集落壊滅 Ⅱ

 これは半ば命令なのだろう。掴んだその腕は、ぎりりと音が出るほど強く握られている。

 騎士と傭兵の中間のような身なりで、クラスⅢでもある彼は相応の力を有しているのだろう。彼はたったそれだけで場の昂ぶりを鎮めていた。


 空気を改めるように息を吐いたフリーデグントはカドに向けて「すまなかった」と一言告げ、仲間に目をやる。


「贔屓目だが、彼は私の娘を助けてくれた。傍から見れば忌み子のような見かけの者すら助け、故郷に帰れるかどうか見届けるところまでやり遂げようとした少年だ。理由もなく人を害する者ではないと考えている」


 フリーデグントの声には迷いがない。

 彼ははっきりとした口調で、間違いを正そうとしていた。


「私たちが徒党を組んでいたとしよう。魔物の巣窟を歩いている時に私たちの気が抜けていたとしたら、斥候の君はどう動く? 諫めるだろう? それに等しい。彼は、彼にわかる範囲で警戒をしてくれていた。それは私たちの命だけでなく、少女の命を守ることにも繋がったかもしれない」


 斥候らを宥めると同時に、フリーデグントは少女にも目をやる。

 その穏やかの声と理論だった説明に異論が生じることはなかった。荒もうとしていた空気は次第に凪いでいく。


「本当の敵は、この集落を壊滅させた者だ。そこまでのことをする人間であれば、何をしてきてもおかしくない。それを警戒してのことだと理解してもらえると助かる。皆が冷静でなければ、私も指揮を取り切れない。堪えてもらえるか?」

「あ、いや……。団長は悪くない。ついカッとなった俺が悪かった……」


 斥候の男はそう言うとフリーデグントだけでなく、カドにも向き直って頭を下げてきた。

 周囲も十分に納得したのだろう。棘のある視線はなくなり、少女もある程度落ち着きを取り戻していた。


 それを見て取ったフリーデグントはカドに目を向ける。


「さて、カド殿。君が危惧していたことだが、対処法はあるか?」

「穏便な方法はないですね。僕の能力だけでは何の確証も持てません。ハルアジスは一体、何の目的でこの集落を襲ったんでしょうね? そこさえ見えないし、見回した限り手掛かりもないのでここまでです」


 それこそ、何かしらの仕掛けがあったとしてもこの少女ごと集落全てを消し飛ばすのが理想的だろう。だが、そこまで非道な対処は許されない空気だ。

 カドの言葉を聞いたフリーデグントは少女に歩み寄り、片膝をついた。


「住民を弔うのを手伝おう。何か希望はあるか?」

「うっ。ううっ……。死んじゃったらみんな……、土に……」

「心得た。土葬をするように取り計らおう。その後、君はどうする? エルタンハスに避難をしないか?」

「ひっく。ひっく。いや……。わたし、ここにいる……」

「……では、今日は引き上げよう。後日、また迎えに来る。何かあればのろしでも上げて知らせて欲しい」


 嗚咽を漏らしながらも答えた彼女に頷きかけると、フリーデグントはエワズに視線を向けた。

 確かに彼の巨躯であれば二百名を埋める大穴でもすぐに掘れることだろう。

 エワズは頷きを返すと、地面に降りて犬掻きで穴を掘り始めた。


 穴を掘り終えれば住民の遺体を埋めて、引き上げるのみ。この場には来たものの、様子を確認できただけだ。

 カドは顎を揉み、先程自分で口にした懸念について考える。


(ただの腹いせ以外に、この集落を壊滅させる意味なんてあるんですかね……? うーん、僕の知識では足りないな。スコットさんでも連れてくるべきでしたか)


 住民のほとんどはクラスⅠで、魔力量もほとんどない、ひ弱な存在だ。ゾンビにしてもたかが知れているし、〈剥片〉の餌にしたところで大したことはない。

 魔力量の大きなガグがランクアップするからこそ、〈剥片〉は脅威なのだ。


 やはり、この集落を襲った理由が見えないままだった。

 この場以外でも何かをしていると推測して見回りでもした方が有意義かもしれない。

 そんなことを考えて難しい顔をしているとフリーデグントが近づいてきた。


「カド殿。また対策を考えているんだろうが、待つんだ。君はエルタンハスに来てから動き通しだ。大事な戦力でもある君には休んでもらいたい。代わりに、エルタンハスに集った死霊術師の知恵を借りつつ、実働部隊を出そう」

「いえ、そこまでの必要はないです。体力もまだありますし」

「そうであっても、今宵くらいは休んでもらう。それに、娘を助けてもらった礼もまだしていないのだからな」


 冒険者の中で一番の実力者であるユスティーナが指揮しない以上、彼が大蝦蟇討伐における最高責任者になるのだろう。

 その権力をもって押し通したいようだ。


 睡眠時間は短めであるものの、無理はしていない。けれども、ここまで強く言われるのだからそんな言い訳は通じないのだろう。

 困った顔をしていると、心にエワズの声が響いた。


『カドよ。その者の言葉も一理ある。それに、汝が拠点を離れることも得策とは言えぬかもしれぬではないか。せめて休める機会に休むが良い』


 保護者であり、足でもあるエワズにそう言われては仕方がない。

 このフリーデグントからの配慮はどうにも手厚くて受け入れがたいのだが、応じるほかはないようだ。カドは諦めて折れる。


「わかりました。今日は与えてもらったテントで休ませてもらいます」

「いや、昨日の深夜のこともある。君と関係者くらいは我が家に来てもらうとしよう」

「あー……、はい」


 何が何でも娘についてのお礼がしたいのだろうか。フリーデグントはカドの肩を強く掴んでくるのだった。

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