第二章 シャドー・ビート

Part1 挑戦者!

「イアン=テクニケルス! 私と、勝負しなさい!」


 七期生――中等部の一年目が始まった。

 初日、クラスの顔合わせが終わった放課後に、一人の女子生徒が教室に怒鳴り込んで来た。


「あんたが、イアンっていう人? ふぅん、結構イケメンじゃない」


 彼女はずかずかと教室に踏み込んで来ると、きょろきょろと室内を見回して、俺の事を発見した。


 金髪に碧眼――というのも、昔のヒノクニであれば兎も角、現代では珍しくはない。確かに俺は、他と比べるとかなり顔が良い方で、今朝なんかは初等部の秋のテクストロで優勝した事を知った中等部の先輩が、登校中に声を掛けて来た。


 他にも、俺の姿を見てひそひそと――好意的な――噂をするのを、耳にしている。


 何せ俺はイケメンだからな。


 しかし、俺の前に現れた茶髪をボブにした女子生徒は、俺をきりっとした眼で下から睨み付けながら、最初のセリフを言ったのである。


「勝負って何のだ」

「決まってるじゃない、RCFよ! コンバット・テクター!」


 彼女は右腕に装着したコンヴァータと、右手の指で挟んだ二つのカプセルを見せ付けた。

 カプセルの色は、一つは白で、もう一つが黒い。

 見れば、左手首や両足首にもデポジショナル・マーカーベルトを装着しており、今すぐにでもコンバット・テクターを着甲出来る装いだった。


 俺も、初日からRCF部に顔を出す心算でいたから、当然持って来ているが、教室で授業以外に着用する事はない。


「俺と、コンバット・テクターで戦いたいって事?」

「他に何があるの?」


 彼女は挑戦的な眼付きで、俺を睨み付けている。

 俺は困ってしまうのだが、他のクラスメイトたちは俺と彼女から幾らか距離を取って、しかし興味ありげに進退を眺めていた。


「何でさ。試合をしたいってだけなら、授業でその内やる事になるだろ。そうでなくても、部活に入ればそこで一回や二回は戦う事になる」


 初等部では、テクストロでの組み合わせに男女は関係ない。秋のテクストロでも、俺は女子選手と戦っている。


 だが、中等部以降は、基本的に男女は別のクラス扱いになる。


 男女平等思想の団体からは苦情も出ているのだが、成長期の男女を試合場に並べて戦わせたら、体力や体格、パワーの面でどうしても男性が勝ってしまう。

 勿論、これを覆す事がパワードスーツの目的でもある。中等部以上で、男子と女子が対戦する場合もある。


 しかし授業や部活では、文字通りの試し合いとして、男女が対戦する事がある。トレーニングの一環としても、そのようなマッチメイクが行なわれる事はある。


 だから、俺と戦いたいのなら、俺と同じ部活に所属すれば良いのだ。


「嫌!」


 しかし彼女は、聞き入れなかった。


「私は、今! あんたと戦いたいの! どうするの、この申し込み、受けるの受けないの!?」


 彼女は机を掌で叩いて、鼻息荒く俺に詰め寄った。

 俺より身長は低いのに、凄い気迫だ。


 俺にとって身近な女性は、母と妹で、他にはゴルバッサ先輩がいたくらいだった。


 イツヴァは利発な性質ではあるが、普段は大人しい性格だ。内気と言っても良いだろう。母さんは、魔導と呼ばれるものに詳しい学者肌の人間で、声を荒げて叱られた事はない。ゴルバッサ先輩は、その母さんに輪を掛けて物静かで、母性の塊のような人だった。


 だから俺にとって、こんな凶暴な女は初めて見るくらいであった。


 さっきから何度か言っているが、俺はイケメンだ。

 眼はぱっちりとして睫毛は長く、鼻筋は通って唇はきりりと引き締まっている。トレーニングが当たり前であるからだろう、身体付きもスマートで、背が高く、程良く筋肉質だ。

 その気になれば、アイドルだってやれるだろう。

 その上、テクストロの上位ランカーだ。

 女の子に告白された事は、一度や二度ではなかった。


 しかし俺は、今はコンバット・テクターに集中したいという理由で断って来ている。


 その告白して来た女の子たちは、常に俺に媚びを売っていた。俺に気に入られたいからだ。

 別に、媚びを売る女性が嫌いという訳ではない。後々で掌を返されるのはごめんだが、それもやむなしだ。


 女の子だけではなく、男だってそうだろうが、人が人に気に入られたい時、下手に出るのは当たり前の事だ。


 そういう事もあるから、牙を剥いて噛み付いて来るような彼女が、異質に見えたのだろう。


「分かったよ……やるよ、やる。あんたと戦えば良いんだろ」

「本当!?」


 そう言うと、彼女は眼をきらきらと輝かせて、その場でくるりとステップを踏んで回転してみせた。


「よぅし、それじゃ早速、グラウンドに行きましょうか! 使用申請は取ってあるわ!」


 びしっ、と俺を指差して言う彼女。

 吐き捨てるようにして教室から出てゆこうとした彼女の背中に、俺は声を掛けた。


「待てよ。幾ら何でも、名乗りさえしないのは非常識じゃないのか」


 彼女はむっとした顔で振り向きつつ、「それもそうね」と反省した様子で改めて俺に向き合った。


「ルカ=マーキュラス。あんたの隣のクラスよ。でもって、東北ブロックテクストロ初等高学年の部――優勝」

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