境界主討伐戦 Ⅱ

(ギルドが集めただけあって、全員がかなりの使い手ですね)


 トリシアは黄泉路についてからの周囲の働きを見て、密かに舌を巻いていた。


 オーヴェラント家はリーシャを排出する以前から剣を生業とする家系だ。

 地上の国に仕える騎士はもちろんのこと、場合によっては傭兵を輩出することもある。近年の子供は剣の一派から逆輸入された剣士によって剣を教えられ、士官学校などに入ってさらに学ぶのが通例だった。


 同じクラスⅠの冒険者と並び立てば文武のどちらでも劣ることはない。

 そう思っていたのだが、この集団に入ると立場も危うく思える。


 境界を間近に控えた頃、カドを拾ったエワズが上空に戻るのが見えた。

 先行していた斥候が敵影なしのハンドサインで合図してきたので、トリシアらも後に続く。


「魔術師とスコットは開幕に攻撃を叩き込む準備をしとけ! ドルイドは境界主のアースガグが放つ魔法を逸らすためのデコイを準備。俺とトリシア、エイルで境界主の相手をするから、残る前衛と中衛は取り巻きのガグを抑えてくれ」


 元々、クラスⅢのエースだったイーリアスはこのメンバーの中でも戦歴が突出していたためにリーダーとして振る舞っている。


 自分とエイル以外は境界主討伐経験者らしい。

 自分たちが境界主から目を離して戦えば、他の人間がそれをするよりも危険だろうという判断からこのような配分となった。


 無論、相手の詳細については事前に聞いているので虚を突かれる危険性は低い。こんなところで躓いていてはカドたちの冒険についていくことすらままならないだろう。

 抜刀したトリシアは精神を集中させる。


「圧倒しましょう、エクレール」


 自分の中から力が剥がれ落ちる感覚と共に、白い人型が傍らに出現する。

 これはカドのサラマンダーと同じく、従者のようなものだ。


 オーヴェラント家に伝わる守護霊の分霊で、トリシアの魔素を糧として寄生している。分霊を満足させ続けることができれば、手軽に高性能の従者になるというわけだ。

 惜しむらくは本物の従者や使い魔よりも燃費が悪いことである。


 それは人の身丈を上回る二メートル程度の白い躯体として顕現した。目を向けたイーリアスは口笛を鳴らす。


「ひゅう、嬢ちゃんやる気だねぇ。おっと、お出ましだ」


 彼がにやけて言葉にした途端、境界近辺の地面が強く発光した。

 湖面から浮き上がるように八体もの巨体が出現する。境界主であるアースガグのほか、ガグ七体だ。

 こちらを目で捉えたガグたちは一斉に雄叫びを上げ、空気を震わせる。


 問題はない。昨日深夜に吼えたエワズの方がよほど恐ろしかった。


「今だ、撃てっ!」


 イーリアスの指示で後衛の魔術が放たれると同時、周囲に木人じみたデコイが生まれる。

 ガグの身体能力はこちらよりも上なため、境界主に魔法を放たれればジリ貧だ。手早く仕留めるためにも、イーリアスは真っ先に駆け出す。


 だが、トリシアはそれを追い越して接敵した。


「あっ、おい……!?」

「私は足止めをしますので、トドメをお願いします!」


 アースガグから伝わる魔力の圧から、足踏みをするほどの驚異ではないと判断した。

 イーリアスにはここぞという時のために控えてもらった方が攻守ともに安定することだろう。

 有無を言わせない間しかなかったが、渋々と承諾してくれたのは表情から見て取る。


「エイル、嬢ちゃんの援護を頼む! 状況によっちゃ俺も加勢する!」

「わかった!」


 イーリアスが減速し、エイルがついてくる。他の冒険者はガグを抑えにかかったところだ。

 状況を見て取ったトリシアはアースガグを睨む。


 このアースガグは基本的に普通のガグと変わらない。強いて言えば体が二回りほど大きく、体色が黒ずんでいるくらいしか違いを持たないだろう。

 彼我の距離は残り十歩余り。まだ互いに間合いでないことから、アースガグの魔法が放たれた。

 獣の咆哮とともに地盤が捲れ上がり、五本もの石柱がこちらに飛ばされてきたのである。


「後続もいます。エクレール、叩き潰して」


 守護霊に命じると、前に出て石柱を腕で払ってくれる。

 その脇を抜けてアースガグの間合いに入ると、巨腕が振り被られた。直撃すれば体はいとも簡単に挽き潰れてしまうことだろう。

 しかし、それを素直に受けてやる義理はない。


「我が前に在る無頼の元素に命じます。刃を、ここに。〈剣卸し〉」


 叩き落とされんとするアースガグの腕を睨むと、その前に魔法が具現化する。

 敵がだだ漏れにしている魔力に作用し、形を変容させると不可視の刃となったのだ。


 アースガグはそれが配されているとも気付かずに腕を振り下ろし――自らの力で腕を切り落とす羽目となった。

 多少の傷では呻きもしない怪物だが、腕まで失うと絶叫する。この体躯に似合わず、金属を引っ掻くかのような音だ。


「エクレール、雷撃で目鼻を焼きなさい!」


 腕を押さえ、天を仰ぐように絶叫するアースガグは隙だらけだ。

 トリシアは守護霊に命じると共に自らも駆け込み、股を潜り抜けると共に剣を振るって左足の腱を両断してやる。加えて、先程の〈剣卸し〉で生成した刃を操り、後方から膝を刺し貫いてやった。


 守護霊は自分の腕を千切ると、それをアースガグの顔面に放る。

 次の瞬間、それは紫電となってアースガグの顔面を焼いた。


「はあああぁぁぁっ!」


 そうしてアースガグが膝をついたところにエイルが駆け込んできた。

 彼女は武闘家としての攻撃スキルを発動させ、それでもってアースガグの喉を打ち浮いたらしい。

 続けて、昏倒するように背から倒れんとするアースガグの心臓にイーリアスが剣を突き立て、勝負は決した。


 境界主の体は致命傷を負うと魔素に還り、その崩壊に合わせて取り巻きのガグも魔素に還る。

 場を満たすように漏れる大量の魔素はクラスⅠとⅡが混ざりあったかのような紫と藍色の中間色だ。

 その魔素をいつものように吸収する。


 すると、どうだ。


「んっ……!?」


 まるで水を混ぜると急に熱を発するもののようだ。

 吸い込んだ瞬間から体の内で強い熱に変わり、酷く疼く。クラスⅠからⅡへ体が作り変えられている作用なのだろうが、これは驚くほどに大きな変化だ。


 見ればイーリアスら経験者は平然としているが、同じく初心者のエイルは息を荒くしてへたり込んでいる。

 足腰が立たなくなるのはトリシアも一緒だ。熱に耐えかね、膝をついてしまった。


「ランクアップの副作用だな。おい、嬢ちゃん。大丈夫か?」


 武器を収めたイーリアスが気にかけて近づいてきた。


「寝込むやつもいれば、昂ぶって一昼夜お盛んになるやつもいるが、死にゃしねえよ。看病してやろうか?」


 そう言って、彼は手を差し伸べてくる。


 イーリアスの言葉はわからないでもない。

 先程までは酷く熱を持っていたが、今は熾きがじりじりと燻ぶる程度までは落ち着いた。

 風邪と違って別に怠さはない。その熱が体を火照らせていると言うなら、確かにイーリアスが語るものも頷ける感覚だった。

 これをどう鎮めるかについては人それぞれ対処法があるのだろう。


「い、いえ……、お気遣いなく」


 しかし、イーリアスはその辺り据え膳はしっかりと頂く男だと今までの付き合いでも察せられた。

 手を取るということはハメを外してもいいという返答にもなりかねないので、トリシアは首を横に振って返す。

 ちぇっと少年のようにすねた顔をしたイーリアスは続いて周囲の様子を見に行こうと離れた。


『トリシアよ。大事ないか?』


 そんな事をしている間に、エワズが地上に降り立った。

 その背にいるカドといえばこちらを見ることもない。魔法で虫の死体を飛ばすと共に自分の目でも周囲を見回し、〈剥片〉やハルアジスを警戒している。


 これから仲間となるのだから、少しばかりは気にかけてくれたらいいのにと息を吐きたくなってしまった。

 トリシアは態度に出すのを堪え、エワズに視線を返す。


「問題ありません。ありがとうございます」


 そう口に出すと、耳で捉えたのかカドと目があった。

 ふむと頷いた彼はそのまま周囲の様子を確かめるためにまた別方向を見てしまう。大事なければとりあえずOK。その程度の認識なのだろう。

 本当につれないものだ。


『時にトリシアよ。懐かしき技を見た』

「〈剣卸し〉ですか?」

『うむ』


 問いかけるとエワズは肯定する。


『あれは敵や大気の魔素を攻撃に転化する呪い。故にこそ、同格以上を相手にした際も立ち回ることが出来る利便の良い技だ。リーシャはこの境界域最強の剣士と謳われたものの、ただの剣士と論ずるのは難しい。己の戦い方を見つけるには苦労することになろう』

「わかりました。気をつけておきます」


 同じ技を使えていたというのも、同じ血統故なのだろう。

 家についている剣士が教えてくれたのも確かに基本の剣術のみだ。

 どのように戦うのが良いのか。それを学ぶには、先祖と行動を共にしたエワズ以上の適任はいない。力強く頷きを返す。


 そうしている間も、カドはふらふらとしていた。

 周囲の状況を確かめ終えた彼はエイルの様子をちらっとだけ確かめ、回れ右。どこに向かうかと思えばスコットを前に会話している。

 どうやら死霊術師の魔法を中心にいろいろなことを話しているらしい。


 目標から目標に移って消化するばかりの冷血人間ならまだしも、多少は人付き合いも考えてくれる節があるので、こういうときの素っ気なさにはやきもきしてしまう。

 トリシアは、むむむと彼の背を睨んでいた。


 そんな時のこと。ひと仕事やり終えたこの場に似つかわしくない困惑の声が上がる。


「お、おい。あれはなんだ?」


 斥候を務めた男の声だ。

 彼が指を差す方向に全員の注目が集まった。


 煙だ。空に向かっていくつもの黒煙が上がっている。これは狼煙などではない。

 それを目にしたイーリアスは眉を寄せる。


「おいおい。まさか俺たちの留守に襲撃があったんじゃねえだろうな?」

「ううん、違う。あれはエルタンハスとは別方向。巨大樹の森がある方だよ」


 土地勘がないイーリアスが勘繰っていたところ、エイルが否定した。

 エルタンハスに来た際、周辺の地理については学んでいた。


 なんでもこの近隣にはもう一つ巨大樹の森に住む民がおり、木こりとして生計を立てているそうだ。

 つまり、もし襲われたとするならばそこの民だろう。

 それを目にして一番に動いたのはカドだ。彼はすぐにエワズに飛び乗った。


「僕が調べる前に先手を打たれたかもですね。僕とドラゴンさんで様子を見てきます。ユスティーナさんは皆の護衛をしてエルタンハスに戻ってください」

「ええ、承りました」


 カドに言われると、ユスティーナは粛々と頷く。

 戦力の分散としては痛いところだが、真っ向勝負をするならばそれでもまだ負ける戦力ではない。即決されると、カドはエワズと共に空へ飛び立つのだった。

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