イアン=テクニケルスだ」

「テクニケルス、さん……」

「イアンで良い」

「私の事も、ルカで良いからね!」


 右側をルカに担いで貰い、二人で挟み込む形で、アキセくんを運んだ。


「酷い奴らねー。年上でしょ、あいつら。しかも四人で寄ってたかってなんて、本当にサイテー」

「だな。しかしアキセくん、どうしてあいつらに眼を付けられちまったんだ?」

「……分かりません……いきなり、付いて来いって、言われて……」

「理由もなく、ってか。あのくらいで済ませたのは間違いだったかもな」


 アキセくんを保健室に連れて行くと、養護教諭はいなかった。しかし内臓とか骨とかに異常がある訳ではなかったようなので、ルカちゃんが擦り傷の消毒や、打撲、内出血の手当てなどをした。


 元から顔色が優れている方ではなかったが、紫色の痣を張り付けられてしまうと、死斑のようでさえある。


「そう言えば、お嬢さまがどうとか、言ってなかった?」

「お嬢さま? それって若しかして、アミカちゃんの事か?」


 ルカが思い出したように言うので、そう言えば、と俺は昼の事を思い出した。


 あの連中は確か、俺とイツヴァとルカが飯を食っている隣にいて、そこにアミカちゃんが来たタイミングで食堂を出て行ったのではなかったか。その直前、アミカちゃんは俺たちのクラスの転校生に、興味を示したような言動をしている。


 それに、アミカちゃん自身、かつてはこの辺りに転校して来たという過去があり、アキセくんと出会えば何らかの共感を覚える可能性があった。


 アミカちゃんは、その容姿も、背景も、良くも悪くも目立つ方だ。それだけにファンが多く、彼女の事を陰で慕う人間も多い。気分の良い話ではないが、彼女の盗撮写真や、それを素材とした悪質なコラージュも、裏では取引されているという話である。


 あいつらが、その手の連中である可能性は、高かった。


 ならば、アキセくんのような脆弱で、何となく嗜虐心をそそられる相手を痛め付け、アミカちゃんと接触させまいとするのも考えられるだろうか。


 ……妙だな、今日の俺は。何で、このアキセくんに対して、勝手に脆弱だのと罵倒して、何もされていないのに苛立ちを募らせたりしているのだ。


 彼自身が纏った、鬱屈した雰囲気が、そうさせているのだろうか。

 だから次の質問も、そんな理由の分からない苛立ちから発せられたものかもしれない。


「なぁ、アキセくん、お前、どうして立ち向かわなかったんだ?」

「え……」

「イアン、何言って……」

「何であいつらと、戦おうとしなかったんだ? 何で、されるがままになってたんだよ」

「――」


 アキセくんは俺の問いに、紫色に腫れた瞼を伏せつつ、蚊の鳴くような声で言った。


「怖かった……」

「そりゃ、怖いだろうさ。でも、俺たちが来るとは考えなかっただろう。それなのに、あそこまで耐える事にどんな意味があったんだ。例えどうしようもなくても、それ以上やられないようにって、死に物狂いで、何とかしようとするものじゃないのか?」

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