第2話 休息

 店内はモダンな雰囲気を醸し出し、珈琲のほんのりとした香りが漂う。シーリングファンライトがクルクル頭上を回る中、俺達はコーヒーに舌鼓を打っていた。


「おいしいわね、これ!」

「だろ?やっぱ豆の挽き方がいいんだろーなー」

「バカのクセにそれっぽいこと言わないの」

「んだとっ!」


 俺達がそんなやり取りをしている中で、一人妙に長いため息をつくものがいた。


「僕は何をやっているんだろう……。こういう場合、王女殿下を城に即刻連れ戻さなければならない立場なのに……」

「まーだそんなこと言ってんのか。もうそんなこと言っても無駄だよ。第一、お前は規則に縛られすぎなんだよ。ハゲるぞ?」

「そうだよ。少しくらいいいじゃない?普段頑張ってるんだし」

「…………まあ、そうなんですが」

「はあ?このお転婆娘が頑張ってるって何をだ?脱走技術の向上か?」

「失礼ね!」

「知らないのかい、ハガト。彼女は王女としての責務をこなしながら、慈善活動にも大きく力を入れているんだよ。孤児院への訪問や、辺境の村への物資の供給などね」

「うえ、マジか!ルインって実は良い奴だったんだな」

「元々そういう奴よ、私は!」


 そう言ってルインはむくれながらコーヒーを口に運んだ。


 ルインは王族に引き取られた養子。カナタは騎士の名家の息子。俺は両親を物心着く前から無くして旅をする孤児。


 お互い全く接点のなかった俺達は、ある時この都市の南門で出会いを果たした。幼かった俺達は喧嘩もしょっちゅうしていたが、その内互いに認め合う友となっていた。


 そんな奇妙な縁で出会った俺達は、今もこうして細々と交流をしている。


 今となっても、ルインは両親を早くに無くし既に王女の座に。カナタは第一騎士団団長に。俺はそれなりに名を轟かせる傭兵となり、重なる共通点など何もない。


 それでも、こいつらといるこの時間は、俺にとってとても大切なものだ。


「それにしても、三人揃うなんて久しぶりだね。半年ぶりくらい?」

「そうですね」

「カナタ敬語禁止。王女命令です」

「え?あ、うん。わかった」


 そう言われ、カナタはどんどん縮こまっている。昔から反抗しようとしてもルインに強く言われると逆らえないのが、カナタの特徴だ。


「私やカナタはある程度会えるけど、ハガトはほとんどこの街に来ないもんね」

「旅しながら傭兵やってるからな。」

「傭兵ねぇ……。それって、ガラが悪くて非合法の依頼を受けてる印象があるんだけど……」

「いや、ハガトの場合、例えそれが非合法でも誰かを救う依頼しか受けていないだろうね」

「は?何言ってんだ。俺は悪事もアホみたいに働くぞ!」

「無理しなくていいよ。君の噂は、この街にも伝わっている。なんでも、極小の報酬で弱き人を救ってる凄腕傭兵がいるってね」

「すごいじゃん、ハガト!」

「ば、バカ!ちげーよそんなの!」


 急激に羞恥の念が登ってきて顔を赤くしてしまった。俺はそれを首を振って打ち消しながら、逃げるように別の話題を振った。


「そういうお前だって、悪党を倒しまくってるって聞いたぞ」

「それは当然だよ。騎士なんだから」

「その騎士の中でも逸脱してるんだよ、お前は」

「まあ、僕は悪を挫く為に、この剣を振るうからね。昔から、それは変わっていないよ」

「ふふ。本当、何も変わってないね。二人は正反対のようで、実の所同じなんだよ」

「はぁ?どういう事だ?」

「ハガトは正義の味方で、カナタは悪の敵なんだよ」

「え、あ、え?」

「…………なるほど。確かに、そうかもね」

「いや、わからねぇんだけど……」

「まったく、これだからハガトは」


 言いながら少し嬉しそうにルインは微笑んだ。


「そうだ、ルインも真面目に働いてるんだっけ?昔は城を抜け出してばっかのお前からは信じられねーけど」

「…………確かに、王族の後継者として引き取られた私は、その役職から逃げ続けていた。けど、両親を無くして、いざ王座についてしまうと、妙な責任感に襲われたの。この国を導かなくちゃってね。そしたら、視野も広がって、今の世界に苦しんでる人達も見えてきた。だから、私にできる限りのことをしようと、思っただけ」

「立派になったな、まったく」

「うん。すごい成長だよね」

「ちょっと、そんな子供を見る目で見ないでよ!」


 そんなバカ話しの応酬はしばらく続き、俺達はささやかな至福の時を過ごした。

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