企みの阻止へ

 エイルにお叱りを受けた後、二人はエルタンハスの自警団との顔合わせをした。

 父親との再会と同様、すぐにこの街に戻ることができなかったわだかまりを打ち明けると、自警団の面々は険しい顔をしていた。


「どうして信じてくれなかったんだかな。長い付き合いだってのに」


 最初に声を発したどこかの親父さんは、まったくこの娘は、と困り者の親戚を扱うような態度を見せた。

 すると、即座に次の声が上がる。


「何言ってんだか、あんたは! ちゃんと帰ってきてくれただけでも良かったでしょうに!」


 腕っぷしの強そうな女性が男性を叩き、エイルを抱きしめにいった。


 あとはもう敢えて言うまでもないことだろう。

 何を心配する必要があるのかというくらいに温和な打ち解け合いだ。古き良き集落とはこんなものだったのだろうと思わせられる。


(僕にも、こんな世界があったんですかね?)

(帰りたいか?)


 なんとなく記憶をくすぐられるような気がして見守っていたところ、エワズの声が心に響いた。

 カドはその問いを明確に否定する。


(いえ、よくわからないので別に。あるかどうかすら定かじゃないものに対してどうこうしようとまでは思えないですね。それなら今の自分の傍にあるものに力を注いだ方が現実的じゃないですか)

(ふむ。それは本心であろうが、いささか寂しい判断ではある)


 本当にこの竜は人の機微というものをよく心配してくれる。

 しかし自分を自分たらしめる記憶と経験は、ハルアジスが不要と判断して削ぎ落してくれたのだから仕方がない。そんな状況では元の世界での関係者なんて最早他人だ。

 薄情ではあるかもしれないが、どことも知れぬ場所へ、誰とも知れぬ者のために戻ろうとするなんて気力は沸かないのである。


 そうしてエイルの用事に付き合って一時間後、どうやら会議が終了したらしい。フリーデグントの屋敷からぞろぞろと人が出てきた。

 彼の家は元から高床式のように一段高くなっている。例えるなら正面玄関が少々高いウッドデッキみたくなっているとでも言えばいいだろうか。


 会議が終わったようだという連絡はすぐにエルタンハス中に駆け巡ったので、カドもエイルと共にそれが見える位置まで歩いていく。

 冒険者の中で一番の実力者はユスティーナで間違いないが、彼女は人の前に出ようとはしない。今回も前に出て仕切るのはこの街の自警団の長であるフリーデグントのようだ。


「皆、待たせてすまない。冒険者諸君がこの周囲を索敵した結果なども合わせ、情報の照合と今後の対策を練っていた」


 この街にいた冒険者もただ待機していたわけではない。

 クラスⅠはランクアップのために動いていたし、残る人員は数人で組み、周囲の情報を集めていたようだ。


「〈剥片〉についてはもうこの周囲にはほぼ確認されていない。しかし、敵と言える勢力はまだ残っている。その規模は未だ不明だ。五大祖のハルアジスが敵対しており、クラスⅢの冒険者相当のホムンクルスを数体連れているのは間違いない。また、彼は周辺の集落と幻想種や魔物を襲い、その力を収集している模様だ」


 集落を襲ったのはともかく、幻想種まで襲っているとは新情報だ。恐らくはそれこそ冒険者が仕入れた情報だろう。


 だが、その兆候はカドもすでに見ていたかもしれない。

 巨大樹の森で集落が襲われた際、カドと自警団は最短距離で進んだが森の魔物に襲われることはなかった。あの森の魔物は縄張りを持つらしく、考えもせず真っ直ぐに突っ込めば襲ってくるのは必至にも関わらず、である。


 実際に踏み込んだ際には嫌に静けさを保ったままだった。

 つまり、森の生物も住民と共に殺され、ハルアジスの力になっていると見ていいのだろう。

 カドが使用できる〈魔素吸収〉や〈生気吸収〉といった魔法のさらに上位となる魔法でも使われているに違いない。


「わかったかと思うが、相手は少なくとも、我らを脅かすだけの力は有していると考えられる。そんなハルアジスは大蝦蟇に接触を試みていたとの情報もある。例えば呪詛の類で大蝦蟇を操ることこそが彼の目的だとすれば、想像される被害は尋常のものでは済まないだろう」


 フリーデグントはその脅威を共通認識のように説く。

 大蝦蟇が山のように巨大な蛙だという認識しかないカドは首を傾げた。

 すると、それを察したエワズが心の中で補足してくれる。


『大蝦蟇はあの山の如き体を風の魔法によって浮かせるのだぞ? その力が全て攻撃に転化されれば如何様になるか想像できぬか?』

『んー。近寄れないレベルで危険というのはわかるんですけど、それなら放置でもいいんじゃないですか?』

『あり得ぬ。まず、第二層から三層へ繋がる境界はあの空の島にある。それが撃ち落されればどうなるかわかったものではない。境界自体への破壊行為も何を引き起こすかわからぬので恐ろしいが、それだけのものが暴れ狂い、同時に〈剥片〉が撒かれ続ければ土着の幻想種は死滅する。そうなれば――』

『なるほど。より一層、境界域のバランスが狂いかねないですか』

『ヒト共の言い分であれば、最精鋭の冒険者が深層に取り残されることも恐れているであろうがな。境界域は地上の誰もが狙う資源の宝庫。対外的な脅威からこの地を死守するために配されている冒険者もまた多いのだ。その争いが過激故、境界域の開発もリーシャの時代からあまり進んでおらぬ』

『そうですか』


 境界域のバランスとは随分難儀なものだ。

 しかし、仕方がないのかもしれない。大蝦蟇は定期的に〈剥片〉を落としはするものの、それ以上の害は及ぼさない超自然的な災害だった。前代未聞なレベルでそのバランスを壊しかけている原因は人間にあるのだ。

 人が及ぼそうとしている害である以上、人が律するべき問題だろう。


「カド。ねえ、カド。お父さんの話、聞いてる?」


 隣にいるエイルが袖を掴んでくる。


 彼女が指摘するのも無理はない。現在、彼女の目の前ではカドの胸に収まっていたサラマンダーが日光浴を求めて顔面をよじ登っている最中なのだ。

 エワズと交信していることを知らない傍目からすると、話をまるっきり無視しているようにも思えるだろう。


「あ、はい聞いています。大蝦蟇の脅威度について考えていただけですよ」

「そう? ならいいんだけど……」


 エイルはどことなく近い距離で呟いた。

 今までと若干距離感が変化しているのは、先程までのやり取りが関係しているのだろうか。

 と、本当に気が逸れてしまいそうだったので、カドはフリーデグントに再度注目する。


「よって、守護竜殿とリリエハイム殿、その他、精鋭を派遣してこの企みを阻止すべく動こうと思う。第二層に踏み込み、ハルアジスの拠点制圧を図るのは約五十人。後詰めとして境界に待機するのも約五十人を予定している。出発は一時間後だ。各部隊長の指示に従ってもらいたい!」


 フリーデグントが呼びかけると、会議に参加していた部隊長クラスは解散した。

 彼らは五名前後の各パーティと合流し、細かい打ち合わせを始めている。


 それと同じく、トリシア、リリエ、ユスティーナの三人がカドたちの元へやって来た。


「カドさん。これからのお話なんですけど……」

「ああ、はい。ドラゴンさん経由でちゃんと伝わっているので問題なしです」


 カドはトリシアに対して頷きを返す。

 会議に参加した者に裏切り者がいないのはリリエの目で選別できる。その上で、相手が仕掛けてきそうな策にハマらないよう、別動隊を組むことにしたのだ。


 大蝦蟇に関してはリリエとエワズしか相手に出来ないので仕方ない。しかし、そんな誘いに戦力が全て乗ってしまうとどうだろう?

 自分がハルアジスなら、そうして防御が手薄になった後ろを攻撃して挟み撃ちにする算段を取る。勝てないにしろ、相手により大きな爪痕を残してやろうという気持ちであれば、なおさらこの攻め口を選ぶはずだ。


 そんな事態に備え、カドは簡易使い魔をエワズに付けて同行したように見せかける。

 その一方でイーリアス、スコット、ユスティーナと共にこの場に残り、いざという時に備えるつもりなのだ。


「では残り一時間、僕は他の作業に集中したいのでお休みしますね」

「作業と言うと、あの黒山羊の使い魔を外に放って準備していたことですか?」


 カドの言葉にトリシアが疑問をぶつけてくる。


「そうです。索敵に、幻想種の治療を兼ねた〈死体経典〉の材料集めです。いい結果が得られると良いですね」


 こちらが動く以上、相手が反応して動く可能性も高くなる。こんな時こそ索敵に集中するのが望ましいだろう。

 当たれば儲けと考えながらエイルに目を向けた。


「それと、エイル。休むために部屋を一つ借りてもいいですか?」

「うん。だったら私の部屋でも――」

「あっ、それではわたくしもそちらで休ませていただきます!」

「もちろん、変なことがないように私も見張らせてもらうわね」

「……リビングでいいね」


 コメントの上に乗り上げてくるユスティーナとリリエの主張を聞いたエイルは、より広い部屋への変更を提案したのだった。



 

 □



 

 カドは黒山羊を中継して自分のコピーと言える簡易使い魔をエルタンハスの四方に派遣していた。


 まあ、コピーとはいえ五感しかないただの人間レベルの使い魔である。

 サラマンダーの粘液を固形化させて作った簡易的な器具と、魔法によって生成したいくらかの薬を所持するだけなので、出来ることといえば本当に偵察と簡易的な治療のみだった。

 ちなみに、黒山羊自体はこの四体のサポートをしつつ、辺りを歩き回る予定のために同行していない。


 そして、その簡易使い魔のうちの一体はとある廃墟を前にしていた。


「ここもハルアジスのエネルギーのために壊滅させられたんですね」


 家屋が二十軒ほど立ち並んだ小さな村だ。総人口は百人も届かないだろう。

 石を積み上げて作られた家々は破壊され、辺りには死体も確認できる。


 一体一体、その生死を確認しながら遺体を集めたカドはそこに薪もくべて火を放っておいた。こんな死体をゾンビとして再利用されても困るからである。


「うーん。乾燥具合からするに死後二日ほど経過していそうですし、ここにいても得られる情報はなさそうですね。人里だと幻想種もいないでしょうし」


 完全な無駄足かとため息を吐いた時、カドはふと視界で動いたものに気が付いた。


 何か生物がいたかと目を凝らす。

 動いたと思われる物体は破壊された家の前に置かれた彫像だ。間違いない。


 しかし台座ごと横倒しに倒れたにしては、彫像がやけに離れたところで転がっている気がする。

 デザインもまた、単なる装飾とは趣が異なる。

 それは悪魔とも竜とも表現しにくい意匠で、大きく破損していた。翼は根元からぽっきりと折れているし、長い尾や胴体も亀裂が入っている。


「狛犬とかシーサー的な……。いわゆるガーゴイルってやつですかね?」


 風が吹いた拍子に崩れたのが動いたように見えたのか。

 そんな推理をしながら歩み寄ったカドはその場にしゃがみ込み、壊れたガーゴイルをよく見つめてみた。

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