第6話 信念

 俺とカナタの剣戟の嵐は止まることは無い。互いの信念を賭けて。男として、一人の人間として、この戦いだけは譲れなかった。

 そんな永劫続くかと思えたその戦いは、唐突に均衡が崩れ去った。


「はあっ!」

「くっ!」


 俺の剣は尽く弾かれていく。実力は確かに拮抗している。しかし、俺はルインを連れてそこら中を走り回ったせいで、もう体力が残っていなかった。


「甘い!」


 そんな俺の隙をつき、カナタは俺に蹴りをめり込ませ、背中から地面に打ち付けた。そして、俺の文字通り目と鼻の先に切っ先が向けられる。


「…………詰みだよ、ハガト」

「くっそ……!」


 全く体に力が入らない。視界さえも朧気に霞んでくる。


 そんな瞳でも、カナタの歪んだ悲哀の表情だけは見て取れた。


「残念だよ、ハガト。ルインを失ってしまっても、君となら、乗り越えられると思ったのに…………」


 もはや、万事休すだった。俺の信念は、こいつに敗北したのだ。これで、俺は死───。




「待って!!!」




 その掠れるような制止の声を出し、俺の前に現れたのは、紛れもないルインだった。


「もうやめて!私、ちゃんと罰を受けるから!ハガトの命だけは…………!」


 なんだよ、罰って。お前は、何一つ悪いことをしてないだろ?


「ダメだよ。もう、ハガトの死刑も免れない」

「お願い、ハガトだけは……!」


 何言ってんだ。俺だけ生きてたって、意味が無い。


「じゃあ、せめてもの慈悲で、ここで二人とも楽にしてあげるよ」

「…………!」


 カナタが剣を振り上げると、ルインは俺を庇うように覆いかぶさった。


 何してんだよ、ルイン。ああ、そうか。俺が弱かったからか。だから、こんなことに。

 なら、強くならなきゃダメだ。ルイン、お前だけは、絶対に死なせねぇ。






 ─────俺の、正義に誓って!






「さようなら、二人とも」


 カナタは表情とは裏腹に、無情な刃を振り下ろした。しかし、その剣が俺達を突き刺すことは無かった。


 俺がルインに当たる直前で、その刃を素手で止めたのだ。


「なっ、素手で……!いや、そのあざは……!」


 そして、俺の手の甲には、赤々しく輝くアザが浮かんでいた。


 俺はルインから離れその刃を跳ね除けると、勢いよく立ち上がった。そして、そのまま自身の剣をカナタの胸に突き立て、その身を重々しく貫いた。


 嫌なぬめりのある血液が溢れ出し、剣を伝い俺の手を染めていく。血しぶきは体中に飛び、赤い斑点が斑に咲きほこった。


「そうか、君は、女神の戦士、だったんだね…………」

「カナタ…………」

「涙は、流さないでよ…………。君の正義が、僕の、正義に打ち勝った。それだけ、なんだ…………。だから、君は、君の信じた道を進めばいい」

「カナタ、俺は………!」

「僕は、自分の正義が間違っているとは、今でも思ってない…………。けど、運命は、呪うことにするよ。だって、こんなことに、ならなければ…………僕達は、いつ…………まで…………も………………」


 カナタは安らかな表情のまま、そうして命を散らしていった。

 俺は剣を抜き去り、その場に丁寧にカナタを寝かせた。


 何が正しいのかは、わからない。けど、俺は自分の正義を貫くよ。カナタの為にも。


「さて、行こうぜ。追手が来ちまう」


 俺が穏やかな笑顔でそう告げると、ルインは必死に涙を堪えながら、力強く首肯した。

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