第2話

俺の名をアヤメという。


まぁこれは仮の名前に過ぎないが、かといって名乗る名前もないので、そう呼んでもらってるといったところか。

大学生として現代で暮らしているいっぽう、生者と死者を繋ぐ『使者』という役割を担っている。

大学生よりも使者が俺の本業だ。



使者について、もう少し詳しく話すと『死者から最期の伝言や物を預かって、生者に渡す』というもの。

端的に言えば、配達人という言葉がピッタリだろう。

物のやり取りをするのが、生者どうしかそうじゃないかの違いだけだ。


急ぎの用とは使者の仕事で、俺は今死者――依頼人から用件を聞いていた。



「で、これを息子さんに渡せばいいんだな?」


俺は、依頼人から受け取った小さな包みを眺める。

それは軽く、何か固いものが入っているようだった。


「はい、それを戦場に取り残されている息子達にどうか……。最後の食料なんです。でも渡す前に死んでしまって」


女性が悲しそうに俯く。


ここは世間一般に言う『三途の川』。

時間の概念が存在しないこの場には、未練をもった者がいろんな時代から集まってくる。


今回の依頼者は俺が活動の拠点にしている時代から、数十年前の戦時中の者だった。

彼女は戦時中に息子達を連れ逃げ惑っていたところを射殺されてしまったらしい。



「そうか、戦場か……」


近代だろうが侍の時代だろうが、戦場はあまり好きじゃない。

罪のない者が国などという人間の作った概念のために命を捧げ、泣き叫びながら散って行く。


勝っても負けても、残るのは悲しみと憎しみ。

そしてそれらの感情が再び『復讐』という形で新たな悲しみを生み出す。



俺にはどう考えても、戦は悲しい負の連鎖にしか思えなかった。


「どうかお願いします。私はダメだったけど、あの子達には生き延びてほしいから。……生きてほしいんです、国が勝とうが負けようが、私はあの子達に生きててほしい。楽しく、平和に……生きて……」


一つ一つ苦しそうに、感情を吐き出すように呟く女性。


目から涙が静かにこぼれる。



「分かった、ちゃんと届ける。だから安心していい」


子を想い泣く母の様子がいたたまれなくなって、俺は震える彼女の肩に手を置く。



いつも思う、どうして俺なのかと。

会って伝えるべきは、伝えたい本人じゃないのかと。



「……ありがとうございます。どうか、あの子達によろしくと、そして生きてほしいと……そう、伝えてください」


悲しみをこらえた笑顔で精一杯微笑むと、女性は溶けるようにして消えていった。



恐らく冥界へ旅立っていったのだろう。

後に残された小さな包みを握り締めると、俺は彼女の息子達がいるという戦場へ向かうことにした。

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