阻止すべき企み

 カドはリリエに抱え上げられたまま、方々へ持ち歩かれた。

 まず周囲を見渡したリリエはトリシアとエイルに目を止める。

 二人はクラスⅡとしてランクアップして互いの肩慣らしをしていたのか、汗を掻いている。リリエはそんな二人の肩を叩き、「あなたたちは来るべきね」と言った。


「そのお話、わたくしも混ぜて頂けませんかぁ?」

「ぬっ、出たわね……」

「はい。カド様のお傍は大変興味深いので!」


 続いていつの間にか寄り付き、覗き込んできたユスティーナについてもリリエは「まあ、いいわ」と何かを認める。


 何だろうか、これは。

 獲物のように抱えられているカドの身からすると、魔女会へのお誘いかと思える。

 ユスティーナがくんくんと鼻を鳴らして犬みたく状況を分析してくる辺り、より一層真実味が増すところだ。


『助けて、エワズ。何割かの確率で肉を食われそうです』

『案ずるな。肉食は二名のみであろうよ』


 遠方にいる保護者に語りかけると、何の役にも立たない意見が返ってきた。


『そのコメント、僕の身を守ることに全然活用できない気がするんですけどね』


 天使と聖女の二人が常軌を逸しているのってどうなんだろう。そんなことを思っている合間に、リリエはイーリアスとスコットも手招きした。


「そっちの二人も来なさい。あとはもう面倒臭いからいいかしら」


 ある程度の人数を揃えたリリエは、フリーデグントに頷きかける。その後、彼の先導で自宅に案内されることとなった。


「この選別は何ですか?」


 本当に我が身を生贄に貪られるわけではないだろうが、一応問いかける。


「天使的な観察眼で話をすべき人間を集めたのよ」

「なるほどです」


 ハルアジスの死体を預けた人物は怪しく見えた。

 一方、今回声をかけたメンバーに関してはそのような様子はないということだろう。


「リリエさんの能力って本当にオールマイティで、一人でも完結していますね。羨ましい限りです」


 天使の基礎の能力として、翼による浮遊、羽根による遠距離攻撃と回復魔法に結界。そして他人の悪意などを見抜く目。

 それらを持ちながらも、彼女はインファイターだ。当然、不意打ちなんて意味をなさない。そして彼女は正攻法しか通じないという条件を揃えた上で、クラスⅥという身体能力の高さがある。特定分野に特化しているカドとは真逆の盤石さだ。


 素直に感心していると、リリエは誇りもせずに返してくる。


「境界域の深層はそれだけ油断ならない場所ということよ。君も、“彼”と共に進むのなら心しておきなさいね」


 何故なら、エワズの相棒はその挑戦が原因で命を落としているのだ。いつもの調子にはない真剣な言葉が現実を如実に語っている。


 そんな会話をしているうちにフリーデグントの家に到着した。

 カドはお米様抱っこからそのままテーブルの席に座らされた。意味深な扱いである。

 理由を求めてリリエに目を向けていると、彼女は詠唱すると周囲をぐるりと結界で覆う。


「さて、これでいいわね」


 リリエはそう言って、手の平に拳を打ち付ける。

 豚を屠畜する際もこんなことをしそうな彼女だ。注文の多い料理店という例もあるので、続く動向に注目しておく。


 リリエが目をやったのはスコットだ。


「あなたは死霊術師だったわね。さっき死体を預けられた彼について何か知っているかしら?」


 魔女会には程遠い内容だと確認しつつ、カドはスコットの反応を見る。


「自分の兄弟子に当たります。師の派閥に属していた死霊術師は二十五名。クラスⅣが一名、クラスⅢは彼の他、二名。残りはクラスⅠとⅡになります。死体から情報を読み解く〈思念共有〉でしたら、体得していたかと思いますが……?」

「ああ、その点についてはあまり関心がないわ。一番気になるのは彼の背後関係よ。キナ臭いのよね。人や物を盾に脅されている人と似た雰囲気に見えたの」


 リリエの言葉を耳にしたスコットは話の趣旨が見えたのか、表情が変わる。


「脅す――と言えば師やその協力者によるものが懸念される。そういうことですね?」


 こくりとリリエが頷く。

 思い当たることがあるのか、その反応を見たスコットはすぐに補足した。


「あり得ると思います。師は疑心暗鬼でもありましたので、極力、相手の弱みを掴んで安心を得ようとしていました。金銭や違法行為の証拠などで師に頭が上がらなかった弟子は何人もいましたし、治癒師や錬金術師の手によると思われるものが確認されたとなれば、その意思伝達役として使われた者もいたと考えます」


 そんな真面目な話の最中、カドの匂いをひとしきり嗅ぎ終えたらしいユスティーナは関心をエイルの尾に移していた。

 ぺたぺたと触りにいき、拒否されてはまた触りにと妙な押し合いをしている。

 リリエはそのやり取りに眉をひそめつつ、応答した。


「十分にあり得ることなのね? まあ、問題はその死霊術師の彼が検査結果として引っ提げてくる話が罠である可能性が高いってことよ。それにどうやって対応しましょうか?」


 リリエならばどんな小細工も力で薙ぎ倒せそうではある。

 しかし、そう頼ってばかりでは彼女が無理をしてしまうため、カドも自らの考えを口にした。


「難しく考える必要はないんじゃないですか? 何かしかけてこようと、相手が本当に狙っているのは僕やドラゴンさんの命。次点で僕らに対する嫌がらせです。そして嫌がらせと言えば、関係者への被害。だったら、関係者や自分の命を大事にしつつ、罠を仕掛けてくるようだったら乗ってやりましょう。無論、裏を掻く努力はしつつですけど」


 それは無難な方針だったのだろう。フリーデグントも含め、反論は生じなかった。

 それで議論は終わり――かと思いきや、意外にも口を開く人物がいる。ユスティーナだ。


「あとは一度狙われたように、わたくしも狙いの一つかと」


 彼女はエイルの尻尾に対する興味で上の空ではなかったらしい。彼女は聞く耳も向けていたのか、的を射た発言をする。


「相手は死を司る五大祖。強力な力を有する個体を仕留めたのであれば本人であるかもしれませんが、不意打ちで仕留めたのであれば小間使いの傀儡である可能性もあります。なにせ、少人数で大きな組織と戦おうとしているのですから、手は足りないものでしょう。私たちを騙せれば儲けとも考えているはずです」


 言われて、カドは納得する。

 死霊術師としては未熟な自分ですら周囲の索敵やすり替えなどに使い魔を用いることがある。人員的な余裕がないハルアジスがそれを使わない理由はない。

 ユスティーナの言葉に納得していたところ、彼女の言葉はなおも続いた。


「無論、ハルアジス様の協力者と思われる治癒師もしくは錬金術師が今回の怪しい死霊術師さんを脅しているという線もありますね。ああっ、どういたしましょう。わたくしは自らの地位のせいで、皆様にも迷惑をかけているかもしれません! ――そう危惧したので、こちらから打って出るために調べをつけておきました」

「「「え?」」」


 困りました、どうしましょう。神にでも祈りましょうか。

 そんな雰囲気の表情だったユスティーナは一変した。彼女の表情は、笑顔であるのに冷ややかさを感じさせる何かに変わる。

 その途端、女性陣はリリエを筆頭に意外そうな声を漏らした。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなたは境界主の討伐以外はボケーッと日向ぼっこをしていただけでしょう!? 頭から花を生やしそうな感じだったでしょう!?」

「はい。ランクアップされた方々の天啓更新で忙しなくされていたリリエ様とは違いましたよね。日向に座りつつ、出来ることはないかなと考えた次第です」


 カドがやって来てからのユスティーナはと言えば、本日以外は予定が詰まっていた。

 やって来た当日はカドとイーリアスの模擬戦観察、夕方から夜にかけては共に〈剥片〉排除と第二層探索。深夜には夜這いじみたことをかまして、翌朝には境界主討伐についてきた。


 朝から今までの数時間しかフリーでなかったのだが、成果はきちんと残しているらしい。

 五大祖の一角を張るだけのことはあるのだろう。

 訓練に熱中していた様子のトリシアとエイルも度肝を抜かれた様子だ。


 そんな彼女らの反応を他所に、ユスティーナはローブから試験官を抜き出すと何本もテーブルに並べる。


「生成した人形に第二層を流れる川を下らせ続けた結果、辺境に大蝦蟇の住処と思われる湖を発見しました。これはそこで採取した水に生餌を入れて比較したものです」


 肉の残渣らしきものが残る試験官を注視すると、そこでは小エビのように液体内を動き回る何かが確認できる。

 ユスティーナはこれを指し示し、〈剥片〉だと口にした。


「〈剥片〉はそこに発生する極小の魔物のようです。大蝦蟇は雨期には辺境に身を沈め、乾季になると第二層境界付近に現れます。このことから察するに、湖の水量が多い雨期は〈剥片〉に寄生されても大したことがないが、乾季になって水量が減るにつれて寄生率が上がり、害が大きくなるのでしょう。それに耐えかねるが故に境界付近に現れるという習性が考えられます」


 ユスティーナの分析に、カドは思考を巡らせながら頷く。


「ほほう。サイクル的にはよくわかります。野外における動物のダニ被害と似た感じですね。しかも魔物は生粋のソウルイーター。餌がなければ自然消滅するって話でしたっけ。乾季に一度、大蝦蟇が境界付近に出てくれば数も減るはずだった。なのに大蝦蟇がまた出てきたってことは――」

「そう、湖での異常発生が考えられます。湖に流れ込む川は一本のみなので、〈剥片〉の異常発生は境界の異変と同じく、人が境界域のバランスを崩したことを端に発した可能性が高いでしょう」


 なるほど! ですね! とカドとユスティーナは二人のみで意気投合して分析していく。

 こんな思考についていけないのだろう。トリシアとエイルは同じだけ時間があったというのに、全く役に立てていなかった事実に震えている。

 リリエもこんな成果は予想だにしなかったのか、多大なショックを受けた様子だ。


 女性陣でユスティーナが大きくリードを決めていると、フリーデグントは顎を揉んでコメントする。


「……ふむ。つまり、死霊術師の彼が何者かの働きで罠を仕掛けてこようとも、それさえ凌げば我々の悩みを解消する手立てが見つかったという訳か」


 そもそも今回の集まりは大蝦蟇の討伐もしくは撃退だ。そこにハルアジスの影がちらついているから面倒になっているだけである。

 大蝦蟇は元より〈剥片〉が体表からいなくなれば生息地に戻るのだから、生息地の改善をすれば消極的な対応でも生息地に帰る可能性が高い。


 具体的な方針が定まってきたことので、フリーデグントの表情も明るくなっている。

 そこにユスティーナはまた深い何かを孕んだ笑みを向けた。


「それだけではないかと。敵は大蝦蟇という脅威を隠れ蓑にしているからこそ動けています。これがいなくなるのであれば不利になるのは明白。私たちが解決の一手を見つけたと情報をわざと流せば、動揺を誘えるかと。それを察知して叩くも良し。慌てて対応に出る際の粗を突くも良し。そうできるのではと、愚考いたします。……と、いうわけで」


 エイルの尻尾にセクハラし続けていたユスティーナはカドのもとに歩み寄ると、その腕を深く抱きしめる。

 場を席巻しただけに、彼女のその行動にすら正義があるようだ。

 カドは彼女に引かれるがままに立ち上がる。


「カド様はわたくしが頂いていきます。ハルアジス様への対抗策のほか、〈剥片〉の生息地の効率的な正常化について議論いたしますね」

「んー。考えられる毒攻めなんかへの解毒薬生成と、〈剥片〉については例の薬をぶち込んで全滅させればいいような気も……?」

「いえいえ、もう少し深ぁくお話いたしましょう」

「はあ、そう言うならそれでも」


 医学的には遅れたこの世界の住人と言っても、ユスティーナの発言には気付かされることもある。カドは素直に頷いていた。


 けれども、リリエはそれに対して危機感を覚えた様子だ。

 彼女はトリシアとエイルに一瞬目を向けたが、首を大きく横に振るうとイーリアスとスコットの肩を掴む。


「いってぇっ!?」

「おおっ、何事ですか!?」

「いいこと!? 二人とも、よく聞きなさい!」


 イーリアスとスコットの反応なんて微塵も眼中にない様子でリリエは声を張る。


「第四層に挑むのであれば、バジリスクは越えなければいけない壁。元クラスⅢなら、研究は人一倍しているわねっ!?」

「お、おう。そりゃ、まあな……」

「ハルアジスは元師匠。その過ちを正すのは弟子の責務だし、手口もよく知っているわねっ!?」

「そ、そう言われると自分には断れないですが……」

「というわけで、この二人もそちら行きよ。企みを阻止なさい!」


 リリエの独断と偏見により、対応の一部方針が決定されたのだった。

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