Part4 鎧の名前

 それから何日か経っての事だ。

 俺とルカちゃんだけだった模擬戦に、アミカちゃんも参加するようになった。


 アミカちゃんは、〈コトブキ〉というコンバット・テクターを愛用していた。

 テクストロでは見る事の少ない感知サポート型で、特殊なOSを組み込んでいるらしく、元来の攻撃力や防御力の低さを、優れた感知能力とふんだんな武装で補って戦うタイプであった。


 そして彼女自身の剣の技術が優れているからだろうか。ムサシソードと呼ばれる大小の太刀を用いた戦法は、〈ラプティック・ブレイブ〉の斬撃装備であるスラッシュブースターのメイン武器、大剣ダブルエッジソードの間合いにも易々と斬り込んでゆく。


〈ガン・ドッグス〉のデュアルショーターに対しても、正確無比な投擲武器サルトビシュートなどで対応し、インファイトは攻守に優れた小刀で、中距離では大刀で攻め立てて来るので、〈アクセル〉と同等の加速であった〈ガン・ドッグス〉の物足りなさを俺は実感した。


 そんな時に、親父が廃棄処分寸前のコンバット・テクターを家に持ち込んで、それを改修するという話になった。


 何でも、処分場にいる知り合いから、まだ使えるのに廃棄してしまうのは勿体ないという事で、腕利きの整備士である親父に連絡を入れて、そのコンバット・テクターを引き取ってくれないかと頼まれたというのだ。


 親父は早速、処分場に足を運んで、件のテクターを引き取り、修理を始めた。


 俺が帰宅するのは、ルカちゃんやアミカちゃんと模擬戦をやって、ジムに行き、部活に参加してからの事であるので、すっかり日が暮れる時間帯になってしまう。尤も、女性の夜歩きさえ危険性がないと言われている時代だ、男がそんな時間を気にするようなのは、大した意味がないだろう。


 で、親父はその時間になるともう飯を食って、テレビでも見ながらゆっくりしている事が多いのだが、この日に限っては俺が帰って来たのにも気付かない様子で、ガレージに籠っていた。


「昼からずっとああなのよ」


 と、母さんは言った。


 俺は汗を流して飯を食い、それでも親父が作業中であったので、


「手伝うよ、親父」


 と、ガレージに向かった。


「おう、頼むぜ」


 そう言う親父が前にした作業台には、黒と紫のボディをしたコンバット・テクターが寝そべっている。


「こいつはなかなか良いものだぞ。そんじょそこらの高機動型以上に軽量で、けれど頑丈な装甲に、装着者への負担を減らす緩衝材の配置。血管のように微細に張り巡らされた細いダクトながら、大型エンジンのパワーを最大限に引き出せるくらいのポテンシャルを秘めている」


 それからも親父は、滾々とこのテクターの魅力について説明した。俺だって、そいつをプレゼンする事は出来るだろうが、興味のない人間にとっては魔導士の呪文みたいなものだっただろう。


 その説明を受けて、俺が感じた印象は、


「俺……こいつが良いな」

「うん?」

「俺、こいつを使ってみたい!」


 自分の声が、知らずに高くなっているのに、俺は気付いた。

 処分場の中から引き上げられたこいつに、俺は運命染みたものを感じたのだった。


 こいつは、かつての〈アクセル〉に足りなかった部分も、〈シャドー・ビート〉や〈ガン・ドッグス〉で俺が不満に思っていた部分も覆す能力を持っている。


 こいつに、俺の今までのデータを注ぎ込んで回収すれば、俺にベストマッチするテクターが完成するだろう。


 俺はそう実感した。


「俺もその心算だった……」


 親父はそう言うのだが、どうしてだろうか、表情が少し暗い。


「だが、良いのかイアン。こいつは……」

「処分場から引っ張り出して来たものだから、って?」

「うむ……」


 テクストロでは、テクターの外見や経歴も採点の対象となる。それはほぼイコールで、使用者の家柄を示すものでもあるからだ。新品であれば経済的に余裕があると分かり、古過ぎたり特殊過ぎたりすると何らかの裏があるのではないかと勘繰られる。


 だからテクストロに出場する人間は、なるべく新しくて凡庸なテクターを使用しがちだ。


「そんなの、関係ないさ。親父、コンバット・テクターにとって必要なのは、そいつが使えるかどうか、そいつが自分の身体ややり方に合うかどうか、だろ。何処で手に入れたとか、いつ造られたとか、そんな事は関係なくて、その本質を活かしてやれる人間が使うのが、正しい事だと思うぜ」


 RCFはエンターテイメント的な側面も持っている。又、プロ選手になれば、企業がスポンサーに付いてくれて、試合のたびに最新型のテクターを配給され、それで戦う事になる。


 そういうのが性に合う人間もいるだろう。だが俺は、俺の身体や戦法に合ったテクターで、俺本来の、俺の細胞が求める戦いをしていたい。そうして、テクストロを観る人たちを楽しませたい。


 親父だって、このテクターがそれに最適だと分かったから、あんなに興奮していたんじゃないだろうか。


「……ああ、そうだな。イアン、こいつを、お前の為の最高の相棒に仕立て上げてやるぜ。それまでに何か、新しい名前を考えてやるんだな!」

 

そういう事に、なったのだった。






 ――名前、名前か……。


 俺は翌日、学校の教室で、その事ばかり考えていた。


 思えば、〈アクセル〉も〈シャドー・ビート〉も〈ガン・ドッグス〉も、親父が付けた名前だ。


 俺が今まで名付けた事はない。けれど、今度のテクターは真に俺の為に調整されるものであるから、俺が名前を付けた方が良いのだろう。


「ねぇ、イアン、聞いた? 今日、うちに転校生が来るんだって!」


 どうしたものだろうかなぁ。


 親父が、俺との模擬戦なんかで使っているのは、〈ブラック・コルベット〉といった。コルベットは車の名前だった筈だ。元々自動車整備工場だった事もあって、そういうネーミングにしたのだろう。


 他に何かあるだろうか。


「ねぇ、イアン、聞いてるの? 今日! うちらのクラスに! 転校生が来るんだって!」


 スピード……こいつは幾ら何でも安易だろう。

 ラン・ア・ウェイ……どうだろうなぁ。

 ブレイン・シュガー……うーん。

 グロウ・イン・ザ・ダーク……外見的にはぴったりかもしれないが。

 ユー・ガット・ア・チャンス……ポジティブな名前ではあるが。

 ランブリング・ローズ……いや、ラ・ヴィ・アン・ローズ……。

 モダン・タイム……

 バーバリアン……


「イアンったら!」


 どん! と、机を叩かれて、我に返った。


「あ? ああ、どうかした、モニカちゃん」

「モニカって誰よ? まぁ、良いわ。さっきからぼぅっとして、私の話、聞いてた?」

「いや、新しいテクターの名前を考えていてな……何の話だっけ」

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