集落壊滅 Ⅰ

 カドとエワズはガグの黄泉路から飛び上がると、文字通り一直線に巨大樹の森を目指した。

 樹高五十メートル程度の木々が生い茂る森で、そのまま普通の森に移行していく大森林だ。遠目ではちらほらと黒煙が上がっていることしかわからない。


『森林火災にしては煙の量が少ない。やはり人為的なものか』

「だと思います。地面は水分をよく吸った腐葉土があって、生えているのも巨大な生木。ちょっとやそっとじゃ燃え広がったりしないですよ」


 ログハウスなど、伐採してから時間を経て乾燥したものでもなければ炎上しないだろう。

 しかも複数個所から上がっていることから、偶然の火災とは考えにくい。

 この異変はエルタンハスの人間も察知したようで、馬で五名ほどが駆けてくることが見える。エワズの方が速いので、こちらの到着から十分もすれば合流できるだろうか。


『して、カドよ。ハルアジスがいた場合は如何とする?』

「僕が中距離でけん制しつつ、エワズに最大火力で消し飛ばしてもらうのが楽だと思います。死霊術師は直接の戦闘能力は低いですけど、仕込めば仕込むほど強みが増します。しかも経験も知識もあちらの方が絶対に上ですからね。真相究明のための無駄話なんていらないです」

『うむ。妥当であるな』


 カドは昨日の夜にリリエと天啓の更新をして術数は大いに増えた。習得したいと思っていた〈死体経典〉どころか、〈死屍跋扈(カタストロフィ)〉なるクラスⅤの魔法まで習得したことは僥倖と言える。

 しかしその多くはカドが理解している生物の機能に作用する魔法ばかりだった。


 例えば相手の魂を抜き出すだとか、何かに憑依させるだとか、死霊を作成するだとか、悪魔の召喚、自分が傷を負ったら相手も負傷する呪いをかけるなど、死霊術師らしい魔法は会得しなかったのである。

 つまり、クラスで上回るからといってハルアジスの上位互換にはなっていないのだ。


 意見を合わせた二人は間もなく煙の出所に到着した。

 巨大樹の森の集落は樹上に作られたログハウスを吊り橋で繋げた様式となっている。かなりの軒数があり、住民は二百人を下らないだろう。

 しかし――。


「ああ、これは全滅ですかね」


 黒山羊、サラマンダーと共に集落に降り立ち、周囲を見回したカドはそんな実感を抱いた。


 体が弾け飛んだ死体に、体内から多数の肋骨が突き出して事切れた死体。体液を流し、毒殺されたと思われる死体。

 弾け飛んだのはよくわからないが、肋骨が突き出したのは〈操骨〉というクラスⅡの魔法と思われる。

 十中八九、死霊術師の手によると思われる惨状だ。


 距離を取って眺めるエワズと共に確認して回ったが、住民が飼う家畜に至るまで死んでいる。

 これは生存者なんて望めないだろう。

 そう思っていたところ、エルタンハスからの増援が到着した。


 自警団の長であるフリーデグントとクラスⅢの冒険者が一人。あとはクラスⅡが三人付いている。

 ハルアジスに遭遇することも見据えていたのか、前衛から後衛まで揃った布陣だ。


「カド殿! 集落の様子は如何か!?」

「多分、全滅です。周囲の魔素も見回してみましたが、ハルアジスは確認できません」


 呼びかけると、彼らは馬を近くに繋いだ後、集落への梯子を登ってきた。

 冒険者として死体慣れはしていても、爆殺や毒殺は見慣れていないのだろう。彼らは惨たらしい死を前に顔をしかめている。

 それに反してカドは計算結果を見るような様子だったのが目についたのだろうか。一部の者には棘のある視線を向けられる。


「……そうか。残念な結果だ」


 しかし、フリーデグントにはそんな様子はない。

 彼は仲間の視線に気づいた後、敢えてそれ遮るようにカドとの間に入ってきた。


「近隣住民としてのよしみもある。すまないが、生存者の捜索や消火のついでに遺体を集めて葬ってやりたい。手伝いを頼めるだろうか?」

「ハルアジスの状況を調べられる痕跡も残っているかもしれないですからね。問題ないですよ」

「では皆の者もよろしく頼む。何かがあれば彼や守護竜殿の力を借りることになる。互いの距離は考えて行動してくれ」


 カドはあくまで仲間である。それを婉曲に伝えようという言葉選びをしてくれているのだろうか。


『配慮ある人間であるな』

『そうですね』


 人知れず感謝の念を送るようなエワズの感情が伝わり、カドは応答する。

 カド本人としてもこの気遣いがわからないわけではない。


 ただしありがたいと思いつつ、この裏に打算や企みはないだろうかと疑ってもいる。そんな内心を自覚すると、ため息を吐きたくなってしまった。

 やはり自分は人らしさというものをどこかに忘れてきたままなのだろう。


「さて、それじゃあ動くとしましょうか」


 気持ちを切り替えたカドは黒山羊を伴って行動を開始した。

 家屋の内部を覗き、遺体があれば黒山羊の触手を巻き付けて引きずって次の家へ。

 そんな具合に動いて一時間が経過し、粗方の捜索と遺体の運搬を終えた時、応援の一人が声を上げた。


「おおーい、こっちの樹のうろに生存者がいたぞ!」


 見れば、斥候の身なりをした男が集落の通路が設置されていない樹木を飛び移りながら一人の少女を抱えて戻ってくる。

 その姿に似つかわしい目の鋭さか、追跡するためのスキルでも有しているのだろうか。


 小さく縮こまった彼女は、震えながら各々の顔を確認していた。

 もう作業がほぼ終わっているだけに人が集まり、彼女の様子を窺う。


「この集落の娘だね?」


 フリーデグントが問いかけると、少女は頷いた。

 彼女は降ろされるなり面々から離れると、集落の人間の遺体を前にして泣き崩れる。


 自分以外が全滅していたら泣き崩れたくもなるだろう。応援に来たメンバーは泣きじゃくる彼女に声もかけられない様子だった。

 しかし、カドは彼女を見ながらふむと思考する。


 こんな風に集落の人間が全滅するレベルなのに、彼女は何故生きているのだろうか。

 こちらのメンバーが見つけられなかったように、純粋に上手く隠れたという線も十分に考えられる。

 だが、自分がハルアジスなら、そう見えるように彼女を生かし、何らかの罠でも仕掛けるところだ。


(この子の魔素はクラスⅠ。何らかの魔法をハルアジスがかけたようには見えないですね。少なくとも、魔法で動かされた死体ではなさそうですが……)


 なら、〈対価契約〉や〈呪式契約〉といった物事を強制させる魔法、暴力や恐怖による強制はどうだろうか?

 ――恐らく、その有無を調べる術はないだろう。


 そんなことを考えていると、斥候の男が横合いから睨んできていることに気付いた。


「おい。お前、この子相手に何を考えている……!?」


 とても同情の表情には見えなかったのだろう。

 男は詰め寄ってくると襟を掴んできた。


 この行動で少女も何かされそうだと悟ったのか、怯えた様子で後ずさった。

 一転して真犯人にされたかのごとく、きつい視線が周囲から向けられる。


 何だろうか、この敵意の表れは。

 冒険者とは一か月前には敵対した間柄だ。表情の下に不信感が隠れていたのには気付いていたものの、表面化すると途端に感情が冷え込んでいく。


 カドは正直に答えた。


「僕がハルアジスならこの子に何かを仕掛けそうだと思って、いろいろと勘繰っていました」

「お前、そんなことをしていいと――」

「待ちなさい。彼を放すんだ」


 今にも殴り掛かってくるのではないかと思われる位に興奮していた斥候の腕を、フリーデグントが掴み止めた。

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