第三章 ガン・ドッグス

Part1 イアンの日常

「っだぁーっ、もぅっ、また敗けたァっ!」


 と、ベンチに寝そべって言うのはルカ=マーキュラス。

 そのルカちゃんに、俺の妹のイツヴァがドリンクを渡し、タオルで汗を拭ってやった。


「お疲れさまです、ルカさん。でも、お兄ちゃんに勝つにはまだまだですね!」

「そう言ってやるなよ、模擬戦での勝ち敗けは同じくらいだぜ」


 あれから一年が経った。


 ルカちゃんは、殆ど毎日のように俺に挑戦して来ては、コンバット・テクターによる模擬戦を繰り返している。


 ルカちゃんの実力は本物だ。特に〈ラプティック・ブレイブ〉の武装を切り替えて戦うセンスに関しては、俺自身が使用するコンバット・テクターの特色を差し引いても、敵う所ではない。“七変化の鷲”という二つ名は伊達ではないという訳だな。


 俺も、彼女との戦いからは、色々と学ばせて貰っている。

 一番の収穫は、やはり俺には、高機動型が性に合っているという事だろうか。


〈シャドー・ビート〉を使ったのは、初めの半年くらいであった。どうにも俺は、戦いとなると勝手に身体が飛び出していきがちな性質であり、ゆっくりと相手の攻撃を待っているというのが我慢出来ないようだった。


 今は、〈アクセル〉を改修した〈ガン・ドッグス〉というテクターを使っている。〈アクセル〉の加速性能をより研ぎ澄まし、〈シャドー・ビート〉で培ったデュアルショーターの技術を最大限に活用出来るものだ。


 これもこれで、悪くはないものなのだが、やはり俺は〈アクセル〉を使っていた時が……電光石火で相手の懐に飛び込み、鋭い打撃を刻んで倒すやり口が、懐かしく感じる。


 親父ともその事については話し合っており、〈アクセル〉のような挙動をしたいのであればもっと身体を鍛えて、あの負荷に耐えられるようにしてからだと、そういう事になった。


 だから俺は、授業と部活、ルカちゃんとの模擬戦以外では、ジム通いをしてウェイトトレーニングに励んでいる。親父と一緒にコンバット・テクターの整備をやる事もあるが、前と比べるとその時間が減ったかもしれない。


「ねぇ、たまにはさー、何処か寄って行かない?」

「何処かって?」

「駅前のスイパラとか! ほら、Cエリアに新しい高層ビルが出来るって話でしょ? 今の内に行って置かないと、そっちにお客さん取られて、経営が傾いちゃうかもしれないよ」

「別に、そっちが出来たって行ってやれば良いじゃないか。君が通って潰れさせないようにしてやれば」

「むぅっ……」


 こっちは上質な筋肉と骨格を作らなくちゃいけないのだ。それなのにスイーツに誘うというのは、何と言う悪辣な事であろう。


 たまの休みにちょっと寄るなら兎も角、平日にスイパラなんか行くものか。


「俺は少し残って、ウェイトやってから帰るよ」

「あっそう。じゃあ、イツヴァちゃんは借りてくわね!」

「おいおいっ、汗臭い身体でイツヴァに触るなよ!?」

「はぁーっ!? 汗臭いって何よ、女の子に対してチョー失礼なんですけど!」


 ベンチから起き上がって、イツヴァに抱き付いたルカが、俺に向かって叫んだ。

 確かに、些か失礼な言動と思わないでもなかったが、しかしイツヴァを他人の汗で汚されるのは堪らない。


 すると背中からルカちゃんに抱き付かれたイツヴァが、


「お、お兄ちゃん、私は平気だよ?」


 と、言ってくれる。

 何とも健気な事だ、本当は嫌であろうに。


「そ、そうか……お前が、そう言うなら……」

「なーにガチで落ち込んでるのよ、このシスコン。顔は良いし、成績も優秀なのに、これじゃあ彼女の一人も出来ない訳だわ」


 やかまし。

 今の俺は、彼女なんか作っている場合じゃないんだって。


 その気になれば女の子の一人や二人……と、ちょっと野蛮な事を考えてはしまうものの、女の子にかまけている暇はないというのも本心だ。


「それじゃ、イツヴァの事、頼んだぞ。あっ、変な遊びを教えたりするなよ! それと、スイパラに行くのは良いけど、食べ過ぎには注意しろよ! それからな……」

「はいはいはいはい、分かりましたよイアンくん。全く、あんたはイツヴァのお母さんかっての」

「お兄ちゃんだ!」


 そんな、日常の遣り取りをして、俺たちは別の方向へ歩んで行った。

 二人は学校の出口、俺はトレーニングルームの体育館へ、だ。

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