Part5 小細工!

 俺は、立ち止まってしまうとルカのインパクトマグナムの餌食だと思い、その場から走り出した。


 左手のショーターを上空に向け、ルカを牽制する。


「当たらないよーだ!」


 と、嘲るように言うルカ。

 こっちだって、初めから当てる心算で撃ってる訳じゃない。


〈アクセル〉譲りのブースターを吹かして、地上で加速する。だが、これで浮遊しようものならば、速度で劣る俺は〈ラプティック・ブレイブ〉の嬲りものだ。


 俺は右手のショーターを圧縮ゴム弾に切り替え、地面に向けて連発した。

 どっ――と、背中のブースターが火を噴き、この勢いでグラウンドの地面に砂埃が舞い踊る。


「め、眼晦ましの心算? そんなの、意味ないんだからね!」


 ルカは更に高く上昇した。


 彼女の言う通り、俺はグラウンド内を駆け巡って、砂のカーテンを作り出し、自分の姿をすっかり隠してしまった。


 ――それじゃあ少し、狡い事をさせて貰うかな……。


 俺は砂埃の中で、〈アクセル〉を使っていた時には思い付きもしなかった、小狡い策略に唇を吊り上げた。


 或る細工をして、その場所からグラウンドの端まで駆け出した俺は、砂のカーテンが極太の光によって引き裂かれるのを見た。


 それでも残った砂埃の向こうに、〈ラプティック・ブレイブ〉が高度を落としているのが見える。又、その背中からスカイブースターのグライダーがなくなっているのが分かった。


 手にはインパルススティックやマグナムではなく、長さのある筒状のものを持っている。見ていると、その先端から光の奔流が生じ、砂埃を切り裂いているらしい。


 スカイブースターがなくなり、別の、砲撃タイプの武器を使用している……つまり、〈ラプティック・ブレイブ〉は空中戦に留まらない拡張機能に優れた、汎用型コンバット・テクターという訳か。


 俺は万全を期して、匍匐前進で進んだ。


 飛行能力は失ったものの、射撃系の武装に切り替え、高出力を維持する関係でブースターを装備した〈ラプティック・ブレイブ〉が、ゆっくりと下降している。


 見た所、俺が細工した位置に向かって降りているようで、どうやら策略は成功したらしい。


「私の勝ちね!」


 と、格好良くあのレーザー砲を構え、着地する前に宣言したルカ。

 悪いが、そうはいかないんだな、これが。


 俺は目的地……フェンス際までやって来ると、デュアルショーターの銃口をフェンスの上の方のふちに向けた。


 フェンスの高さは、一〇メートルくらいだろうか。そのふち目掛けて、ショーターを発砲する。


「え? 何これ!?」


 ルカの驚いた声が聞こえた。多分、ヘルメットの中で警告音が鳴り響いているのだ。相手を倒した筈なのに、後方注意のアラートが鳴る事に戸惑っているのだろう。


 刹那、フェンスのふちに激突し、跳ね返ったショーターの圧縮ゴム弾が、〈ラプティック・ブレイブ〉の後頭部に直撃した。


「ぎゃんっ!?」


 犬のような悲鳴を上げて、思いもよらない方向からの狙撃に驚くルカ。


 俺は全速力でその背後に接近し、彼女が俺に気付いて振り向いた瞬間、ハイキックを頭部に見舞った。


「――ひっ」


 ……と言っても、勝負は殆ど決まったようなものだ。蹴りは寸止めした。

 それに、で、テクターの中で一番固いヘルメットを打撃しても、大した威力はないだろう。


「あ、あんた……」

「俺の勝ち、って事で良いかな?」


 俺は、銃撃装備の〈ラプティック・ブレイブ〉の前で蹴り足を地面に下ろした。


 砂埃がすっかり晴れて、〈ラプティック・ブレイブ〉と向かい合っているのは紫のメタル・プレートをパージした、黒と赤のスキン・アーマー姿の俺だった。


 そして〈ラプティック・ブレイブ〉の足元には、〈シャドー・ビート〉の紫のメタル・プレートが転がっている。


 ライオットスライダーを装備した腕も、背中のブースターも、そこに蛇の抜け殻のように放られていた。

 砂埃を巻き上げた瞬間、俺はメタル・プレートを取り外して、その地点に転がして置いたのだ。


 コンバット・テクターの動力源はメタル・プレート側にあり、この熱源を頼りにテクターのセンサーは反応する。恐らく〈ラプティック・ブレイブ〉が銃撃装備に切り替えた時に砂埃の中に確認したのは、〈シャドー・ビート〉のメタル・プレートに搭載されたエンジンであったのだろう。


 だから彼女は、俺のいない場所を狙撃して、勝利宣言までしたのだ。


「ずっ……そ、そんなのズルじゃん! ズル! さっきからずっとズルしてる!」

「公式の試合じゃないしな、レギュレーション違反は自覚しているが、記録に残らないなら試してみたって構わないだろ。それに、君は事前に俺を知っていたけど、俺は君の事を知らなかったんだし、トントンじゃないか?」


 俺はコンヴァータで、テクターを回収させた。

 俺の身体からスキン・アーマーが剥離し、地面に転がっていたメタル・プレートが昇華される。


 この状態で殴り掛かったら、ルカは犯罪者だ。試合のルールを破っても両手が後ろに回る事はないが、社会のルールを破ったら刑務所行きだ。


 ルカも同じように〈ラプティック・ブレイブ〉を解除すると、その特徴的なヘルメットの奥からは悔し気に歯噛みする顔が現れた。


「次にやったら、絶対敗けないんだから! 憶えてなさいよね!」


 ルカは俺を指差して、吐き捨てるように言うと、踵を返しグラウンドから去ってゆく。


 俺はその後ろ姿を眺めて、小さく溜め息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る