ガーゴイル 全身打撲?
ハルアジスが骨を動かしていたこともある。
第一層はほぼ動物と変わらないとはいえ、さらなる深層ではトリシアが連れていたウィルオ・ウィスプや動く鎧、ゴーレムも出てくるらしい。生物らしくない物体が動くというのもあり得ない話ではないだろう。
「錬金術師が作った防衛機構って線もありますよね」
カドはそう思って目を凝らす。
だが生憎とこの肉体は魔法で作り出した簡易的な代物だ。本体の感覚でやってしまったが、流石にそこまでの機能はない。
正体を探り切れなくて唸っていると、エワズの声が心に響いた。
『ガーゴイルである可能性は否定できぬな』
本体が総指揮を取っているのでエワズの助言は現在も有効だ。
カドはほうと興味を惹かれてその物体を見つめる。
けれども彫像は彫像。均一な石の断面は見えても、化石を始めとした生命の痕跡を感じさせるものは全く感じられない。
「こういう状態でも動くものをガーゴイルって言うんですか? 何だか付喪神みたいですね」
『ツクモガミとやらは知らぬ。そうさな、ガーゴイルとは一言には言い表せぬ生物だ。あれはあくまで総称。汝が最初に想像した通り、錬金術師が作る拠点防衛用のゴーレムを指すことが多い。けれども、それはあくまで後追い。発想の元となった原点がある。それは家に住み着く獣だ』
「ほほう、そういうやつですか」
家に住み着くと聞いて、カドはすぐにピンときた。
人と共生関係にある生物というのは多くいる。そんなイメージはエワズにも伝わっているのか、否定をされることはなかった。
「そういう知識は残っていますよ。家の害虫を食べてくれる家守(ヤモリ)やら、井戸に住み着いた井守(イモリ)やら。あとは家の床下に住む蛇なんかも家の守り神とされていました」
『ふむ。認識は近かろう。そうして人間の住居に寄り付く害獣を食らって生きる小さな幻想種がいるのだ。人もそれを理解していて、わざとそれが住み着きやすい環境を整える。何の機能も付与されていない石の彫像は、言わば巣箱に近い。人の家で獲物を狩り、彫像内に住み着き、よくよく気に入っていれば彫像を外殻として用いて、家に害為す者を撃退する。そうする生物をガーゴイルと総称するのだ』
「んー、何でしょうね。野生の蜂の捕獲やヤドカリっぽくも思えます」
人の狩りを手伝う代わりに食料と家を得た犬もある意味近いだろうか。
幻想種は基本的に動物よりも長生きで知能も高いそうだ。そういう生態を持っていたとしても不思議はない。
「ということは中に幻想種が入っているってことですよね?」
これだけ彫刻が壊れているのに栗のように中身が見えないということはそうなのだろう。
お誂え向きにヒビも入っている。カドは力を込め、彫刻を割ろうとした。
すると――
「シャアッ!」
「うおっと!?」
内部の空洞が大きかったのか、彫刻は思いのほかあっさりと割れた。むしろ込め過ぎた力のせいでバランスを崩したほどである。
問題は中から飛び出してきた小動物が、読んで字の如く牙を剥いてきたことだ。
その動きはさながら飛び掛かる蛇。カドは喉仏に深く食らいつかれ、背中から倒れた。
「たはは、やられましたー。本体でないとこういう速度には対応できないですね」
牙は深々と首に突き刺さっているものの、カドは平然と答える。
なにせ仮初の体だ。触覚と同じく痛覚もあるが、遮断するのは容易。
傷を負えばそれだけ魔力の消費も早くなり、この体の稼働時間も減るのだが、致命傷でない以上は大した問題にもならない。走る方がよほど力を使うだろう。
カドは少しも焦ることなく、胸に乗ったその動物に視線を落とす。
彫像の中に潜み、ガーゴイルと総称されるその幻想種の正体はイタチだった。
『ガーゴイルの正体としては代表的部類であるな』
「そうなんですか?」
『そも、家の正面に置かれた彫像であればイタチである可能性が高い。軒下や屋根、どこにどのような彫像を配するかによってどのような幻想種が住み着く傾向があるかを研究した学者もいたと聞く。人慣れするから従者にしやすいのだそうだ。家持ちの低級魔術師はそのような手段で戦力増強を図る例もあるらしい』
「わあ。夢があるような、ないような……」
家に鬼瓦やシャチホコをつけていた際には、一体どんなものが住み着くのだろうか。それはそれで微妙に興味が出てくる。
と、逸れたことを考えていたところ、首に全力で食らいついていたガーゴイルから力が抜けてきた。
気になって再注目してみると立っているのもつらそうな様子で、下半身の力はすでに抜けてだらんとしていた。
ふーっ、ふーっと息は荒く、尻尾の毛はぼわっと膨らみきって警戒をしているものの、限界なのだろう。これがイタチの最後っ屁というやつだろうか。
「ああ、この村を襲われた時にもう凄く消耗していたんですね」
地面に大の字で倒れたまま、首だけ持ち上げて観察した。
見る限り外傷はないようだが、体内がどうなっているかはわからない。後躯に力が入っていない通り、脊髄を損傷している恐れもあるだろう。
試しに手を近づけてみると、首から牙を放して手に威嚇を示した。
その一瞬だけ後躯にも力が入りかけたが、すぐによたよたと力が抜けたのが見て取れる。
「うーん。強い衝撃でぶっ飛ばされて、全身打撲ってところですかね。交通事故に遭ったイタチだと肝臓が破裂していたりしたものですけど……時間の経過具合からするに、そこまでの傷害はなさそうですね」
もし、大きな血管が切れていたり、臓器が破裂していたりと急性の症状があればもう息はなかっただろう。
ではまだ恐れがあることといえば亜急性の問題だ。例えば脳内での出血による血腫やむち打ちなどがある。
『負傷してから二日も無事であれば、食料さえあれば生き延びよう。手を出す必要はないのではないか?』
「いえいえ、そんなことないですよ。治癒術で骨折やヒビは治してやれますし、神経や全身の炎症もステロイド――まあ、炎症を抑えるものをあげれば多少はマシになるかと思います」
欲を言えば、損傷から八時間以内に出会えているのが望ましかった。
神経の損傷があった場合、出来る限り早期に高用量のステロイドを投与してやることで予後が良くなるといった話もあるのだ。
例えるなら、火傷や捻挫だ。それらの傷害を負った際はすぐによく冷やせば治りが早いという話がある。
アレルギーと同じく、過度の炎症は体を壊し過ぎてしまう。だから適度に抑えた方が痛みも和らぐし、損傷も少なく済む。簡単に言うと、そういう話だ。
こんな論理がエワズにも伝わって入るようだが、頭をショートさせているのが伝わるのでカドはそこそこに切り上げた。
「なにより、助けることを欲張るのは悪いことじゃないってエイルに言われたばかりですからね。助けきれなくても死体は死体で活用しますよ」
『その一言は余計である』
どう転がろうと、損はしないようにする。そんな意味で言ったつもりがたしなめられてしまった。
やはりまだまだポロリと余計な言葉が漏れてしまう。
まだまだお上手ではない口を隠したカドはゆっくりと上体を上げ、ガーゴイルのイタチを見つめた。
「さてさて、この体では大した処置もできません。なので、もうちょっとしてからやってくる黒山羊さんと本体に君を任せたいと思います。本当は抜け殻になったこの集落の方が安全かもしれませんけど、人里に住む幻想種ならここよりもっといい場所があると思います」
カドはガーゴイルを刺激しないようにゆっくりと指し示し、顔を向ける。
そうすると、ガーゴイルはちゃんと注意をそちらに向けた。やはり軽く意思疎通できるくらいには知能が高いらしい。猿と同等かそれ以上といったレベルだろうか。
こっそりと目を向けてそれを確認したカドは安堵した。
膨らんでいた尻尾も落ち着いてきている。これならば話もすんなりと進むかもしれない。
そう思った矢先、ガーゴイルの総身の毛が逆立ち、再び首に噛みつかれた。
「あたっ!? あ、いや、痛くないか……。あのー、今さっき話がまとまりかけてなかったですか?」
何故こんな反応を示すのか、カドは理解に苦しんだ。
しかも怒りが先程よりも強い気がする。牙を立てたまま首を振り回しているのは、首の肉を裂こうとしているからだろうか。さらには何度も噛み直して傷を広げようともしている。
全長四十センチほどにもなる大イタチだ。流石にこれはマズい。
カドは隙を見てガーゴイルの体を掴むと、首から引き剥がして距離を取る。
「えーと……、これは一体?」
ガーゴイルとエワズに対して問いかけるつもりで声に出す。
そんな時、だかだかと蹄が地面を蹴る音がした。どうやら呼んでいた黒山羊がこの場に駆け付けたらしい。
「よし。シーちゃんもようやく来まし――だぁっ!?」
いつまでも減速の音がしないと思ったら、駆けつけた黒山羊はそのままの勢いでカドの背に頭突きをかましてくれた。
勢いよく吹っ飛ばされたカドは回転しながら家屋に叩きつけられ、上下ひっくり返って頭からずり落ちていく。
「……あの、あんまり酷くするとこの体が消えちゃうんですけど」
使い魔のはずが、どうしてこう、微妙に意に反する時があるのだろうか。カドは逆さになったまま、死霊術師として未熟故かと首を傾げる。
ガーゴイルは突然の新手にまた全身で警戒を示していた。
「んべぇ~」
どんな意味合いかわからないが、黒山羊はひと鳴きした後に首を左右に振り、足を折りたたんでその場に座った。
イタチに比べればまだ頭の高さが高いが、視線はかなり並んできたと言えるだろう。
『……この集落の仇とでも、思ったのであろうな』
カドの目を介して状況を見ていたエワズが呟く。
「それがわかるほど頭がいいんですか?」
『そこまでは知れぬ。だが、こ奴らも野生の獣。汝や黒山羊のような上位者の魔素を感じ取ってなお襲う性分は持たぬはずだ。それを忘れるほどの敵意を向けたのは、この集落への愛着故と考える他になかろう?』
「なるほど、道理です」
カドは食い千切られて解れた首の皮膚を粘土でも均すように整えると、ガーゴイルに近づいた。
接近を察して目を向けられてからは匍匐前進で近づく。
そして、ガーゴイルが飛び掛かってこれる間合いでカドは動きを止めた。
「君がどういう理由で怒っていてもいいです。怒りを発散するにせよ、また別の場所で生きるにせよ、元気にならないと始まりません。元気になってから、好きに行動してください」
カドはガーゴイルに向けて静かに語る。
人の感情さえ上手く読み取れない事には定評があるのだ。獣の心情なんてカドとしては斟酌しようもない。だからこそ、ガーゴイルが理解できることに期待して、伝えられるだけ伝えるのが精一杯の誠意だった。
嫌ならば拒否してもらって構わない。そのために間合いに入ったのである。
新たな攻撃はなかった。
尻尾の膨らみは未だに治まりきっていないものの、多少は理解してくれたのかもしれない。
カドは黒山羊に目を向ける。
「シーちゃん、〈毒霧〉で麻酔を。本体のところに連れて行って抗生物質とステロイドと、輸液などなどで治療です。鎮静がかかっている間に呼吸音や心音、骨の異常や皮下気腫の有無なんかも確かめましょう」
ゆっくりと言葉にして伝えると、声の速度を反映するように緩やかな速度で〈毒霧〉が発動した。簡単に言えば、これは吸入麻酔である。吸いたくなければ、今のガーゴイルでも逃げられるだろう。
じっと見つめていたが、ガーゴイルは逃げなかった。びくりと警戒は示したものの、この切りを吸い、徐々にうつらうつらとして意識を失うのだった。
それを見届けたカドは立ち上がる。
ガーゴイルの彫像が配されていたと思われる廃屋に近づき、手頃な手拭いを漁った。また、比較的小さな首飾りが落ちているのを見つけたので、それを拾いあげる。
「ではでは、シーちゃん。この子のことをよろしくお願いします」
カドは首飾りを二重に捻ってガーゴイルの首に掛け、手拭いで黒山羊に括り付けると送り出すのだった。
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