虫下しや抗生物質に至る毒
カドとガグの戦闘は当初想定されたよりもずっと楽に進んだ。
その理由は二つ。カドがガグの構造を理解してきたことと、ガグは特殊能力を持たないためだ。
どうもガグは魔力量こそ多いが、それを魔法として活かすことがないらしい。その代わり、基礎的な身体能力が高い点は厄介と言える。
だが、体の構造を理解して攻撃すれば優れた身体能力も意味をなさない。
「はいよ、〈毒式・影槍〉と」
見敵必殺だ。黄泉路を走るカドは、ガグを見つけるや魔法を放つ。
狙うは大腿部や上腕の筋肉、または下腹部だ。
〈毒素生成〉を付与した〈影槍〉で攻撃するなら、毒が迅速に効果を発揮する場所を狙うのが効率的だろう。そのため、血流量の多い部位を狙ったのだ。
これは薬物投与する際、静脈>筋肉>皮下>皮内>経口と吸収速度の違いがあるという知識を利用したのだが――結果は微妙だと判明した。
「あちゃー。効率的にするなら、剣山みたいな毒針を刺す方が良いかもですね」
文字通りの槍じみた〈影槍〉で四肢や腹部を狙うと、出血や消化管内容物によって肝心の毒が薄められてしまい、思ったより吸収速度が上がらないというのが真相なのだろう。
これは要改善と心しながら、カドはガグの死に物狂いのタックルを避ける。
「お次は〈腐敗〉と〈影槍〉ですね」
地面に転がったガグに、追い打ちをかけた。
これまで使ってこなかった〈腐敗〉を〈影槍〉に付与し、胴体を貫いてやるとどうだ。
どうもこれは微生物の働きを促進する魔法らしく、貫通した部位からぐずぐずと溶けていき、致命的な効果を発揮していた。
これはもう腹膜炎どころの騒ぎではない。死体の腐敗を早送りで見るかのようだ。
ガグが絶命して魔素に還ると、その背に寄生していた全長一メートルほどの〈剥片〉のみが残る。
カドはそれに対して先程の失敗から学んだとおり、細分化させた影槍を介して毒を注入し、その効果のほどを検証していった。
あとはまた別の個体で神経、腱、関節などを適宜狙って〈影槍〉で貫いたり、サラマンダーの〈昇熱〉を付与した〈死者の手〉で破壊したりと攻略法は様々だ。
そうしてカドはガグやそれに取りついた〈剥片〉を存分に研究した。
目ぼしいところは全て倒し終えたのでのでユスティーナのみならずエワズも近くに寄ってくる。
『調べるべきは調べ終えたか』
「ええ、大体想像通りの結果が得られました。〈剥片〉も見た目通りに同一種でしたし、前もって用意した毒で殺せそうです」
『ふむ』
エワズはそれについて思っていることはあるようだが、何も言わない。
しかしリリエは違った。彼女は険しい表情で詰め寄ってくる。
「試すべきことがあったのはわかるわ。でもね、カド君。徒に相手を苦しめるのは良くないと思うの」
「毒殺できるまでの時間を測ったり、毒で侵した後に反応が返ってくるかどうか神経節を叩いたりしていたことですか?」
カドがリリエに確認すると、彼女は神妙な面持ちで頷く。
けれどそんなリリエを見たユスティーナは、心底疑問に思った様子で首を傾げた。
「強者であれば生殺与奪の自由は握るもの。それに相手は魔物です。わたくしは気にする程度のことでもないと思いますが」
魔物には自我も秩序もない。魔力を持った存在に見境なく襲い掛かる悪質な魔素の塊だ。害虫よりよほど性質の悪いものなので、同情の余地はないのだろう。
リリエはそれに対して首を横に振る。
「無意味に続けていれば、いつかそれが歪んだ感情に変化するかも知れないもの。放ってはおけないわ。尤も、カド君にとってはいらないお世話だと思うのだけれど」
子供がアリを潰して回る――そんなこととは明らかに違うのは察しているようだ。
けれどユスティーナからすればやはり理解できないのだろう。彼女はカドに擦り寄り、わかりやすく味方を主張してくる。
エワズといえば彼女ら二人の意見の中間に立っているようで、口を出さずにカドの動向を見守っていた。
「そうですね。敵をいたぶるのは時間の無駄だし、反撃の機会も与えそうなので普通はしません。僕はですね、薬を作ろうとしていたんです」
「薬……?」
リリエもユスティーナも、カドの発言は全く予想外だったらしく、二人してオウム返しにしてくる。
「でも君が〈剥片〉に対して使っていたのは死霊術師の〈毒素生成〉なのよね?」
「はい」
「それがどう薬と繋がるというのですかっ……!?」
カドが肯定した途端、ユスティーナは新たな知識と見て目を輝かせた。腕に手を回したまま飛び跳ねるその様子は、フリスビーを待つ犬のようである。
腕を胸で挟んだまま跳ぶので、普通の男ならたじろいだことだろう。
けれどカドは何一つ気にせずに答えた。
「食材も薬も、過ぎれば毒です。けれど体に有害であろうが、適切に使った際の利益が勝るならそれは薬と呼ばれます。では、虫下しやその他病原体に対する薬を求めるとしたら、どんな性質のものがいいでしょうか?」
カドは問いかける。
無論、この答えに関しては虫下しや抗生物質がいくつも作られている世界の知識があればこそ、答えられるものだ。彼女らに正答を求めるのは酷というものである。
カドは悩む彼らに答えを提示する。
「僕たちには無害で、病原体だけには猛毒である物質。こんなものだったら、毒でありながらも最高の薬ですよね?」
「そうね。言いたいことはわかるわ」
噛み砕いた説明によって理解できたのだろう。リリエは頷く。
それを見て取ったカドは続けた。
「僕が元いた世界での虫下しなどは、主に病原体の神経系だけ麻痺させる毒なんですよ。あとは僕らにはないけれど、病原体にとっては生命維持に不可欠な生体反応を阻害する仕組みなんかも利用されることがあります。今の僕を取り巻く環境では、〈剥片〉の神経だけ麻痺させる毒で侵した後、神経節をわざと刺激して反応を見るくらいしか実験、検証のしようがないというわけです」
哺乳類と節足動物では、神経の詳細な造りが異なる。そんな事実と似たようなものだ。
この世界では幻想種の加護による体の変容もあるので、見かけは哺乳類といっても、中身はまた違う。といった事例もありそうなので、生体に作用する薬についてはかなり慎重な調整が必要だろう。
だが、この世界の幻想種も動物も、自分たちの生殖機能によって種族としての血を残しているのだから、作ろうと思えば作れぬ物でもない。
――特定の生物種の神経にのみ、異常を起こさせるモノ。
毒としても、薬としても、それは今後重宝することだろう。
それを説明すると、元から過度の心配はしていなかったリリエは素直に引き下がった。
「わかったわ。考えがあるならいいの。口煩くてごめんなさいね?」
「いえいえ。こうして心配をしてくれる人を守るために試しているのでいいんですよ」
「そ、そう……?」
リリエの手を取って言うと、彼女は少し照れた様子だ。
「はい。ドラゴンさんとか体が大きいですし、変なものに寄生されやすそうです。対処できる薬はあるに越したことはありません」
それはともかく、戦闘にある程度時間を使ってしまったのでまもなく夜となってしまう。カドはリリエからパッと手を離した。
「と、いうわけで薬についてはある程度モノになったんですが、まだ確認したいことがあります。ここの境界についてなんですが、これってどの程度の条件で物を通過させるようになったのでしょう?」
カドは前方に目を向ける。
そこにはアーチ状の光の帯が宙に浮いていた。話からするに、これが例の境界であることは想像がつく。
『そうさな、通常の境界であれば魔力量が一定以下か、低層の境界主を倒しておらねば通れぬ。ちょうど、この石くれと同じだ』
エワズは言葉とともに尾で石を持ち上げると、器用に放り投げた。それは光のアーチを通過し、向こう側に落ちる。
その様を見たカドは眉をひそめ、重いため息を吐いた。
「うわぁ、それだとより一層警戒したくなりますね。大蝦蟇から零れ落ちる〈剥片〉って、一番小さくてどのくらいのサイズになるんでしょうか? 寄生される際に痛みを感じるとか、目に見えて大きいならいいんですけど目に見えないレベルからダニ程度もいたりすると、本当に面倒ですよ」
カドが眉を寄せて悩む仕草を見せるが、それに答える者はいない。
エワズたちは相互に視線を投げ、それぞれ眉を寄せていた。
『検討もつかぬな。そも、〈魔の月涙〉の季節は大蝦蟇に接触しかねない時期であり、地上には無数の〈剥片〉がこぼれ落ちてくる。それこそ睡眠の余裕など持てぬレベルで溢れかえるから、第二層を旅しようと思う輩はいなかった』
「なるほど。だったらなおのこと、実際に二人が戦いに出る前に下調べをしておきたいですね」
カドが境界に視線を投げていると、リリエは息を吐く。
「はいはい、わかったわ。そうまで言うのならちょこっとだけ調べてきましょう? それで、君はその後に天啓の更新に私と向かうこと。いいわね?」
「はい、よろしくおねがいします」
これだけの戦力が集中しているのだ。多少のことは何とかなると踏んだのだろう。
リリエの申し出に、カドは頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます