境界主討伐戦 Ⅰ
クラスⅣや五大祖といえば、このアツィルト境界域において間違いなく最上の冒険者だ。たとえ戦力に乏しくとも、クラスⅢ以下には到底真似しえない能力を持つ。
剣士では竜やゴーレムを斬り倒し、魔術師にあっては地形すらも変える。
錬金術師は様々な金属を操り、ゴーレムやホムンクルスも並みの冒険者以上の能力を持つ個体を作成する。
治癒師や死霊術師では瀕死の者さえ復活させ、生命を自由に操るとさえ言われる。
戦力においては一人で兵隊千人以上の価値とされ、経済においては一人で市場の常識や状況を一変させるとさえ言われるのだ。それが敵に回っている可能性があると言えば、冒険者にも少なからず衝撃があるはず。
ユスティーナはそれを危惧してまずフリーデグントに話を通したのだが、この話は冒険者全体に共有されることとなった。
ハルアジスの〈死体経典〉とバジリスクの骨片によって誰でも石化させかねない小さな〈剥片〉も、カドが生み出す薬で予防できる。
戦力的にはクラスⅥのリリエ、クラスⅤのカドとエワズ、ハルアジスと同じく五大祖でクラスⅣのユスティーナまでいるし、冒険者も精鋭揃い。そういった理由から、隠し通す方がかえって悪い影響を及ぼすと考えられたのだ。
現在はカドによる剥片予防を全体に施した上で、クラスⅠのランクアップを図って境界主討伐に出向いたところだ。
地上ではトリシアやエイル、イーリアス、スコットを含めた十余名のクラスⅠと、雑用を担うクラスⅡが馬に騎乗してガグの黄泉路を目指している。
また、その集団はユスティーナが作り出した人狼が先導しており、その肩には岩壁に立つ山羊のようにカドの黒山羊が乗っていた。彼らはランクアップしたガグが見つかった際の護衛である。
その上空を飛ぶエワズにはカドとユスティーナが騎乗していた。
この二人は下に何かがあった時の保険であるが、今は手持ち無沙汰なので別のことに集中している。
それは死にかけの魔物の保存だ。ユスティーナが極小サイズの〈剥片〉でおこなった技術を、カドはタニシに似た魔物で練習している。
これは水辺に生息し、人を毒針で刺すイモガイみたいなものらしい。
「魔素に還りつつある魔物の体を魔素補完によって繋ぎ止め、維持するのです。この働きかけが強すぎれば崩壊を助長してしまい、弱すぎれば繋ぎ止めることができません」
「うーん、難しい……。忌み子化した人間だったら正常な体の機能が維持できるように体液の循環を整えた上で、足りない臓器を肉付けすればどうにかなったんですよ。これはそういう操作とまた違って制御しきれないですね」
「治癒師としても忌み子の治療は何度となく研究されましたが、カド様の言うそれを実現できた報告はありません。かく言うわたくしもそうです。血流を操作すること自体が複雑怪奇で、魔素補完によって欠損部位を補おうにも、どこかで循環不全を起こして死亡するのです」
殻を潰して死にかけにしたタニシ型魔物は、カドの手の中で魔素に還るばかり。
カドが言う忌み子の治療を耳にしたユスティーナもまた難しい顔で唸る。
これも治癒師と死霊術師の得意とする領域が異なるからだろうか。
目的地に着くまでは幾度となく繰り返したものの、成功の糸口さえ掴めなかったカドはお手上げをする。
「これは困りましたね。僕にセンスがないというだけなら良いんですが、死霊術師全体に難しい芸当だとするなら、ハルアジスにはまだ治癒師や錬金術師といった協力者がいてもおかしくないってことにもなりそうです」
カドが眉を寄せていると、ユスティーナは神妙な顔で頷いた。
「可能性は高いと思います。加えて言うなら、協力者もまた実力者かと。単なる治癒と違い、別種の生物を繋ぐ場合はさらに繊細な調整が求められます。これは治癒師や錬金術師でも難しい芸当なのですよ」
ふむとカドは顎を揉む。
要するに、魔素補完とは現代医療で言うところの縫合糸など、拒絶反応の少ない医療器具みたいなものだ。いずれは体が吸収し、元に戻る。
けれど自分とは違う存在――臓器移植をする場合はさらに難しい。吸収性の縫合糸で縫い付けるだけでなく、拒否反応を封じるためにずっと免疫抑制剤を飲み続けなければならない。
別種のものを繋げるということは、そんな作用も持たせた上で維持する必要があるのだ。
死霊術師が得意なのは血流操作のみなので、この領域となると不可能に近い。
長として老成したハルアジスであれば可能だったのかもしれないが、ここはスコットに訊ねてみなければ判然としないだろう。
「ハルアジスの具体的な目的はわからないのが悩ましいですね。僕たち二人や冒険者への復讐を狙うだけなら、小さな〈剥片〉による奇襲を防いだ今、別の手で攻めてくると思います。同じ技能を持っている僕があいつの立場ならって考えると、この場を早く離れて近くの山野を確かめたいんですが……」
リリエやエワズがいる以上、直接的な戦力で乗り込んでくることはまずありえない。
例えば〈剥片〉に頼らない別種の戦力を調達したり、水脈を毒で汚染したりなど、何かしらの準備をおこなうはずなので調べたいところだ。
ユスティーナも今後の展望について眉を寄せる。
「協力者に関しては申し訳ないですが、現状では追えるだけの情報が足りておりませんね。治癒師も錬金術師も、一枚岩ではございません。外からは想像できないかもしれませんが、私たちの内輪揉めは酷く醜悪なものなのです」
彼女は珍しく人らしい感情を見せる。何かしら重い経験の一つ二つでもあるのかもしれない。
そう思っていたところ、エワズの声が割って入った。
『汝らよ、話し込むのはそこまでだ。目的地に着いたぞ』
エワズの声で眼下に視線を落とすと、ちょうど黄泉路に差し掛かったところだ。何かがあれば援護に入れるよう、こちらも高度を落として備える。
トリシアらはついてきたクラスⅡの冒険者に馬を預けると、臨戦態勢で黄泉路に踏み入っていった。
上空から確認する限り、クラスⅡにランクアップしたガグは確認できない。となれば人狼と黒山羊の護衛もここまでだ。
ランクⅠばかりとなるものの、心配はいらない。
トリシアとエイル以外は素体が壊れたことで作り直しとなった混成冒険者ばかりだそうだ。一度は越えた場所とあって、そのメンバーの動きは的確である。
前衛、中衛、後衛が綺麗に機能し、遭遇するガグを瞬殺していった。
「さて、あちらは程なく境界に到着しそうですね。では、手はず通りに僕は予防線を張りに行ってくるので、ピックアップをお願いします」
『うむ。行くがいい』
応答を確かめると、カドはいつぞやと同じく〈死者の手〉による着地補助で境界前の開けた場所に着地し、トリシアたちに先んじた。
「今は異常なし、と。さっさとお仕事を終えて戻りましょう」
カドはその目で周囲を見回し、クラスⅡ以上の魔素を放つ存在がいないか確かめたが、引っかかるものはない。
ここで彼がおこなうのは、〈毒霧〉の散布だ。
例えばハルアジスが操る〈剥片〉が境界を越えてきたとしても、トリシアたちに接触したり、境界主に何かをしたりする前に毒死させる目的である。
早々に散布を終えたところでエワズが下降し、口で咥えて拾ってくれた。
その背に戻ったカドは、ユスティーナに問いかける。
「あのメンバーなら境界主を倒すのも問題ないって聞いたんですけど、クラスⅡが助力に入った方が楽なんじゃないんですか?」
「いえ、そうはなりません。第一層の境界主はパーティのクラスと魔素に応じて出現数が増えるのです。クラスⅡ一人につき境界主が一体増え、クラスⅡ五人やそれ以上のクラスが一人以上いれば境界主は出現しなくなります。クラスⅠのみで構成されていれば、境界主一体と取り巻きのガグのみしか出現しません」
クラスⅡが出張れば、クラスⅠが戦うには厳しい戦いとなっていく上に参加人数も搾らなければいけなくなるのでランクアップの効率が悪くなるのだそうだ。
なるほどと頷いていると、トリシアたちはやって来た。
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