第四章 パープル・ペイン

Part1 弱肉強食

 放課後、いつものようにルカちゃんやアミカちゃんと模擬戦をやってから、部活へ行こうという事になった。


 アミカちゃんが、クラスで用事を言い付けられたので、それが終わるまで昇降口で待っている。


「折角だし、彼も誘ってみようかしら」


 と、ルカちゃんは言った。


「彼ってのは、アキセくんの事かい」

「ええ」

「だけど、気弱そうって言ってたじゃないか。彼には向かないんじゃないの?」

「それはそうかもしれないけど、でもRCFの技術って、弱い人間が強い人間に勝つ為のものでもあるでしょ。だったら、彼にぴったりのコンバット・テクターを見付けて上げて、一緒に頑張ってみたら、意外と才能発揮しちゃうかもしれないわよぉ」

「どうかなぁ」


 ルカちゃんの言っている事は、半分は正しい。


 コンバット・テクターは、戦争の道具として開発された。兵器の生産量や、兵士の練度で劣る小規模な国家や地域の人間が、無数の戦車や爆撃機に対抗する為、人体の機能を拡張し、強力な武器を携帯するパワードスーツである。


 弱い人間が、強い軍隊に立ち向かう――そう言えば、それらしく聞こえる。


 だが、RCFはそのコンバット・テクター同士の戦いの事だ。テクターのスペックは語るのがおこがましいくらいに大前提であるとして、使用者のポテンシャルもその勝敗には大きく影響する。


 身長一九〇センチ、体重一一〇キロの男と、一五五センチくらいの男が戦えば、後者が余程の優れた格闘技術を身に着けていない限り、勝敗は明らかだ。


 同じマッチメイクで、テクストロに於いてはスペックがほぼ等しくなるように調整する必要があるコンバット・テクターを装着しても、結果にはさしたる違いはないであろう。


 そうしていると、授業を終えたイツヴァがやって来た。


「お待たせー。あれ、今日はまだ始めないの?」

「アミカちゃんを待ってるのさ」

「それと、アキセくんもね」

「ふぅん。……そーだ、ルカさん、その転校生……アキセ=イェツィノ先輩? って……」


 イツヴァが言ったのは、アキセ=イェツィノの容姿の特徴だった。

 特徴と言っても、これと言って目立っている訳ではない。しかし、何となくではあるが、皮膚の外側にもう一枚、俺たちとは違う空気を纏っているような気がしているので、没個性でもそれと分かってしまう。


 巧く言う事は出来ないが、卑屈で仄暗く、何をされた訳でもないのに視界に入れるだけでぼんやりとした苛立ちが湧き上がるような……って、俺は何を考えているんだか。


「それがどうかしたのか?」

「んーっとね……見間違いかもしれないけど、ほら、昼間の……」

「昼間の?」

「あの人たちと一緒に、何処かに行こうとしてたみたいなんだよね。だから、何だか変に気になっちゃって」


 昼間のあの人たちと言うのは、スペルートたちの事だろうか!?


 あいつらと、アキセくんに、何か関係があるのか。

 いや、転校初日で、知り合いがいないと言っていた彼に、そんな事がある訳がない。


 だとすれば……


「彼らが何処に行ったか、分かるか?」

「え? あの感じだと……校舎の裏の方かな……」


 俺はルカちゃんに目配せをした。

 ルカちゃんも、大体同じような想像をしたらしい。


 理由については欠片も見当たらないのだが、余り良い事が起こるとも思えなかった。


 俺とルカちゃんは、イツヴァの情報を基に、ひと気のない校舎裏へ向かった。

 するとそこでは、予想通りの光景が繰り広げられていた。


「おらっ!」


 と、バーダの鈍い声がした。

 続いて聞こえた蛙の潰れる悲鳴は、アキセくんのものだった。


「どうしたー、立てよ転校生」


 メイスンが、アキセの髪を掴んで立ち上がらせると、背中をどん、と押した。

 その身体を受け止めたモンドが、薄ら笑いを浮かべながらアキセくんの頬を叩いた。


「へ……転校生、調子に乗るなよな」

「お嬢さまに、眼を掛けられたからってよ!」


 そんな事を言いながら、スペルートたち四人は、アキセくんを順番にいたぶった

 何を考えているのか分からないが、放って置く事が出来る筈もなかった。


「やめろ!」


 俺の声に、四人が振り返った。


「お前ら、いい加減にするんだな」

「四対一とか、卑怯だよ! 男らしくないからね、そういうの!」


 と、ルカちゃんも連中に向かって啖呵を切った。今回ばかりは、その“男らしい”という言葉が俺に響く。

 無抵抗の、自分よりも弱い人間を、徒党を組んでぶちのめすなんてのは、男のやる事じゃねぇ。


「てめぇらか」


 スペルートが、掴んでいたアキセくんの胸倉を放し、彼を地面に突き飛ばした。

 口の中を切ったようで、蒼黒く腫れた頬を膨らませて咳き込むと、血の雫が地面に向かってこぼれてしまう。


「丁度良かった」

「お前らの事も、気に喰わないと思っていたんだ」

「ちょっとテクターを使うのが巧いからって、調子に乗りやがって」

「ステゴロだったら、てめぇなんか大した事がないって教えてやるぜ」


 四人が俺たちの方を向き、唇を吊り上げたり、舌を出してみたり、拳を鳴らしたり、指を動かして挑発したりする。


 俺はふんと鼻を鳴らして、四人に向かって近付いた。


「お前たちなんか、コンバット・テクターを使うまでもない」

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