暗躍する者と、長くはもたないシリアスⅡ
「つまり、この〈剥片〉は何者かが加工したもので、その者はユスティーナ殿に加えてカド殿も狙っていたと?」
石化した〈剥片〉をしげしげと見つめるフリーデグントに目を向けられたユスティーナは頷きを返す。
「状況を見ると、その判断が正しいと考えております。恐らく、本当でしたらこれに寄生させたまま、宿主まで石化させたかったのかと」
あの後、ユスティーナと同じく第二層に向かったメンバーの体を確かめたのだが、寄生されかけた痕跡が見つかったのはこの二人のみだった。
本来であればこの〈剥片〉を同化させて一緒に石化させたかったが、カドの薬が作用して同化しきる前に死に、〈剥片〉のみが石化することとなった。そう読めるらしい。
フリーデグントが腕を組んで思考していたところ、今度はリリエが発言する。
「それから、石化に関しては私にもわかるわ。細かい加護持ちの幻想種に関しては把握しきれないけれど、境界域において石化を使うのはゴーゴン、コカトリス、バジリスクにカトブレパス辺りね」
「このように二つのものを調和させられるのは治癒術や錬金術によほど長けた者くらいだと考えます」
リリエの言葉に、ユスティーナが補足する。
さらに、カドにもわかることがあった。
「石化に関してはリリエさんが言ったどれかの遺体の一部と、死霊術師の〈死体経典〉を使ったんでしょうね。こんなに小さな欠片だと、魔法を発動しただけでは大した効果は得られない。だから〈剥片〉で同化させた上で石化の浸食をさせようとしたんだと思います」
第二層に踏み入った後にリリエと天啓の更新をして、クラスⅣの死霊術師の術であるそれを会得したからこそ理解できる。
遺体の一部を利用することで、その個体が最も得意とした技能を発揮する死霊術師の奥義とも言える魔法だ。
そして、これだけの要素が集まると一つの当て推量ができた。
カドはリリエとユスティーナの言葉を加味し、結論を述べる。
「死霊術師の一派を解体、吸収されたハルアジスは僕とユスティーナさんを恨んでいる。だから秘蔵のバジリスクを使って殺そうとした。そういうことかもしれませんね」
「わたくしもあり得ると思います。彼は五大祖の面目を潰したということで拘束される予定でしたが、黄竜事変の混乱に乗じて逃げ失せてしまいました。彼は先代から当主を引き継ぐまでは純系冒険者としてクラスⅣまで上り詰めた方だったそうです。近年は振るっていませんでしたが、十分に優秀な方だったのでしょう」
死霊術師の壊滅に携わったカドのみならず、死霊術師の派閥を傘下に入れた治癒師――その当主であるユスティーナも恨みを買ったと考えても何らおかしくない。
ユスティーナの言葉は、今後にかなりの暗雲をもたらすものだ。
彼がどこかに潜伏しており、僅かなメンバーで第二層に乗り込んだ隙を狙って暗殺しようとしたのだろう。
それを耳にしたフリーデグントは重苦しい表情で顎を揉む。
「つまり、今回の騒ぎに乗じて五大祖の一角が猛威を振るうかもしれないと?」
「十分にあり得ます。そして、彼が恨んでいるのはカド様とわたくしのみかどうかも怪しいかと思われます。幾度かお会いしましたが、自尊心のみならず敵愾心も人一倍持つお方でした。最悪は、彼を認めず、居場所まで奪った冒険者全体を恨んでいるかもしれません」
確かにカドとユスティーナが狙われはしたが、誰も存在を知らなかった時点で真っ先に落とそうとした難敵がこの二人だっただけとも考えられる。
確かなのは、今回の問題解決がより一層難題となったことだけだ。
フリーデグントは悩ましそうに眉をひそめる。
「了解した。クラスⅣが敵に回るとなればギルドと管理局も一層に事態を重く見るだろう。アッシャーの街に増援を要請する。そして、戦力の増強と備えは早くしておきたい。明朝、クラスⅠの者たちに境界主の討伐をしてもらってクラスアップを図り、警備体制を強化しよう。大蝦蟇討伐は、街から返答があるまで延期とする」
大蝦蟇はエワズとリリエで追い返し、カドとユスティーナの二人がいれば〈剥片〉も恐るるに足らない。
さらにはクラスⅡだけでなくクラスⅢの冒険者もいるのだから万全――そう思っていた当初の公算は崩れそうだ。
綻びが見えている以上、敢えて作戦を決行する愚は冒せない。
彼の判断は妥当なところだ。この場から否定の意見が上がることはなかった。
ひとまずの方針決定は終了。そう思われた矢先、カドは手を上げる。
「あ、それなら僕への攻撃に周囲が巻き込まれるのを防ぐためにも、僕はドラゴンさんと一緒に別行動をしたいと思います。ちょうど、調べたいこともあるので」
「はいっ! はいっ! それでは同じく狙われているわたくしも同行いたします!」
カドが発言したところ、ここぞとばかりに飛び跳ねてユスティーナが主張してくる。
確かに、ターゲットと思われる二人が分かれては被害を防ぐにも非効率だろう。素直に納得できるところだ。
「それなら私も行くわよ!?」
続いて、くわっと目を見開いたリリエも主張してくる。
何かとユスティーナの行動を気にする彼女からすると、看過できないのだろうか。
しかしこの点についてカドは首を傾げる。
「でもそれだと、万一、ここにハルアジスが来たりした時に捻る役がいませんよね?」
「うっ……!?」
指摘してみると、リリエは酷く狼狽えて後退する。よほどダメージが大きかったのか、彼女はよろよろとしていた。
けれど立て直しは早い。再起動した彼女はトリシアに飛びついた。
「トリシア・オーヴェラント!」
「ひゃいっ!?」
肩をがっつりと掴んだリリエは、トリシアを強く見つめている。
余談だが、彼女の魔力は戦闘中のように励起しているので非常に圧があった。クラスⅠの彼女には割ときつかろう。
「カド君のこと、よろしく頼むわね……?」
「ぜ、善処しますっ……」
トリシアは薄っすらと涙を浮かべつつも、頷いている。
何やら大変そうだ。と、どこか遠くのことのように思って眺めていると、袖をくいくいと引かれた。エイルである。
「カド。ちょっといい?」
「はい?」
「見ててちょっと不憫になるから。トリシアと守護竜様のこと、大事にしてあげてね? でないと二人の胃が……」
「なるほど。キリキリしちゃうわけですね」
続く言葉を予想してみると、エイルは肯定した。
「安心してください。シーちゃん、カモン!」
こちらに戻ってきた時に回収した使い魔の黒山羊だ。
呼ぶと足元に現れたので、カドはそれを抱え上げる。
べええーと気の抜ける声を出す黒山羊を見たエイルは、これで一体何がどうなるのかと理解に苦しんでいる様子だった。
そんな彼女の前で、大量の触手が地面から浮かび上がってくる。
「もし胃が荒れてもこの触手を突っ込めばすぐに荒れた場所がわかります。しかも治癒術を使えばスクラルファートのような荒れた粘膜面のタンパク質に結合して粘膜を保護してくれる薬がなくともすぐに完治できます。あら安心というわけですね!」
「……カド。ちょっと正座しよう。それから諸注意を確認しよう?」
「あ、はい」
エイルから親身な言葉が向けられ、カドは大人しく従うのだった。
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