根深き事態
自分がハルアジスならば住民は殲滅する。
相手側にも高位の死霊術師がいるのなら、死体から情報を読み取る魔法を警戒したはずだ。また、死体にブービートラップを残していても良かったし、何らかの毒や疫病を仕込んで次の一手とする線があってもおかしくなかっただろう。
単に殺し、策も施されていない死体が残っていたというのが気がかりだった。
おまけに生き残った少女の存在だ。
もし討ち漏らしだとするなら、助けられたはずの命を見せつけるように殺して嫌がらせをしてきてもおかしくない。
この世界の文化は知らないが、少女に同情する体で死体を土葬させ、そこに仕込んだ罠が機能する運びにするのもいいだろう。
まあ、色々と怪しいので目を残したかったのである。
そして、念には念を入れていたところに目標が都合よく飛び込んできてくれた。
遺体の皮膚を〈贋作組織〉という魔法で加工し、中身に黒山羊を仕込んで少女に見せかけたところ、見事に騙されてくれたらしい。黒山羊による不意打ちと、〈死者の手〉による握り潰しで、ハルアジスの息の根は確実に止めることができた。
しかしこれで敵討ちができたと喜ぶ者はいない。
少女は未だにすすり泣いていた。
一族が全員殺され、天涯孤独の身となったのだ。幼い身としてはさぞや辛いことだろう。
「……はぁ」
この少女が本当に求めているのは、親族の蘇生だ。けれども今のカドにそれを成す能力がない。できるのは気休め程度である。そんな事実を認識すると、胸が重くなった。
けれど、これはきっと忌み子だったアルノルドを救おうとしたときと同じだ。気休めでも、意味がないわけではない。
カドは泣きじゃくる少女の前で膝をつくと、彼女の手をすくう。
「僕にもできることが一つあります。着いてきてください」
「え……? な、なに……?」
そう言って少女をお姫様抱っこで持ち上げると、カドは魔法の補助付きで地上に飛び降りた。
向かうのは住民を埋葬した場所である。
そこで少女を下ろすと、呪文を唱えた。
「雌伏し、報復の時を待つ骸。世の理に反し、未だ消え得ぬ妄執。審判の刻に、幾何の猶予を与えん。〈怨讐躯体〉」
最近覚えたてのクラスⅣの魔法だ。
カドが掲げた手から生じた光は埋め立てられたばかりの土に吸い込まれる。そう時間が経過することもなく地中から手が突き出した。そうして地面から這い出てくるのは、二体の死体である。
少女にとっては見覚えのある姿だったのだろう。しかしながら、末期の姿なのだ。彼女はひっと息を漏らす。
だが、そんな見た目も幻のようなものだ。魔法は未だに作用が続き、遺体の損傷を癒やしていく。
数秒も待つと生前と変わらぬ姿になったのだろう。少女の怯えは止んだ。
「お、とうさん。おかあ、さん……?」
少女が言葉を漏らすが、這い出た死体の反応は覚束ない。ガラス玉のような目は映すべき対象を探してさまようのみである。
カドはそこに〈死者の手〉で掴んだままのハルアジスの死体を突き出した。
「あなたたちが報復したがっていた敵はもう死んでいます。だから、残る未練を果たしてください」
この魔法の本来の使い方は、殺した相手への怨讐のままに解き放つことだ。
死体の修復の他、異様な強化などを施しても玉砕覚悟で突っ込んでくれるのである。そういう便利な鉄砲玉とするだけの、非情な魔法だった。
けれど恨みの対象が死んでおり、目の前には泣きじゃくる我が子がいる。
死んでなお抱き続ける感情はどのような優先順位で働くだろうか。
その答えはすぐに出る。死体の目に生気が宿ると、子供の前に跪いて抱き締めた。
「ごめ、んね。イき……て。イき、抜いて……」
死後、脳に障害を負ったままなのだろう。口にする言葉はたどたどしく、発音もどこか妙だ。
だがそれでも少女にとっては親の言葉として、はっきり受け取れたようだ。泣きじゃくりながらも、その言葉に頷いている。
彼女が納得し、親の未練が消えるまで、カドは付き合ったのだった。
□
その後、エワズの迎えでカドは少女と共にエルタンハスに帰還した。
そこで待っていたのは、これから叱ってやろうという意気込みありありで仁王立ちしているリリエとフリーデグントである。
「う、うわぁ……」
到着し、エワズの背から降りることになったのだが、カドはそれを前にすると動きを止めたくなる。
リリエに関しては、疲れもあるのに一人でハルアジスの始末をしたことに対しての怒りだろう。
フリーデグントは休むように言い含めたのに、〈遠隔五感〉を用いてさらに余分な労力を消費しつつ動いていたことに怒っているとみて間違いない。
「お、お兄ちゃん……?」
親の件もあって信頼してくれた様子の少女は、カドがぎこちない表情を浮かべていると、引っ付いてくる。
保護者陣からの抗議を避ける術はないだろう。
お手本に程遠い姿を少女に見せるのも憚られたため、カドは「ドラゴンさんの影で待っていてください」と言いつけ手前に出る。
仕留めてきたハルアジスの死体を免罪符の如く〈死者の手〉で掲げてみせた。
「えーとですね。敵将、討ち取ってきました。情報を得るために死霊術師の鑑識さんとかいないかなーって……」
「仮にも五大祖の一角をそんな簡単に落とせると思うなんてちょっと考えが甘かったんじゃないかしら?」
「大変な戦果だが、私は休むように言ったはずだ」
「おおう、取り付く島もない……」
いけない。リリエとフリーデグントの二人はどうあっても叱る気らしい。
表情を引きつらせたカドは、ある意味で共謀者のエワズにそそっと身を寄せる。
だが、卑怯なことにエワズはそっぽを向いていた。いつも何を考えているのかわからない顔で明後日を見ているサラマンダーとは違い、これは明らかに故意である。
入れ替わりがバレないようにトリシアからの模擬戦の申し込みは防いでくれたのに、これは薄情だ。
むむむと彼には恨みがましく視線を送った後、リリエとフリーデグントに向き直る。
「すみません。単に警戒しておくだけの予定だったんですけど、思いがけずに目標がやって来てしまって。でも、正面からはやりあわず罠にハメるつもりで接触したので酌量してもらえると……」
「それでも、もう少し周囲の確認を取るべきだったわね。まあ、警戒したくなる気もわかるけれどね?」
リリエはまったくもうと腕を組みながらも、許容してくれた様子だ。
フリーデグントも彼女の対応に免じてくれたのか、これ以上の口出しはしてこない。
それを目にしたカドはほっと胸を撫で下ろしつつ、問いかける。
「それで、確かめておきたいんですけど、集まった冒険者の中に死体の残留思念を解読できる死霊術師っていますか?」
これはカドにはまだ理解できていない領域の話だ。
例えば学問的に言えば、記憶は脳に保存される。それを魔法でどう出力するのかか理解できないのだ。
いっそ、頭が残っていたなら死体を操って自動書記させればよかったかもしれない。が、安全に安全を期して重要臓器と頭はすでに潰してしまっている。
参加者について把握しているはずのフリーデグントはふむと顎を揉んだ。
「クラスⅢのほとんどは剣士と魔術師、治癒師だ。その中に一人だけいるので、彼に望みを託す以外にはないだろう」
「おー、それは助かります。死体が新鮮なうちに取り掛かってもらいましょう!」
「カド君、言い方にももう少し気を払いましょうね……」
カドが使う魔法の場合、細胞が死ねばそれだけ補助する必要が増えて燃費が悪くなる。
残留思念の場合も徐々に拡散してしまうなどの理由から悪いことが多くなるかもと考えての発言だったが、リリエはため息を吐いた。
興味がない対象についてはまだまだ人間的配慮が足りていないらしい。
フリーデグントが言伝してしばらくすると、その死霊術師はやって来た。
ぼさぼさした頭に、身なりに気遣うことがあまりないのか汚れが目立つ中年である。じめっとして陰気な後衛職という雰囲気はまさに死霊術師のイメージそのものだ。就職先を神職と間違えている疑惑のあるスコットとはまた違った男である。
カドはそちらに〈死者の手〉を向けて死体を下ろす。
「すみませんがこれをお願いします。協力者やハルアジスが前もって仕込んでいた罠の情報なんかが出ると大助かりです」
「……っ!? 師が、本当に……!?」
師事していた相手の死体が目の前に晒されるというのは衝撃なのだろう。男は戸惑った様子で死体を受け止めた。
死体とこちらを交互に見比べた後、彼は頷きを返してくる。
「さあて、それじゃあ僕は――」
「変なことをする前に捕獲しておくわ!」
少女の面倒でも見なければいけないだろうかと思っていたところ、リリエに腰を掴まれ、持ち上げられた。
なんだろう。子供に担ぎ上げられる猫の気分である。
重力に任せて垂れたまま、上下逆さまにリリエと見つめ合った。
「いい? フリーデグントさんに言われたように、君は休憩よ」
リリエがそう言うと、フリーデグントが追従してくる。
「そうしてもらいたい。この少女については親類縁者が近隣の集落にいないか探すように手配しよう」
「あ、その辺りはやっぱり幅広い交友関係がある人頼みですね。よろしくお願いします」
「それとね――」
まだ何かあるのかと目を向けたところ、リリエは耳元で「死霊術師の彼、様子が変ね。脅されている、みたいな?」と囁いてくる。
天使としての感情を見抜く力だろう。
カドはハルアジスの死体を持って敷地の隅に移動し、魔法による調査をおこなおうとする男性に目を向けた。
まだこの事件は終わりではないとは思っていたが、残っている根は案外深いらしい。
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