Part3 武闘う道

「あ、あの、あの……か、刀……、かえ、返して、くれませんか……?」

「あ……ああ、重ね重ね、悪いな」


 俺は刃の方を自分に向けて、刀を横にして彼女に渡した。これを受け取り、鞘の入り口に鍔元から峰を滑らせて、切っ先を鞘に収納する。


 しゃりん、と、鈴のような清廉とした鍔鳴りが、皮膚を揺さ振った。


 ――斬っちまわないのかな……。


 俺は彼女の納刀が、余りにスピーディであったもので、鯉口の傍で鞘を固定している左手を斬ってしまわないか、心配になった。だが、親指と人差し指との間に、古い傷が見えるだけで、今の納刀モーションで怪我をしたという事はないらしい。


「えっと、その、あの、うんと、あー……あぅ」


 すると彼女は、納刀した時とは打って変わってあたふたとした表情に戻り、何か言葉を見付けようとしているらしかった。


「邪魔して悪かった。ただ、少し気になって覗いてみたんだ。にしても、凄いんだなァ君は」


 俺は彼女の視界から外れて、切り落とされた巻き藁の傍でしゃがみ込んだ。


 巻き藁には、青竹が芯になっている。その断面はささくれなど一つもない。その上、彼女が繰り出した斬撃は二つ……鞘から斜め上に剣を抜き打ち、それが空中にある間に剣を斬り返して袈裟懸けに落とした。


 二の太刀を打った時の巻き藁は、床に固定されておらず、俺のような初心者がやれば藁を斬って青竹には到達するかもしれないが、切断までは難しいだろう。


 刀の重量を活かした加速を操るパワーがなければ、こうはならない。


「イアイ……って言うんだっけ。俺の名前に似てるな」

「え……」

「ああ、俺、イアンってんだ。イアン=テクニケルス」

「テクニケルスさん……って、あの、イアン=テクニケルス選手? テクストロ上位ランカーの?」

「ま、そういう事になってる」

「わ、わ、わ……う、うちの学校の大スターじゃないですか! それが、こんな……」

「君は確か、あれだろ、アミカ=ゲンジちゃん……君だって有名人じゃないか」


 気付くのが送れたが、彼女はアミカ=ゲンジ。ヒノクニを代表する大企業GAF社の重役の娘で、見ての通り容姿端麗、成績優秀の完璧美少女だ。


 普段は黒髪ロングをストレートにしてるイメージしかなかったから、ポニテは新鮮だな。


「そ、そんな事はないです……」

「謙遜するなって。しかし、凄いな。あんな鉄の塊をぶん回せるなんて」

「は、はぁ。何か、RCFに、活かせないかと思って……」

「君もRCFをやるのかい」

「父が、コンバット・テクターの新製品を開発するたびに、私に回してくれるので……」

「成程、そいつは良いな。しかし、今時ケンドーっていうのは、RCFに役に立つのかい」


 RCFもスポーツではあるが、それ以上に格闘技だ。ケンドーは、他の武道もそうだが、RCFと比べるとスポーツ色と言えば良いのだろうか、身心を鍛えるという目的の体育の範囲を越えていないように思われた。


 つまり、礼儀とか、作法とか、精神性とか、そういうものを、身体を動かす事で鍛える文化以上のものではないと、俺は感じていたのだ。


 先に挙げたものがRCFに不必要であるとは言わないが、そのトレーニング……ケイコを取り入れる事に、果たして意味があるのだろうか。


「勿論あります。武道というのは、武器術を以て人道を為す事と教えられました。ですからその本質は、武闘の道、戦う道です。その為の技術なんです。今の教育ではその点を蔑ろ……と言うよりは、敢えて無視して、精神の育成に重きを置いていますが、古流とは言え戦技の一つである事は確かで……」


 途端に饒舌になるアミカちゃん。


 俺が、その変貌ぶりにぽかんとしているのに気付いたのか、アミカちゃんはぱっと顔を赤くして、早口になってしまった自分を恥じるように、俯いた。


「す、すみません、私、つい……」

「いや……君の気持ちは分かるよ」

「え?」

「好きな事の話になると、つい熱くなっちまうんだよな。……何て言うか、今までは君の事、遠巻きにしか知らなくて、金持ちのお嬢さまって印象しかなかったんだが、こういう面もあるんだな。君が、雲の上の人間じゃないと知って、少し安心した気持ちだ」


 そんな事を言って、気恥ずかしくなって彼女から眼を逸らして壁の方を眺めた。すると壁に掛けられた時計が眼に入り、意外なくらいに時間が経ってしまっていた事に気付いた。


「じゃ、俺はこれで。また何かあれば、話しようぜ。それに、君もRCFやるってんなら、一緒にやってみないか。部活もあるし、最近は毎日のように、ルカって子と模擬戦やってるんだ」

「わ、私もご一緒して、良いんですか?」

「同級生だろ、良いに決まってるじゃないか。それじゃあな」


 俺はケンドー場から出て、アミカちゃんに手を振った。

 アミカちゃんは、「よろしければ、お願いします」と言って、深々と頭を下げた。


 俺は当初の予定通り、四階のトレーニングルームに向かうのだった。

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