信頼作り Ⅱ
この街の自警団は若い者からベテランまで合わせて百名程度らしい。
見張りが十名で、冒険者と共に出ている索敵班が十名。残る八十名の多くは詰め所に集っていて、家にいるものは少数のようだ。
「エイル。避けていないでそろそろ詰め所に行きません?」
「うっ……」
指摘すると、エイルは顔をしかめた。
この街について知らないカドでも、どこに人が集まっているのかはもうなんとなくわかってきた。街の手前に位置する詰め所である。
冒険者も含め、戦えそうな人間が何度も出入りしていることからしても間違いない。
しかしながら彼女はそこを避けるように街を巡っていた。
その結果、エイルによるエルタンハスの街案内みたくなってしまったが、そろそろ向かわないとフリーデグントらの会議が終わってしまうだろう。
視線で促し続けてみると、彼女は目を泳がせる。
「い、いや、そんなことはないよ……?」
語尾が不安げに揺れている。
本人はこう言っているものの、それが嘘なのはカドでもわかる。
まず、表情がぎこちない上に先程までの行動を思い返すとまず間違いない。
「最初は何となく近づきにくかったから周囲を歩き始めたとかそんなところですよね」
イーリアスや冒険者たちとの顔合わせを終えた後のことだ。
エイルの後についていったカドは街を囲む木の塀や物見やぐら、家屋に残る破壊痕と修繕痕を彼女と共に目にした。
ここ一年で増加した〈剥片〉による被害だろう。
そして、自宅に残る人は大抵、その時の負傷者だ。
物的被害と人的被害を確かめる度にエイルのテンションが落ちていったのは間違いなかった。
「それで足が遠ざかった結果、より一層この街の実情を見て心苦しくなっているんですよね。詰め所に足を運べないのは――」
「もういい。カド、そういうところまで口にされるのは辛いよ」
「あ、すいません」
「ちょっとこっち、来て」
「あっ。ああー……」
配慮のない言葉にエイルはしばし俯いた。
カドは自分の失態に気づいたのだが、訂正や挽回よりもエイルの行動が早い。彼女はカドの手を掴むと、強引に人気のないところへ引っ張っていく。
これは怒られるやつだ。
カドは連行される最中に覚悟していた。
「座って」
「……はい」
誰かの住宅の裏手と塀の間まで連れていたところ、命令が下された。大人しく座ると、エイルは横に座ってくる。
正面から蹴倒されることはないようだ。
「頭から抜け落ちていて悪気はないんだろうけど、カドのそういうところは良くない」
「反省します」
素直に受け取ったのだが、エイルからの応答はなかった。
彼女はわかりやすく何がどうなのかを答えてくれただけで、膝を抱えて俯いている。
思い詰めながらもこちらの扱いに配慮してくれたのがこの結果らしい。
これはこの後の扱いが難しい。謝るか、励ますか。どちらが正解なのか、悩ましいところな上に、慣れないことをするとまた良からぬ言葉を零してしまいそうである。
だが、こんな時に限って保護者の助言はない。エワズが無視を決め込んでいることだけは心の奥底で通じていた。
何秒か対応に悩んでエイルに視線を向けていたところ、彼女は膝に埋めていた顔を僅かに上げた。
「ねえ、カド。私はなんで詰め所に行くのを避けていたの?」
「えーとですね……」
「いいから、言って」
もう配慮不足をしてしまったところだ。一度も二度も変わらないと大目に見てくれる気なのだろう。
カドはその一言に頷きを返す。
「ここはエイルの故郷ですよね。でも、忌み子みたいな状態になって一年間帰るに帰れなかった。ただ、その間にもこの街は大変だった。帰ることもできたはずの期間に故郷の人たちが傷ついていたから、罪悪感でまだ顔を合わせ辛いとかでしょうか?」
「そうだよ。よく見てるね」
優しいことに、彼女は複雑な人付き合いをリードして答え合わせしてくれる。
「お父さんの時みたいに、パッと会いに行って受け入れてもらえればすぐに終わりなんだろうけど、ちょっと不安なんだよ。そうしてうじうじしている間にいろんなものを見て、より一層、足が遠ざかっちゃった」
彼女は理由をはっきりと言葉にする。
そのせいでまた不安が揺れ戻ってきたのだろう。再び膝に顔を埋めてしまった。
「ねえ、カド。この後どうなるのかな? 大蝦蟇と〈剥片〉。異常に見舞われている大蝦蟇の生息地。あと、ハルアジス」
「わかりません」
「減点」
「はい……」
ホムンクルスと共に大蝦蟇との接触を図っただの、巨大樹の森の人間を殺してエネルギーにしたなどの情報を考えると、相当大きなことを仕出かそうとしているのはわかる。
だが、具体的な脅威がわからないので分析しようもないと答えたかったのだが、怒られてしまった。
こんな問答をしても沈み込んでいる彼女を見ていると、察せられる。
彼女は気休めでも励ましてほしいのだろう。
「――大丈夫ですよ」
「……どうして?」
「ハルアジスは僕が倒します。あれは僕の敵ですから。大蝦蟇についてはドラゴンさんとリリエさんがどうにかします。〈剥片〉は冒険者と自警団でどうにかできます。だから大丈夫です」
心許ないところはユスティーナが支えてくれるだろう。戦力的にはそれでどうにかなる。
お先真っ暗ではないのだから、そう不安がる必要はない。言いたいのはそんなところだ。
けれども押しが弱かったのか、エイルの顔はほとんど上がらない。彼女は膝を抱えたまま、ちらとだけ視線を向けてきた。
「もし何かがあってもカドが守ってくれるってこと?」
「ええ。守れる範囲であれば善処はしますよ。でも、そう考えるとフリーデグントさんが計らったこれは悩ましいですね」
「なんで?」
助けられるのに助けないなんて意地の悪いことはしない。できることはするつもりで頷いた。
だが、後に付いた文言が気になったのか、エイルは問いかけてくる。
「情が沸いたら取捨選択しにくいじゃないですか。僕は確かに情が薄いので、ある人からもっと欲張りになれと言われました。ただ、思うんです。僕にそう言った人は、欲張りになり過ぎた結果、死んだんじゃないかって。一番大切だったかはわかりませんけど、それで相棒を悲しませていたら本末転倒ですよね」
リーシャの死について、どんな状況だったのかは聞き及んでいない。
だが、『私はね、欲張りなの。皆が笑顔になれれば良いと思って、それに邁進してきた』と亡霊は口にした。だったら、他人のために邁進し続けた結果、命を落としたと考えるのが最も現実らしさがある。
『でもそんな願いがいつまでも叶い続けるわけがなくて、エワズを悲しませてしまった。あなたがここで死んでしまっても、きっと彼は悲しむわ。だから、ね? 私と同じ失敗はしないであげて』
――そのようにも言われただろうか。
いろいろ欲張りになれと言った癖に、やりすぎるなとも言い残された。カドとしては非常に悩ましいことである。
未だに答えを出せていないことを吐露したが、エイルはじっと視線を注いできているままだった。
彼女は頷き、同意してくる。
「うん、そうかもね。リーダーはそういう時、心を殺して当たらなければならないっていうのはお父さんから聞いたよ。でもね、誰かを助けることに意欲を見せるのは良い事だと思う」
「そうなんですか?」
よくわからないで問い返すと、エイルは顔を上げて見つめてきた。
「カドは得体も知れない私を助けてくれたでしょう? 訳アリだった二人がさらに厄介ごとを抱えるのはリスクでしかなかったのに」
「助けてあげられそうな状況でしたので」
「それじゃあ、今は? 私を助けてカドはどうだった?」
エイルは一つ一つ問いかけてくる。
今といえば、こうして丁寧に何が良くて何が間違っているかを教えてくれているところだ。そんなことを敢えてしてくれる相手なんてエワズくらいなのだから、ありがたいに決まっている。
「ありがたいですね。とても」
「うん、じゃあそういうことだよ。誰かを助けることを欲張るのは悪いことじゃない。なにより、カドは皆を統率するリーダーじゃないんだから、そんなことは悩まずわがままになって良いと思う。悩む間もなく行動したら、計算するより早く動けるかもしれないでしょう? 私がカドのために役立って、たくさんの人を助けるのが間違いじゃないっていうことを教えてあげる。その代わり、ね――」
エイルは体の向きを変え、はっきりとこちらを向いてくる。
瞳を真っ直ぐ見据えてきた。
「私が困っていたら、また助けて欲しいなって思う。……その、出来れば街の皆も。カドがそうしてくれたら、私も不安なく進めると思う」
「そうですね。エイルはもう特別な人ですし、出来る限りのことはします」
「そっ、そっか。うん、ありがとう……!」
応答がストレートに伝わり過ぎたのだろうか。言葉を受けたエイルは少し顔を赤らめ、戸惑い混じりに立ち上がった。
先程、言っていた通りなのだろう。彼女が見せていた不安は薄れたようである。
そろそろ詰め所に向かうだろうかとカドが立ち上がると、彼女ははにかんだ表情を向けてきた。
カドはそんな彼女に疑問をぶつける。
「そういえば、エイルこそどうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」
「えっ!?」
問いかけてみると、彼女は少しオーバーな驚きを見せる。
しばし返答に困った様子で頬を掻いていたが、こほんと咳払いをすると改めて見つめてきた。
「それはまあ、お母さんの遺言でね……? ほら。カドは私を助けてくれたし、強くていろいろなことができるし。良い男は早めに掴まえておきなさいって言われて、ね?」
エイルはもじもじとしながら茹で上がっていった。
けれども意を決めたのだろう。大きく深呼吸をすると、一歩近づいてきた。
「カドは私のこと、どう思う?」
「親切ですね。ありがたいです」
「だぁぁっ、もうひと声っ!! カドと私、男と女なんだよっ!?」
エイルは頭を抱えてじれったそうにした後、カドと自分を順に指差した。
そうまで言われて意味が理解できないカドではない。なるほど、そういう男女仲の話かと理解する。
エイルもカドの理解を察したらしい。緊張の面持ちで返答を待っていた。
「そ、それで……?」
「この体になってからというもの、生殖意欲は大して沸かないなって」
率直に状況を伝達したところ、エイルはその瞬間にフリーズドライした。
かろうじて息をした彼女は、声を漏らす。
「減点」
「あ、はい」
今まで以上に機微を読むためにも、カドは彼女の採点を正直に受け止めるのだった。
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