第5話

敵軍と目があった瞬間、ゲンタが緊張するのが分かった。

洞窟の中にいた兄弟達も気づいたらしく、中で騒いでいる。


「敵だ!」


「見つかっちゃった!」


「殺されちゃうの?ねぇ、殺されちゃうの?」


そんな言葉が洞窟の中からこだましてくる。

いっぽうの敵軍は何やら相談しているようだが、銃を構え撃つ気まんまんだ。


まさに絶体絶命の状態。

このままいくと間違いなく全員殺されるだろう。


普段なら任務も終わって撤収しているところだが、今回敵軍に見つかったのは、俺達が洞窟の入り口で揉めていたせいだ。



つまり、俺にも多少の責任がある。



「どうするよイボ兄さん?」


硬直したゲンタに声をかける。

ゲンタは答えない。

恐怖に顔をひきつらせ、固まったままだ。



俺は語尾を強めてもう一度聞いた。



「答えろゲンタ。お前はどっちだ。生きたいか、それとも死にたいか……!」


はっとしたゲンタは一度俯き顔をあげると、俺の目をしっかり見て答えた。




「……生きたい。兄弟達と、生きたい……!」



ならば、やることは決まった。

俺はゲンタを洞窟へ突き放すと叫んだ。


「兄弟を連れてここから逃げろ!兄弟達を助けたいと思うなら、生きたいと思うなら!!」


敵軍に見つかったのは俺の責任。

ならば、責任を果たす義務がある。



俺は背中に背負っていた竪琴を構えた。

全く、こんなシチュエーションで戦うことになろうとは。

敵軍も俺達の動きに気づいてこちらに銃を構え、躊躇いもなく発泡してきた。



キン――!


弾丸が構えた竪琴に弾かれる。


「あんたら、本当に容赦ないねぇ」


弾丸を全部竪琴で弾きながら、敵軍の容赦の無さに思わず苦笑する。

人一人を殺すためにこれだけの弾を撃ってくる連中だ、情けは無用だろう。


ある程度銃撃を防ぐと、攻撃に転じる。

俺は竪琴を片手に持つと、勢いよく弦を弾いた。

綺麗な音色とは似つかない、空気をも切り刻む風の刄が敵軍を襲う。




「――!!」


見えない刄に体を裂かれ、パニックになる敵軍。

どうやら敵は、俺達を若者だけだと見くびっていたようだ。

敵軍が銃を乱射するが、こちらも竪琴で銃弾を弾きつつ、弦を弾く手を緩めない。



「俺も多少腕がたつつもりなんでね。そんな簡単に殺られやしないさ」


「おーい!こっちは準備できたぞー!」


洞窟の入り口で、こちらに向かって叫ぶゲンタ。

彼の周りには、怯えた顔の兄弟達がいる。


「バカ!俺に構わず早く逃げろ」


せっかく時間稼ぎをしているのに、流れ弾に当たって死なれては元も子もない。

戦う手は止めず、俺はゲンタに叫ぶ。




「お前は両手がないと何も守れないと言ったが、手がなくたって守れるものはたくさんある!死にたくないなら、生きろ!あとはあんたら次第だ」



言葉は難しい。

伝えたいことがあるのに何と言うべきか分からなくて、結局口から出るのは拙くて曖昧な言葉。


それでもゲンタには伝わったのか、彼は力強く頷くと、兄弟を連れて向こうの草原へ姿を消した。



「よし、やっと逃げたか……」



ゲンタ達兄弟が無事に逃げたことを確認した俺は、一人頷くと竪琴を構え直した。

任務完了、責任も果たした。

つまり、俺がこの時代にいる理由はもうない。



「終わりにさせてもらうよ」


竪琴の弦を弾き、奏でる音色を変える。

風向きが、風の刄が流れと形状を変えて敵を襲う。

次の瞬間――その場にいた全員が地面に倒れた。



「やれやれ……みねうちとはいえやっぱ後味悪いな、こういうのは」


あっさり殺さず敢えてみねうちにしたのは、使者の立場上、人殺しができないからだ。

それに、人の命を簡単に奪うほど堕ちたつもりはない。

気絶した敵を一瞥したあと、ゲンタ達が逃げた先を見る。



「さて、あいつらはこれからどうなるんだろうねぇ」



俺が手を貸せるのはここまで。

ここから先、生きるか死ぬかはゲンタ達次第だ。




「……帰りますか」


俺は彼らの消えた草原に背を向けると、家路を急ぐことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る