使い魔に代行させます

 フリーデグントに約束を取り付けてしまった以上、無視というわけにはいかない。それに、エルタンハスにいる死霊術師から情報を得るのも急務だ。少なくとも立ち寄る必要はあるだろう。

 そんなことを思いながら住民の埋葬をひととおり済ませ、エルタンハスへの帰路に着こうとしたところ、フリーデグントの同行者は生き残りの少女に声をかけに行っていた。


 いくら集落とはいえ、この森は魔物が出る。そんな場所に子供一人残すというのでは良心が咎めるのだろう。

 埋葬跡に座り込む少女に彼らは「本当に一人で大丈夫か……? 一緒にいようか?」と深い同情を向けていた。


 だが、少女は無言で首を横に振り、頑なに断っている。

 彼女にとって信頼できる存在は、集落の外部から来た者によって全て死んだのだ。そんな状況では、集落外の人間とは一緒にいたくもないのだろう。


 あの場に近づいてしてやれることは何もない。

 カドはエワズと共に遠目で見守っていた。


『エワズ。フリーデグントさんにはあのように答えましたが、ちょっといいですか?』


 心を介して声をかけると、エワズは視線を寄越してくる。


『まさかあの男も警戒しているなどとは言うまいな?』

『いえ、多少はあります。エイルのお父さんらしいですけど、僕にとってはただの知らないおじさんですし。ただ、もう少し考えていることもありまして』


 傍から見れば内緒話をしているなんて誰にもわからないだろう。

 カドはそれを活かして、エワズにとある考えを伝える。

 フリーデグントは理解を示してくれるとはいえ、カドはまだあまり周囲を信用していないし、理解もされていない。そんな状況だからこそ、彼らには隠れて取りたい行動があるのだ。


 それを説明するとエワズは渋った表情を浮かべる。


『――まったく。トリシアには急ぎ成長してもらい、汝の手綱を握ってもらわねば困るな』

「ははっ。僕はいろんな魔法を覚えて手段が増えているんですから、束縛なんてしないでください。折角広がった選択肢が狭まっちゃうじゃないですか」


 そう言って返すとエワズはまた呆れたように顔をしかめたのだが、結局のところは理解を示してくれた。

 そんなやり取りを耳にしたメンバーからは一体何の話をしているんだと目を向けられる。


 カドはそれに対して手を上げて注目を集めた。


「はい、皆さん。ここにも〈剥片〉がやってくる可能性があります。巨大な個体に対しては直接かけないと意味がないんですが、予防薬を散布したいと思うのでちょっと我慢してくださいね」


 直後、カドは真っ白な霧が周囲を覆うほど盛大に〈毒霧〉を散布した。節足動物の神経系に作用する薬だからか、その影響で木々からぼとぼとと虫の死骸が落ちてくる。

 霧の中では驚いたメンバーが「うわっ」「きゃっ」などと声を上げていた。


 霧が晴れるなり、彼らには苦情じみた視線を向けられる。

 けれども彼らの視線はすぐに別の色に染まった。それは、疑問である。


「む。カド殿、傍に浮いている妖精は一体?」


 先程まで何もいなかったはずなのに、カドの傍には複数体の妖精が浮いているのだ。フリーデグントも含め、一体いつの間にと疑問の顔をしている。

 彼らも実力ある冒険者や自警団の一員なのだ。霧の中でも、接近する者があれば勘付く自信があったのだろう。


 彼らの視線を受けたカドは答える。


「〈毒霧〉の合間に〈遠隔五感〉という魔法で作った簡易使い魔です。物に触れたり、会話したりする程度なら可能なんですよ。ここに何かあればすぐに察知できるように、残したいと思います」


 小型で省エネな上に飛べるし、どこにでもいる妖精はこの〈遠隔五感〉で模造するのにぴったりの存在だった。仲良くして色々調べさせてもらった甲斐があったというものである。

 うむうむとカドが頷いている合間にこの人工妖精は辺りに散り、一体だけが少女の傍についた。

 こんな見かけなら、彼女の気持ちに障ることもないだろう。


 そうしてにこやかに対応しているカドに目を向けたエワズはひっそりとため息を零す。周囲にその意味を気付かせないうちに、彼はカドを咥えて背に乗せた。

 二人が帰路の準備をするとおり、エルタンハスに戻って報告をせねば要らぬ警戒も招いてしまうだろう。

 フリーデグントらも自覚して馬に乗ると、速やかにこの場を離れるのだった。




 

 カドが放った人工妖精は周囲を飛び回り、警戒していた。

 森の中は実に静かである。どこにも獣の気配がないくらいだ。

 しかし、いつまでも地上に残るというのは危険と少女も理解しているのだろう。


「おうちに、帰らなきゃ……」


 彼女はしばらくすると住民が埋葬された場所を後にして、集落への階段を登った。

 樹上に設けられた通路やログハウスはいたるところが破損している。自宅への最短ルートも使えなかったので、少女は余計に悲惨な状況を目にして帰ることになった。


 そして、家族がいなくなった自宅に着くと、一人、足を抱えて座る。

 思い出が残る場所でも、それに縋れるわけがない。家財道具に飛び散った血痕が辛い現実の象徴だ。

 全て壊れ、残されたのは我が身一つである。


「ううっ。お母さん、お父さん……」


 家に戻るとそんな実感がまた再燃したのか、少女はまた目に涙を浮かべてすすり泣く。

 妖精はそれをずっと傍らで見ていた。

 少女のもとに影が忍び寄り、背後から口を塞いで意識を消失させるまでの一部始終も含めて確認し、観察し続けていたのだった。




 

 □




 

 カドたちがエルタンハスに着く頃には境界主討伐組も帰還し、出迎えに来てくれていた。

 まあ、凱旋を迎える列とはまた違う。集められた冒険者は今後の対応を決めるためにも、巨大樹の森で何があったか情報待ちなのだ。

 フリーデグントが率先して前に出る。


「集落は死霊術師の手によると思われる攻撃で一人を残して壊滅していた。生存者にはカド殿が使い魔を付けてくれている。アッシャーの街に送った使者が戻るのは少なくとも明後日にはなるだろう。方針を会議するため、各部隊長とユスティーナ殿はご足労願いたい」


 基本的にクラスⅢが部隊長に据えられている。

 年長者がぞろぞろと歩いていく中、ユスティーナは名残惜しそうな顔をカドに向けつつ、そちらについていった。

 巨大樹の森に向かったメンバーが解散していくと、それに入れ替わるようにリリエとトリシアがカドとエワズのもとに集まってくる。


 擦れ違い様にフリーデグントといくらか会話したエイルも小走りでやって来た。


「不穏な話が出ていたけれど、無事に戻れたようでよかったわ」


 リリエがカドの様子を確かめつつ、胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます。ただ、まだしばらく警戒して当たらないといけないのが面倒なところですね」

「仕方ないわ。一つの派閥を束ねる人間が相手なんだもの。簡単に尻尾を掴めるようではその地位にいれないわよ」


 落ちぶれかけではあるとはいえ、この境界域では上から数えた方が早いことには間違いない。リリエも十分に警戒したているようだ。


「お父さんから聞いたよ。今日は私の家で休むことになるんだって?」


 擦れ違い様に話していたことはこれらしい。エイルが確認してくる。


「あー、はい。そういう話になっていますね」


 カドがぎこちなく受け答えをしていると、エワズからはちらと視線が飛んできていた。

 実情を知っているこの目は極力無視である。


「その話ともかく、トリシアさんとエイルに聞きたいんですけど、クラスアップってどんな感覚だったんですか?」

「「えっ!?」」


 何を驚く必要があるというのか、話題を振られた二人は赤面する。


「ど、どうって……、ねえ?」

「え、ええっと……」


 エイルに視線で返答義務を押し付けられたトリシアは裏切られたような顔だ。

 彼女はエイルを見つめ返そうとしたが、視線を逸らされる。その結果、もじもじとしながら答えた。


「そ、それは体が熱を持つと言いますか……」

「ははあ、なるほど」

「くぅっ、その話は置いておきましょう! それよりカドさん。身体感覚が多少変わってしまったので、手合わせでもしませんか?」


 この話題はさっさと変えたかったのか、トリシアはカドの手を持ち、強引に迫ってくる。

 するとどうだろう。カドの方がぎこちない表情となった。

 それを目にしたエワズはため息顔で翼を動かし、二人の間を割る。


『残念だが、今日は休息と決まったのだ。それに加えてカドは死霊術師連中に確認すべきことがある。控えてもらえぬか?』

「ああ、そうなんですね。わかりました」


 半ば、話題転換目的でもあったのだろう。エワズに言われると、トリシアはすぐに引き下がった。

 エワズの翼が退くと、カドはすぐに動き始める。


「そういうことです。すみませんが、僕はちょっと行ってきますね!」


 周囲を見回し、スコットの姿を見つけたカドはそう言い残すとそちらに走っていくのだった。

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