Part2 父の教え、少年の信念
俺――イアン=テクニケルスの実家は、コンバット・テクターの整備工場をやっている。
昔は、自動車の整備工場であったらしい。
しかし、今時、ガソリンを使用するものは当然だが、水を電気分解して動力を得るような車だって流行らない。
昨今のインフラ事情は、主に定められた道路を走るリニアモーターカーが主流である。一家に一台、自動車自体の普及はされているのだが、ハンドルを自分で握る人間がどれだけいるであろうか。
仮に事故を起こしたとしても、それらは整備を担当する自動車会社や自動運転に使用するAIを開発したプログラミング会社の責任にする事が出来る。だが、自分でハンドルを握り、アクセルやブレーキを駆使するのであれば、事故の責任はその本人に覆い被さる。
自動運転が主流になっても、交通事故そのものがなくなった訳ではない。年間通して数件程度であっても、確かに発生して死傷者も出ているのだ。
その責任を少しでも負わないようにする為に、人々は自動運転を選択し、プログラマーは交通事故を確実に回避出来るプログラムを作り出そうと努めている。
自宅であり、父の職場のガレージに、何百年も前の自動車が並んでいるのを見た事があった。それらは、遥かなる過去の歴史を知る以上の価値がないものであると世間では言われていた。
父は、
「面白くないな」
と、ガレージで良くこぼしていた。
「お前たちだって、ショーケースに入れられる為に生まれた訳じゃないだろう」
だが、時代に波に抗う事は、一介の自動車整備士には難しかったのだろう。
俺が生まれた頃には既に、父はコンバット・テクターの整備を仕事としていた。
親父は、いつも機械油の匂いを身体から発していた。毎日のように持ち込まれる、学生たちのコンバット・テクターを修理し、日銭を稼いでいた。
コンバット・テクターの改修をする方法は、大きく二種類に分けられる。
実際に眼の前にあるテクターに手を加える方法と、テクターを昇華させた粒子を内蔵したカプセルをコンピュータに掛け、プログラムを打ち込む方法だ。
楽なのは後者である。回収だけではなく、大量生産にもこの方法が向いており、テクターの形に造られる前の金属粒子に、コンピュータで描き出した設計図を送り、コンヴァータを使って凝結させる事で設計図通りのテクターを作り出す事が出来る。
だが親父は、粒子状態のテクターにパソコンでデータを送るような事はせず、自らの手に工具を握り、作業台に横たえたテクターに手を加えていた。
俺は、幼い頃から親父の手伝いをしていた事もあって、色々とコンバット・テクターの整備について勉強したりもした。それで、親父のやり方が昨今は殆ど行なわれていない事を知ったのだ。
「どうして父さんは、パソコンを使わないの?」
俺はいつか、そんな事を訊いた。
親父は、
「機械は苦手でな」
と、コンバット・テクターの整備士を生業とする人間とは思えないような事を言った。
勿論、冗談ではあったのだろう。しかし実際、親父はテクターの設計を依頼された時には、紙にペンで図面を引いているようであったし、パソコンを始めとするデジタル機器を使っているのを見た事はなかった。ただ、親父は物差しを使わずに直線や正円を描いてしまう。
俺が、四期生に上がる前の頃であっただろうか。その頃になると俺は、低学年のコンバット・テクターの授業では一、二を争う成績を収めており、四期生からは学校の部活動に所属し、本格的なRCFの勉強をしようと考えていた。
そんな俺に、親父はこう語った事がある。
「イアン、時代や周りの人たちに流されてはいけないぜ。当然、時節や他の人との交流を大切にし、融和を尊ぶ事は必要だ。けれど、いつの日か、周囲の人たちと意見がぶつかる事があるだろう。社会に納得出来ない時が来るだろう。そんな時、自分の中に一つ、決して曲げる事をしないと誓う信念を持って置く事だ。正しいと信じるものを、胸の中に一つだけで良い、決めて置くんだ。意固地になれと言っている訳じゃない、他の人たちが言う事の方が正しい、そう思うのならばそれと打ち解ける事だ。でも、自分が目の当たりにした状況が本当に正しいのか、それとも間違っているのか、それらを見分ける力を養うんだ。それはお前が知識を蓄えてゆく中で、経験を積んでゆく中で、変わってゆくものだろう。それで良い、それで良いからイアン、自分というものを強く持て。社会の中の自分、友達や愛する人と関わる自分、孤独の荒野に投げ出された自分――その時、自分が何を求めているのか、何を為す事が出来るのか、その判断基準となる何かを、きちんと自分の中に宿して置け」
その時の親父は、確か、酒を程良く飲んで酔っ払っていた。一晩明けてその事をもう一度質問したら、親父は「そんな事を言ったっけ」と、頭をぽりぽりと掻いていた。
その言葉を、俺は深く理解してはいなかった。だから、今でも考え続けている。
自分の中で、決して曲げる事をしないと誓う信念。
正しい事と、間違っている事とを見分ける力。
自分が何を求め、何を為すべきかを判断する基準。
それが何であるかを、考え続けている。
その答えが出る日が来るのだろうかと、日々、勉強や友人関係の中で変わり続ける自分の頭の中で、考え続けているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます