Part4 痛みを知るたび加速する
どっ――
と、会場が湧いた。
アクセルボンバーの初披露と、これを破った〈グランドファイター〉に感歎しているのだ。
「イアン!」
「お兄ちゃん!」
親父と、イツヴァが俺の名を呼んでいた。
俺は、全身を苛む激痛と、ぐわんぐわんと脳みそに加えられた振動に悶絶している
モニターで、カウントが始まっていた。
試合場外に出て二〇秒が経過すると、その時点で敗北してしまう。
俺はバーニアを吹かして無理矢理身体を引き起こし、身体を浮遊させて試合場に戻った。
「狡いなぁ」
タクマがぼそりと言った。
「狡いぜ、イアン……」
「お前だって」
〈グランドファイター〉の胸――ゲル・ガードラングには、二つの拳の痕がくっきりとめり込んでいる。
試合場に戻って来た俺に、すぐに奇襲を掛けなかったという事は、タクマの方にも疲労があるという事だ。
だったら、体力の面でも五分五分だ。
技量は、ファイトスタイルの違いを考慮しても、同じくらいと言われている。
コンバット・テクターの性能も、ベクトルこそ違えども
どちらも等しく疲弊している。
じゃあ、何が勝敗を分けるのだろうか。
俺は、〈グランドファイター〉に歩み寄ってゆく。
タクマも、〈アクセル〉に近付いて来た。
腕を伸ばせば手が届く距離までやって来て、俺は頬を緩めた。
タクマも、仮面の下では同じような表情を浮かべているだろう。
俺は奴の胸目掛けて、パンチを繰り出した。
タクマは俺の頭部を狙っていた。
ばきんっ! と、金属同士のぶつかる音が、火花と共に散らされる。
俺のパンチはひび割れたゲル・ガードラングを砕き、内側のメタル・プレートに傷を入れた。
タクマのパンチを左腕で受けたものの、拳の先がヘルメットを掠め、ひびを走らせている。
そこから先は、殴り合いだった。
俺は装甲の軽量さを駆使して素早くパンチや蹴りを放ってゆく。
タクマは分厚い装甲でノーガード戦法を取り、数打ちゃ当たると攻めて来た。
野蛮で粗暴な、子供の喧嘩のように、金属の鎧でぶつかり合った。
技量、装甲、体力――全てがトータルで等しい中、勝者を決めるのはただ一つ。
心だ。
気持ちだ。
精神力だ。
どっちがより勝ちたいと思っているのか。
どっちがより敗けたくないと考えているか。
細胞を沸騰させるような熱い思いが、勝敗を決める。
それは、やっている最中には分からない。
結果が出てからしか、どっちの気持ちが強かったという事は出来ない。
けれど、殴り合っている時には思うのだ。
俺の方が、お前よりも、ずっと勝ちたいと思っている。
その思いは、痛みを知るたび加速する。
パンチを入れられたら痛い。痛いけれど悔しい。悔しいから、やり返す。俺の方が強いんだ、勝つのは俺の方なんだ。そういう気持ちで肢体を動かす。
タクマも当然、そうである。
別に、嫌い合っている訳じゃない。寧ろ、気は合う方だ。俺もこいつも負けん気が強くて、いつも競い合っている。けれどテクターを脱げば、今日のトレーニングはここが良かった、あれは悪かったと互いに話し合う。
だからこそ、却って敗けたくないという気持ちが強くなる。
俺とお前は同じ気持ちを持っているからこそ――互いに互いに、勝ちたいと思っているからこそ、俺たちの闘志は加速するのであった。
それで――
何が決め手となったのか、俺は覚えていない。
しかし先に地面に倒れたのは、タクマの方であったらしい。
俺はそんな〈グランドファイター〉を見下ろして、ほんの数秒だけ長く、立っていた。
だから審判が、俺の名を呼んで勝利を告げたのだ。
「勝者――イアン=テクニケルス選手!」
その言葉を聞き、会場が大声で祝砲を上げると同時に、俺はその場に崩れ落ちた。
テクターのエネルギーが、本当の本当に底を尽き、レギュレータが全く活動しなくなった。
俺は手動でヘルメットを取り外し、〈グランドファイター〉の腕を引いて上体を起こさせた。
〈グランドファイター〉も同じだったのだろう、どうにか手を持ち上げて脱着スイッチを押すと、装甲内部に蓄積した熱を蒸気として放出しながら、ヘルメットを取り払った。
汗だくで、痣だらけのタクマの顔が、そこにあった。
「ぷはぁ~~~~っ」
気温よりも熱い吐息を口からこぼして、タクマは俺に笑い掛けた。
「やるじゃんか」
「お前もな」
タクマは俺の手を握り、俺もタクマの手を握り返した。
審判が俺たちに駆け寄ると、二人の身体を立ち上がらせ、二つの手を頭上に持ち上げてくれた。
ヘルメット越しではない、生の大歓声が、俺たちの皮膚を強く、津波のように叩いた。
「勝者、イアン=テクニケルス選手! よってテクストロTブロック大会初等高学年の部、優勝は――イアン=テクニケルス選手!」
審判が声を上げる。
会場全てが、俺を讃えてくれていた。紙一重の敗北を喫したタクマに対しても、称賛の声は惜しみなく降り注がれた。
「ありがとォ!」
「良い試合だったよ!」
「素晴らしかったぞ!」
「ナイスファイト!」
そういう声を、空気の大振動の中から聞き取る事が出来た。
誰もが笑顔を浮かべていた。
――良いな……。
俺は思った。
俺が戦う事で、俺は名誉を得る事が出来る。そして俺が勝つ事で、名前も知らない誰かを笑顔に出来る。
これは素晴らしい事だ。この瞬間は、堪らなく良いものだ。
俺はそう思った。
タクマもきっと、そう思ってくれているだろう。
俺たちは、互いに肩を支え合って、試合場を後にした。
階段を下りると、親父とイツヴァ、そしてタクマの姉、部活のみんなが、俺たちを待っていた。
身体に孕んだ痛みと疲労――それ以上の幸福感に、俺は包まれていた。
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