第4話
依頼人の息子達を見つけるのには、そこそこ時間がかかった。
なんといってもこの戦時中だ、大抵の市民は何処かに身を潜めて、静かに空襲が収まるのを待っている。
俺が子供達を見つけた時、彼らは小さな洞窟の中で、寄り添うように縮こまっていた。
人数は6人、年齢にばらつきはありそうだが、だいたい4~10歳くらいだろうか。
当初、それぞれが不安と敵対心をいっぱいにこちらを睨み付けていたが、事情を簡潔に説明し、預かっていた包みを見せると「母さんのだ!」と喜んでそれを受け取った。
包みを囲んできゃいきゃいとはしゃぐ子供達を端に、彼らの年長者――ゲンタが訝しげに聞いてきた。
「……何であんたが母さんの包みを持ってるんだよ。母さんは死んだんだぞ?死んだ奴から頼まれ事なんて……」
「別に信じなくてもいいさ。突飛すぎる話だしな」
「……でもあれは母さんの包みだ。届けてくれたのは間違いない。信じるよ……一応」
「そうかい」
頷いた俺は気になることを聞いた。
「お前さんらはこれからどうするんだ?今は大丈夫かもしれんが、いずれはここも扮装地帯になるぞ」
「向こうで空襲やってるんでしょ。音の大きさで分かるさ、だいたいな」
遠くに目をやったゲンタは、諦めたように呟く。
「逃げようと思ったけど、もう無理だ。こんなたくさんの兄弟を一度に移動させるのは大変だし、あいつらにも俺にも限界が来てる。ここで大人しく死ぬさ」
「……たとえ、あんたらの母さんが生きてほしい、と願っていてもか?」
「どういうことだよ、それ……?」
幽霊でも見るような顔つきで訊ねてくるゲンタ。
俺は母親が言ってた言葉をそのまま伝える。
「俺にあの包みを渡した時、あんたらの母さんは言ったんだ。『あの子達には生きてほしい、たとえ国が勝とうが負けようが、生きてほしい』と。……泣きながらな」
「泣きながら……母さんが……」
俯くゲンタ。
その体が震えている。
「生きてほしい、そう言われても……。でも俺、もう……」
「イボ兄ー!」
ゲンタの言葉をかき消すほどの大声をあげながら、兄弟の一人がこちらへ駆けてくる。
「イボ兄?」
「俺のあだ名だよ。頬っぺたにあるほくろがイボみたいだから、イボ兄だとよ」
苦々しく笑うゲンタ。
確かに頬のほくろは非常に大きく、まさにイボのようだ。
妙に言い得たあだ名をつけたもんだと込み上げる笑いを抑える俺の隣で、ゲンタが駆けてきた兄弟に声をかけた。
「どうしたソウタ?」
「母さんの包みの中、おにぎりが入ってたんだ。イボ兄両手なくて食べられないから、僕が食べさせてあげる!」
「両手がない?それはどういう……」
反射的にゲンタの腕を見た俺は、言葉の意味を知った。
「ない」
文字通りゲンタの腕から先がなかったのだ。
最近なくしたのか、肘より少し上でちぎれた腕の先は赤黒くただれ、無数の虫がたかっていた。
ゲンタははっと腕を背中に隠す。
「爆弾でやられたのか」
俺の問いにバツが悪そうに頷くゲンタ。
「爆風で。想像以上に威力が凄くて、気づいた時にはこうなってた」
ゲンタは思い詰めたように、両手のない腕を見つめる。
「手が吹っ飛んじまって、もう兄弟達を守ることはできない。今の俺は兄弟達の手を引いてやるどころか、自分で走ることだってままならないんだ。こんな状況で守ってやれないよ、あいつらを」
諦めたように首を振ると、いとおしそうに傍にいるソウタにおでこをくっつける。
「俺はもう生きていけない。でも、兄弟には生きててほしい。好きだから、大切な兄弟だから。せめてこいつらだけでも……なぁ、あんたこいつらを連れて逃げてくれないか?俺達を助けてくれよ……」
後半涙を流すゲンタに、ソウタが「にーちゃん何で泣いてるの?泣かないで、泣かないで……」と慰める。
俺は黙って持っていたハンカチを取り出した。
「腕、痛むのはどっちだ」
「え……右」
たかる虫を払い、なくした右腕の傷を隠すようにハンカチをぐるぐる巻きつける。
作業をしながら、先ほどの問いに答える。
「残念ながらそれは無理な話だ。俺は誰かを助けたりできない、そんな立場なんだ。だから、お前達はお前達でどうにかしなければならない」
「何でだよ!?あんたは味方なんだろ!母さんに頼まれたんだろ!だったら……!!」
「味方、とは一言も言ってない」
ゲンタの言葉を遮る。
「許されるのは物を届けることだけだ。それ以上の深い干渉はできない」
仕上げにキュッとハンカチを縛る。
まぁ気休めだが、何も手当てしないよりはマシだろう。
「生きるか死ぬかはあんたらの努力次第。さて、俺は役目を果たしたしもう行くよ」
洞窟の出口に向かって歩き出す俺を、ゲンタが両腕のない体で食い止めようとする。
「待てよ!俺の傷見て分かるだろ!?俺の手は何も握れない、守ってやれない!このままじゃみんな死んじまう。せめて兄弟だけでも……!」
「無理だと言ってるだろう。俺は……」
洞窟の入り口で揉めていると、何処からか足音が聞こえてきた。
「!!」
気づいた俺達は、動きを止めると黙って音のする方角に耳を澄ませる。
ほどなくして現れたのは、数十名の敵軍だった。
手にはそれぞれ銃を構えている。
「あーあ、とうとうお出ましか……」
俺は痛む頭を押さえた。
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