Part5 無骨の犬

「だからー、うちのクラスに転校生が来るって話よ」

「転校生? ふぅん」

「何、興味ないの?」

「別に、これと言って興味はないなぁ」

「なぁんだ、面白くないのー」

「まぁ、ルカちゃんはクラス委員だからな、どうしても気に掛けちまう訳だ。イケメンだと良いな」

「何よそれー、人をまるで面食いみたいに……」


 そんな話をしていると、授業開始のチャイムが鳴って、他の生徒たちがそれぞれ席に着き始めた。


 教壇に、教師が、一人の見慣れない生徒を伴ってやって来る。あれが転校生か。


「皆さんも聞いているかもしれませんが、今日からこのクラスに新しいお友達が来る事になります」


 そういう教師に促されて、特別に目立つ容姿でもない彼は、緊張しているのか消え入りそうな声で言った。


「あ――アキセ=イェツィノです。今日から、よろしく、お願いします……」






 学食で、俺はルカちゃんとイツヴァと、昼食を摂りながら話していた。


 俺は鶏ささみを使ったカルボナーラパスタを食べた。

 ルカちゃんがカツカレーで、イツヴァは生姜焼き定食だ。


「ンで、どーよ、期待の転校生くんは」

「良い子よー。でもちょっと引っ込み思案っていうか、気弱って感じかな。あ、イツヴァちゃん、一枚くれる?」

「へぇ……私はちょっと苦手なタイプかも。良いですよー、その代わりカツも一つ貰いますね」

「そうよねぇ、男の子だモン、もっと元気でなくっちゃね。えっ、じゃあもう一枚頂戴よ!」

「おいおい、イツヴァの食べるモン取るんじゃないよ。イツヴァ、パスタ喰うか?」

「要らなーい。ってか、もうぐちゃぐちゃに掻き回してるじゃん。そんなの要らないモン」

「ガーン、だな……」


 ルカちゃんは、クラスの代表をやっている。


 春のテクストロが終わる頃には、学校行事として体育大会がある。その中にRCFも種目として組み込まれているので、校内ランキング所かこの地区で暫定一位ランカーの俺にクラス代表として出て貰いたいというクラスメイトの気持ちは分かるのだが、それはそれとして普段のクラス委員の仕事をやれるとは思わなかった。


 それで、ナンバー2のルカちゃんが推薦で選ばれる事になったのだ。


 彼女は俺に対しては凶暴なのだが、他の人間に対しては世話焼きな面があるので、その範囲がクラス規模に広がったというだけだ。


 そんな訳だから、転校初日で分からない事も多いだろうアキセ=イェツィノくんに、色々と教えてやる役目を担う事になったのである。


「しかし君、意外と古い奴なんだな」

「私が?」

「今時、男だから女だから、なんて化石みたいな事をいう人間がいるなんて思わなかったぜ」

「そ、そうかしら……。育ちが田舎だからかな……」

「ん?」

「う、ううん、何でもない。でも、言われてみると確かに、時代遅れ(ジダオ)な価値観って感じではあるかなぁ」


 俺も割合して、男だから女だから、みたいな事は言う方だ。なのでルカちゃんを責める――と言う程、強い調子で言った訳ではないが――ような事は口に出来ないが、ルカちゃんは妙に気に知ってしまったようだ。


 するとイツヴァが、


「でも、個人の思想としてはそれも変じゃないと思うよ。私だって、若しもお付き合いするなら、逞しくて頼りになる、物静かな大人っぽい人が良いからなぁ」

「……何!? やたらと具体的だけど、イツヴァ、もう、そういう奴がいるのか!?」


 と、そんな話をしていると、俺たちが座っていた席にアミカちゃんがやって来た。


「ご一緒しても良いですか?」

「もっちろん。はい、隣どーぞ」


 ルカちゃんが、空いていた自分の横の席を示した。アミカちゃんはありがとう御座いますと丁寧に言いながら、クラブハウスサンドとアフタヌーンティーを載せたトレーを、テーブルに置いた。


「そう言えば、ルカさんたちのクラス、転校生が来たんですって?」

「おっ、アミカも気になる? 結構ミーハーだねぇ」

「そ、そんなんじゃありませんよぉ。ただ、やっぱり転校って珍しい事ですから。……まぁ、私も、以前はこの辺りに住んでいた訳ではないので、余り目立ちたくないというその人の気持ちも分かりますけど」

「そうなんだ」

「はい、二期生の頃……」

「へぇ。でも、アミカもあんな感じだったのかなー。大人しくて、ちょっとシャイな感じ。アキセくんって言うんだけどさ……」

「アキセ……? ……それって……」


 アミカちゃんが何か言おうとした。と、そのタイミングで、俺たちの隣の席に座っていた生徒たちが立ち上がった。それだけなら何でもないのだが、妙に乱暴に席から立ったもので、その内の一人の肩が俺の肩にぶつかって来た。


「痛っ。……てめぇ、ぼぅっとしてんじゃねぇよ」


 吐き捨てるように言った生徒に、つい俺の眉間に皺が寄る。

 四人の男子生徒のグループだった。何れも、俺たちの一つ上だ。


「勝手にぶつかって置いて、何ですか、その言い方は!」


 俺より先に、ルカちゃんが言った。

 俺は謝る気もなかったが、気にしている訳でもなかったので、事を荒立てないように済ませたかった。しかしルカちゃんが――正しい事ではあるとは言え――喰って掛かってしまったので、相手の苛立ちが加速する事になる。


「何だと、この……」

「よせ」

 と、その四人の内の一人が、低い声で言った。

 でも……と、文句を言おうとする俺に肩をぶつけた奴を眼で黙らせると、当然だが謝罪もなしに、四人は食堂から出て行った。


「何よあれーっ、嫌な感じ!」

「食事中なのに、気分が悪いですね……」


 直情型のルカちゃんは勿論、アミカちゃんでさえ嫌悪感を露わにしている。


 あいつらは、うちの学校でも珍しい札付きの不良共だ。


 俺に突っかかって来たのは、バーダ。

 彼を止めたのが、リーダー格のスペルート。

 他の二人は、モンドと、メイスンとかいったか。


 野良犬みたいな連中だ。誇りのない、群れて騒ぐしかない犬畜生。

 俺の嫌いな連中だった。

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