Purple Pain―転生魔装ククルカン・イアン外伝―

石動天明

第一章 アクセル

Part1 テクストロTブロック大会初等高学年の部決勝戦

 俺は息を深く吸い込んで、そして吐き出した。


 掌に、昔使われていた“カンジ”という記号で、“人間ひと”を意味するものを指で書き、口にあてがう。


 母さんが教えてくれた“おまじない”だった。


 お祖母ちゃん……父さんの母親は、母さんがそういうものに詳しいのを良くは思わなかったらしいし、そういう認識がある事は初等部六期生の俺にだって分かる。


 地球国家であるガイア連盟は、度重なる大災害や戦争を経て世界を平定した。以降、人間同士が決して争う事のないように思想の統一によって世界の平和を齎したのだ。この際に、様々な宗教や神話と呼ばれたものは魔導の名を冠せられて排除され、それを行なう人間は魔導士という罪人とされた。


 魔導とは思想によって人間を邪悪の道に引き込み、怪しげな儀式によって人心を惑わせるものだ。


 母が教えてくれた“おまじない”にどんな効果があるのか、科学的には証明されていない。科学で証明されないものは魔導であり、それを行使する者は魔導士だ。


 それはそれとして母さんは俺に“おまじない”を教えてくれたし、俺はその“おまじない”によって緊張感から解放される事が出来た。


『東、イアン=テクニケルス選手!』


 放送で、俺の名前が呼ばれた。

 ひさしのある通路で控えていた俺は、リングに続く花道に踏み出してゆく。

 一歩踏み出しただけで、大きな空気の振動が俺の全身を叩いた。


 人の、声だ。

 この日、体育館に集まった人たちの歓声が、俺を迎えたのだった。


 俺はさっき呑み込んだ筈の“カンジ”が、もう一度口の中に戻って来るような気がした。

 それを舌で咽喉に押し込んで、花道を歩いた。


 眼の前に、床から一メートルばかり高くなったコンクリートの試合場がある。


 その手前に立っていたツナギ姿の男性が……つまり俺の父さんが、俺がリングに上る為の移動式階段を出してくれた。


 リングに上がると、それだけの高さの筈なのに、世界中のあらゆる人たちの頭上に立ったような気分になる。


 冷たい床が眼の前に拡がっており、四隅には円柱が突き刺さっていた。


「お兄ちゃん!」


 イツヴァが、リングに上がった俺を呼んだ。


「頑張って!」


 リングの中央に審判が立っており、こちらを見ている。愛する妹に返事もしないのは胸が痛むが、リングに上がったからには子供だからと言って大目に見て貰える事はない。


 俺が審判の近くへ歩み寄ってゆくと、放送で別の名前が流れた。


『西、タクマ=ゴルバッサ選手!』


 もう一度、俺がやって来た時と同じような歓声を浴びながら、学生服を身に着けた一人の少年がやって来た。


 体格は大体、俺と同じだろうか。両手と両脚、そして腰に装着したデポジショナル・マーカーベルトの具合をしきりに気にしているようだった。その左手には、両端にそれぞれ噴射口と二つの挿入口のある筒状のコンヴァータがセットされている。


 俺とタクマは、審判の前で向かい合った。


「お前がここまで上がって来るとは意外だったよ」


 タクマはそんな事を言った。

 俺は薄く笑いながら、


「良く言うぜ。俺はお前が一回戦で敗けやしないか、それだけが気掛かりだったんだ」

「デカい口を叩きやがる」


 タクマはそう言って、俺に向かって右手を差し出した。

 俺はその手を握り返した。


「同じクラスだからって手は抜かないからな」

「俺だって」


 その様子は、天井から吊り下げられている大型モニターにも映し出されている筈だ。


 観客たちが、俺たちのパフォーマンスに声を上げている。


 審判が俺たちを別れさせた。

 俺とタクマとの間に、一〇メートルくらいの距離が生じる。


 俺は腰のベルトにセットしたコンヴァータに触れた。


「これより、テクストロTブロック大会初等高学年の部、決勝戦を開始します! 両者、ちゃっこう!」


 審判が声を張り上げる。

 俺とタクマはそれぞれのコンヴァータに、サイドバックルから取り出した二つのカプセルを挿入した。


 俺は、二つとも黒いカプセル。

 タクマは、一つが黄色で、もう一つが白。


 コンヴァータを起動してカプセルを挿入すると、音声認識が発動した。


「着甲!」


 それぞれのコンヴァータが登録された声紋を認識すると、カプセル内部の金属粒子が反対側の噴射口から射出され、デポジショナル・マーカーベルトの信号をキャッチして全身に覆い被さる。


 形状記憶超合金は固体から昇華されても、コンヴァータを通して凝結させれば元の姿を取り戻す。俺の身体の上に、身体能力を高める機構を持ったオーヴァー・マッスルと、その際に発揮されるパワーによる身体へのダメージを軽減するスキン・アーマー、そして規定成型超合金で構成されたメタル・プレートが装着された。


 コンバット・テクターだ。


 コンバット・テクターとは、何百年も前の戦争に使用された軍用身体能力強化装甲服であり、屈強な兵士が装着する事で一騎当千の戦力を手にする事の可能な兵器だ。


 戦争が終わった後には、武道のようにスポーツの一環として親しまれるようになり、学校教育の中に組み込まれている他、ロボティクス・コンバット・ファイターという競技としてエンターテイメント化されている。


 テクストロとは、そのRCFの大会の事である。


 俺とタクマは、同じ学校で、同じRCFクラブに所属しており、共にこの日のテクストロに出場していた。


 そしてトーナメント方式の大会を勝ち上がり、決勝戦で試合を行なう事となったのだ。


 特殊な装甲――鎧を纏った俺たちを、審判が改めて紹介した。


「東、イアン=テクニケルス選手、〈アクセル〉!

 西、タクマ=ゴルバッサ選手、〈グランドファイター〉!」


 俺の身体を包んだのは、漆黒のコンバット・テクター。装甲自体は薄く、軽いのだが、身体の各部にバーニアノズルが取り付けられており、高機動戦闘を得意とする。これと言った武器は、一般に流通しているインパクトマグナム以外には持っておらず、高速で接近して肉弾戦を挑むのが戦法だ。


 一方、タクマの〈グランドファイター〉。黄色いボディに白いアクセントの入った、重武装のテクターだ。右手には銃身の長いレーザーライフル、左手には盾と剣をかねたスライダーシールドを保持している。スピードで言えば、俺の〈アクセル〉には劣るのだが、パワーでは圧倒的な差がある。


 ヒット&アウェイがメイン戦法の俺と、相手の出方を窺って超パワーで攻め立てるタクマ――そういう事を考えると、戦力は五分五分と言った所だろうか。


 真逆のファイトスタイルを得意とする両選手が決勝でぶつかるのだ、どっちが勝つか分からない、非常に盛り上がる試合だろう。


「レディ!?」


 審判が声を上げた。

 すると、天井の大型モニターに、俺の姿が映し出された。


 観客が、


「3!」


 と、カウントを始める。

 映像がタクマに切り替わり、


「2!」


 そして俺たちが対峙している映像に変わると、


「1!」


 俺は左手を前に出して、両踵を浮かせていた。

 タクマはレーザーライフルの照準を、俺に対して付けている。


 審判が、叫んだ。


「テクストロ!」


 それと同時に、俺は地面を蹴って飛び出していた――

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