仕掛けられたもの

 

 つまるところ、対策は自分たちが倒すべき相手を明確にしただけだ。

 カド、イーリアス、スコットはハルアジス、エワズとリリエは大蝦蟇の相手。残る人員は〈剥片〉など、数に任せた敵勢力の担当。そういうことで決着した。

 随分と大雑把ではあるが、相手の出方がわからない以上は仕方がない。


 というわけで、全ては誰かに脅されているという死霊術師の動き次第。

 手持ち無沙汰のカドはふむと腕を組んでしばらく瞑想した後、その場にしゃがみ込み、手をかざした。


「はーい。出でよ、シーちゃん!」


 自分の影からずるりと頭を覗かせた黒山羊を引っ張り上げたカドは、そのまま出入り口に向かうと尻で押し開けた。


「そしてリリース。お散歩に行ってこーい!」


 ぽいと放たれた黒山羊は振り返ることもなくこの場を離れた。

 途中、人の行き交いに邪魔をされた際は大人しく立ち止まる利口さも持っている。しかしながら「お、はぐれの山羊か? 食っちまうか?」と、冒険者や住民に妙な見つめ方をされた際にはその都度、頭突きでぶっ飛ばしていた。


 よくわからないが、油断して背を見せていると主人のカドもぶっ飛ばされることがあるので、この黒山羊自体の個性と思われる。エワズに乗って飛行中、頭突きされて何度か墜落したのはいい思い出だ。

 黒山羊はついに街の出入り口まで行くと、物見やぐらの階段を器用に登って外へと飛んだ。


「山羊についてはご心配なくー!」


 困惑する警備に向けて一言叫んだ後、カドは扉を閉じた。

 室内を振り返ると、この奇行を呆然と見つめていたトリシアがハッと我に返って見つめてくる。


「あああ、あの、カドさんっ……!? 今のは一体……!?」

「僕もいろいろできることをしておこうかと思いまして」


 カドはそう言って、この場にいる面々を見渡す。


「知っての通り、僕ってば特殊なクラスⅤなんです。まずクラス相応じゃない魔力量ですし、魔法への理解も乏しいので生体に関する魔法しか天啓で得ていないので、ぶっちゃけ攻撃力不足なんですよ。だからそれを補うためのことをしようと思いまして」


 自分の弱点に関することだ。本来であれば言わない方が望ましいことだろう。

 しかしここにいるメンバーはリリエがひとまず心配の必要がないと判断しているので、妥協する。仮にも命を預け合うのであれば個々の戦力については共有できていた方が良い。


「さっき放った黒山羊を仲介にして、この近辺に僕のダミーを配置します。そこで幻想種の治療をして〈死体経典〉の材料を集めつつ、索敵もしようって狙いですね」


 治療行為は器具と薬品さえあればできることだ。五感しかない簡易使い魔であろうと、その役割であれば問題なくこなせる。

 そう言うと、同じ死霊術師であるスコットはなるほどと頷いた。


「それは良い案ですね。〈死体経典〉を使いこなす死霊術師は疑似的に、万能の後衛職にもなり得ます。自分たち死霊術師が目指すべき目標の一つですよ」

「何でも屋か。それは心強いわな。だがよ、少年。お節介だろうが、一つ言わせてもらうことがある」


 スコットの言葉に肩を竦めたイーリアスはカドのもとに歩み寄ると、その胸を指で突いた。


「今回はチームで戦う。一人でできることでも、背負い過ぎてパンクされるのは最悪だ」

「はい。だから弱みを暴露しました。補ってくれることに期待をしています」

「ははっ、上等だ。クラスⅡで不安には思うだろうが、前衛は任せとけ」


 イーリアスはからりと笑うと、拳を向けてきた。

 どういうお誘いなのかはカドにもわかる。即席のパーティとして、それに突き合わせて応じた。


 そうしていると、まもなくドアがノックされた。

 フリーデグントが入室を許可すると、一人の男が入ってくる。


「し、失礼します」


 どこか顔色が悪い様子の彼は例の死霊術師――スコットによるとハインツというらしい人物だ。


「それで、結果は出たのだろうか?」


 場を代表してフリーデグントが男に尋ねる。


「あ、ああ。それも大きな情報で……」


 やはりハインツは場の動きを左右するような話を持ち出すらしい。

 すると彼に視線を向けていたリリエは自分の髪をイジる。これは悪意アリの証言であるという合図だ。場の人間はその事実を共有しつつ、続く言葉に耳を傾ける。


「そこにいるスコットも知っているだろうが、〈思念共有〉は霊魂に対して応答を試みることはできない。あくまで断片的な情報になるが、師の遺体からは第二層を拠点とし、戦闘の準備を進めていることや大蝦蟇を利用しようとしていることが読み取れた」

「ほう。そこまで確信めいた情報が?」

「……孤軍奮闘するしかなかった師だ。どの記憶よりも強く執着していてもおかしくはない」


 フリーデグントが勘繰るように問いかける。

 けれどもハインツが引くことはない。事実を事実と言ったまでとでも言うように顔を険しく引き締めていた。

 それを認めたフリーデグントは情報を元に思慮を巡らせつつ、重ねて問いかける。


「重要な情報ではあるが具体性に欠ける。拠点の位置や戦力、大蝦蟇をどのように利用するかについての情報はあるか?」

「断片的で構わないのであれば、ある」

「構わない。聞かせてくれ」

「相手にはまだ戦力がある。何体かのホムンクルスだ。随分と高性能だったと記憶されていた。師はそれを引き連れ、大蝦蟇に接触を試みていた」

「その時系列は? あの死体はハルアジス本人か?」

「そ、それはっ……」


 バジリスクの骨片が埋め込まれた〈剥片〉と同じく、協力者によるハルアジスの戦力の一端が明らかになるのは意外なことだ。

 その戦力を動かす当人が生きていれば当然、脅威度は跳ね上がる。


 フリーデグントが核心について矢継ぎ早に問いかけると、ハインツは言葉を喉に詰まらせた。彼は敵でも見るようにおどおどとして怯え、こちらを見回しながら距離を取ろうとする。

 そんな彼に目を向けていたリリエは憐れむような目をしていた。


「あなた、今の問答は嘘をついていないのね。一体どうやって脅されているの?」

「――っ!?」


 その問いかけが決定的なものだったのだろう。ハインツは急に脂汗を掻くと、口元をわなわなとさせた。

 魔法を使って逃げられることも考えられる。メンバーは互いに適度な距離を取って臨戦態勢だ。カドは出入り口を塞ぐように立つ。

 ハインツは壁際に向けて追い詰められていた。


「くぅっ……!」


 ドアは塞がれているが、壁には採光用の窓があった。彼はそこに活路を見出し、足を向けようとする。

 だが、それはできない。近接戦に秀でているクラスⅥのリリエが下位の後衛職に出し抜かれるはずもなかった。

 彼女は踵を返そうとした彼の肩を一瞬で掴み止める。


「触るなぁっ! あんたも石になるぞっ!?」


 冒険者の端くれとして、止められることは想定済みだったのだろう。ハインツは叫ぶと共に上半身の服をはだけ、その胸に食い込んだ手の平大の〈剥片〉を見せつける。

 それを見たリリエは咄嗟に手を放した。


 追い詰められ、助けを求めるような顔を見せながらも、彼はその一瞬に生じた隙を突いて採光窓から強引に脱出する。

 弱い者を虐げることはできない天使の弱みを上手くついた作戦だった。


 けれどもそれで逃げ果せる手段などない。


『エワズ、外で見張ってくれていますか?』

『仔細ない。すでに空から見下ろしておる』


 エワズとは常時繋がっている。カドがドアから外に出ると、エワズは上空に待機していた。

 冒険者や自警団もなんだなんだとこの騒ぎに勘付き、足を止めて注目している。


 袋小路のようなものだ。ハインツはすぐに足を止め、こちらを振り返ってきた。その表情はリリエに向けた時と変わらず、同情したくなるくらいの悲壮さだ。


「たっ、助けてくれ! 私だって好きでこうしているんじゃないっ。仕方ないんだ。こうしなければ胸に同化したこいつで石にされる! 私が死ねば、妻や子供まで路頭に迷うことになってしまうんだ。師……ハルアジスを凌ぐクラスⅤやⅥなんだろう!? 助けてくれぇっ!! なぁっ、お願いだから、助――」


 その叫びは半ばで途切れた。〈剥片〉に埋め込まれた骨片が光を発すると共にハインツは一瞬で全身が石化してしまったからである。


 こんな事態を目撃した人々には少なからず動揺が生じていた。

 それはそうだろう。カドが対策したという〈剥片〉によって今まさに一人の冒険者が石にされたのだから。


 この事態はカドとしても予想外のことである。

 まだ何かしらの手を施せるかと、カドは即座にハインツに駆け寄り、蹴りで手っ取り早く〈剥片〉を引き剥がした。


 けれども、無駄だ。

 〈剥片〉は完全に石と化しており、魔素にも魔法が作用中の動きは見られない。恐らくは呪いと同じく、体を構成する魔素に反応して瞬時に石と化したのだろう。

 何にでも変異する万能の元素ではあるが、害ある魔法で利用されるとこのような脅威にもなり得るらしい。


 いち早く追ってきたフリーデグントが静かに問いかけてくる。


「カド殿。どのような隙を突かれたのか、即座に考えつくだろうか?」

「……僕が対策する以前から〈剥片〉に同化されていたんだと思います。この石化は、バジリスクの骨片を死霊術師の〈死体経典〉で励起して発生させています。つまり、〈剥片〉の生死は関係ありません。それ以外の理由については思いつかないです」


 人間の体は生きた細胞のみで構成されているわけではない。髪や爪、表皮などは核のない死んだ細胞だ。それも含めて人体なのだから、〈剥片〉が死のうと体の一部と認識され、そこから発せられた石化の魔法には抵抗することもなく効果が発揮してしまった。

 そんな理由が考えられた。


 もしかしたらハルアジスが新たに薬に抵抗性を持った〈剥片〉を開発したとか、死体である〈剥片〉を操り、〈死体経典〉で同化させた後、さらに〈死体経典〉を発動させて石化させたという線もあるかもしれない。

 だが、答えは出ないだろう。分析しようにも、その〈剥片〉は完全に石となっている。〈死体経典〉を二重かけできるかどうかも、ハルアジスの力量次第だ。


 相手が仕掛けてきそうなことに布石を打って回ったつもりだったが、これは見事にしてやられた。非常に嫌な揺さぶりである。

 カドの険しい表情を見て取ったフリーデグントは肩に触れ、慰めてきた。


「皆、突然のことに不安を抱いただろう。彼、死霊術師のハインツはハルアジスによって脅迫されていた潜伏者だ。前もって仕込んだ巧妙な手口により、我々の防衛体制に穴があると疑惑を生じさせようとしている。しかし案ずるな。対策以前に〈剥片〉に同化されていなければこうなることはない! いいか、まだ事態は収束していない。あの死体もこの混乱も、布石に過ぎないと考えている。五大祖の名を侮るな。これより、打って出るための会議を開くので部隊長には再度集合してもらいたい。また、ハインツと同じく脅迫されている者はその間に名乗り出て欲しい。悪いようにはしない!」


 ぽっと出のカドには信用なんてない。内部の信用に楔を打つには、この程度の仕掛けでも十分だっただろう。

 だが、フリーデグントの毅然とした態度はそれをギリギリのところで繋ぎ止めてくれているようだ。


 良くて半信半疑といったところだろうか。ちくちくと刺さる視線や囁きが感じられる。

 カドはどうしたものかと息を吐こうとした。フリーデグントはそんな時、またこちらに目を向けてくる。


「カド殿。我々が会議をしている間、君には娘と一緒に自警団や冒険者のもとを巡って少しでも信用を得てもらいたい。恐らく、こちらが動き出すのは日暮れ辺りからだ。それだけでもこれからの動きには大きな意味を持つだろう」

「……すみません。迷惑をかけます」


 すでに集合しようとする面々を見て、フリーデグントは率先して歩き出そうとしていた。だが、気落ちしたカドの声を耳にして足を止める。

 彼は少し趣が異なる困り顔を――それこそ子に対して親が見せるような顔をすると、肩を掴んできた。


「何を言うんだ。君がいつ、私たちに迷惑をかけたと言う? 私は君に感謝しかしていない」

「いや、でもハルアジスは……」

「ふむ。それはそうかもしれないが、彼の五大祖は黄竜事変より以前から追い詰められていた。君がいなくともいずれ名を剥奪され、冒険者を恨んでもおかしくない身だった。君がきっかけになったからといって、全ての責任を君に押し付けるとは冒険者の風上にも置けない」


 フリーデグントは少しばかり納得した顔をしたが、それでも首を横に振って返してきた。


「我々は己が大望のために神秘の領域に踏み出す者。夢追い人だ。それぞれの歩みには限界がある。夢に届かないことも、おうおうとしてある。その夢に一歩でも近づくために徒党を組み、未知へと踏み出すんだ。たとえ夢に届かなくとも、振り返った場所から見える足跡と景色は宝の一つだ。それを汚して価値を下げる者など、冒険者ではない」


 カドは状況的には冒険者の一種に身を置いている。そして、イーリアスとの一戦で死に瀕した時、リーシャにある言葉を授けられた。

 『今あるものを失うのを怖がって。まだ見ぬものを楽しんで? ――あなたは、そんな風に欲張れる人になる』と。


 今思えば、それは彼女の冒険者としての心意気だったのかもしれない。

 フリーデグントの言葉はあの時に植えられた種に水をやったのか、カドは胸の内で疼くものを感じた。


 そんな反応を見て、フリーデグントは満足したのだろう。彼は口元に小さな笑みを浮かべると、会議に向かうのだった。

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