同類と歓談します

 ユスティーナという少女はいろいろと感性が常軌を逸しているのはカドから見てもわかる。彼女は酷く特異な少女だ。

 今しがた四メートルにもなる怪物を引き裂いて殺した直後だというのに、一点の曇りもない笑顔で待っている。


「ふふっ。カド様、カド様っ。わたくしとどんなお話をしてくださるのですか?」


 花畑で暢気に話しかけたのなら彼女の容姿相応だったというのにこれは如何に。


 ついでに言うと黄泉路の名にふさわしく、土と岩だらけの峡谷に漏れる青い光。おまけに少女の横には体高が五、六メートルにもなる人狼が正座しているものだから本当にいけない。シリアスなのか、シュールなのか、お気楽なのか、場の空気も定まらなかった。


 まあ、そんなことを気にするだけ今更だ。

 カドは息を吐き、彼女と同じく正座をして向かい合う。


「改めて、はじめまして。模擬戦の前後に何かあった気がしますが、面識はなかったですよね。知っているでしょうが、僕はカドと言います。上空を飛んでいるドラゴンさんと旅をしていまして……訳ありなのは冒険者のお偉い方では周知なんですよね?」


 問いかけると、ユスティーナは正直に肯定した。


「はい。この度の大蝦蟇討伐については五大祖と街の重鎮で話がありました。加えて、治癒師は錬金術師と共に死霊術師の後見をすることになったのでよく知っています」


 そう言ってから、彼女はふと思い出した様子で正座からさらに居住まいを正した。


「申し遅れました。わたくしは治癒師の現当主、ユスティーナ・プレディエーリと申します。カド様、以後お見知りおきを」


 淑やかにほほ笑んだ彼女は指をついて丁寧にお辞儀をしてくる。

 まるで和式美女の作法のようだ。

 そんな彼女が顔を上げたところで、カドはどうもと会釈を返す。


「手助けはありがたいんですが、僕は〈剥片〉について情報収集をしているところです。あっさり殺されるのはちょっと困ります」

「情報収集、ですか?」

「はい。わかりますよ、ユスティーナさん。あなたはいろいろと生体に興味はあるようですけど、深いところまで熟知しているわけじゃないんですね」


 先程、的確に神経や重要臓器を狙った点からして、様々な魔物と対する時に相手の構造を捉えて行動しようとしていることはわかった。

 しかし、傍に侍る人狼を見ればその注目度がどの程度なのかは理解できる。


「このわんちゃん、どうやって作りました?」

「治癒術の応用です。犬を模して魔素で生態を作り上げ、使役しています。使い魔よりもずっとずっと生体に近い代物ですね」

「なるほど。僕には魔法の燃費的に無理な話です」

「それは得手不得手ですよ。治癒師は魔素補完による消耗が少ない一方、死霊術師のように呪いを使うのは困難です。治癒師は生命を作り、育む者。死霊術師は生命を縛り、律する者。近しいようで擦れ違った存在なのです」


 これは複合魔術である治癒魔法を考えるとわかりやすい。

 魔素補完は自分の魔素で何らかの物質を作り、他者に定着させるもので治癒師寄りの技能。反対に血流操作は体内での規律を操るので死霊術師寄りの技能。そういうことだそうだ。


 彼女の魔法について粗を突こうと思いきや、カドは返答に素直な感心を示した。

 流石は五大祖として知識を積み重ねてきたことはある。その分析は厳密におこなっているらしく、定義されると驚くほど腑に落ちた。


 勉強になった点については「ありがとうございます」「いえいえ」などと暢気にやり取りし――そうしている間に空からリリエが降ってきた。

 何やらジト目でこちらを睨みつつ、ずかずかと近寄ってくる。


 ユスティーナは何の危機感も覚えずにあらあらと微笑んでいるので、カドは邪魔が入らないうちに話を再開した。


「とにかくですね、このわんちゃん、犬を模しているだけあって不自然なんですよ。犬を人の形に変形させて、どうにか人狼としての機能を持たせようと肉付けをしているので動作不良を起こしているんです」


 そう言ったカドは人狼に飛びつくと、人間の鎖骨に当たる部分をべしべしと叩く。


「ここ、鎖骨がないですね。人と猿とネズミにはあるんですが、一般的な四足歩行の動物にはないんです。彼らは犬かきのように足を前に出して後方に蹴り出す。こんな動きが得意なだけで、抱き着くように腕を胸に引き寄せたり、大きく開いたりする動作はできません。猫やクマではもうちょっとマシでしょうが、それでもたかが知れています。というわけで、強引に人の動きを真似るための肉付けはよほど考えた配置にしないと動きの阻害になるかと」


 さて、それならばどこ骨格がおかしかろうかと、カドは肘の内側や上腕を触る。


「ふむ、この辺りですね。上腕の三角筋が一部くっつくはずの鎖骨がないので、胸筋に被さるように肋骨にくっついています。多分、何かしらの動きで妨げになりますし、筋肉が隆起した時には傷つけあうかもですね。あとは下半身も骨格的にそのままだと絶対に人間の真似をし難い気が……」


 そうしてカドが気付く場所ごとにやたら細かな説明をし始めたことで、リリエの動きは止まった。

 彼女はぎこちない表情を浮かべ、踏み出そうとしていた一歩をやっぱもういいかと諦めている。


「――というわけで、この人狼、キメラっぽく改造するのは良いんですけど、中身のベースは人やゴリラを参考にするのがいいと思います。その上で、盲点のないイカやタコの目、ガス交換効率のいい鳥の肺なんかを採用してみるとより高機能になるかもしれません。骨の形、筋肉の付き方、普通の臓器だけでなく生殖器や血液に関しても差はあるんですよ。掛け合わせていくらでも試せるって羨ましいです」

「あぁぁぁっ、なるほどっ! 素晴らしい、素晴らしいです、カド様っ!」


 憧れのスターでも見たように打ち震えた声を零したユスティーナはカドの手を両手で掬い上げると、強く握りしめた。

 そんな動きはリリエのセンサーに触れたようだが、長続きはしない。「ちなみに――」と口ずさんだ彼女はカドの手を放して自ら人狼に飛びつくと、微塵の躊躇いもなくその眼球に手を突っ込み、抜き取ってくる。


 生体を模して造られているだけで、本質は人型ロボットと変わらないのだろうか。人狼が痛みに身じろぐことはなかった。

 戻ってきたユスティーナによって、体液が滴る眼球を差し出されたカドは遠い目となる。


「うわーい、スプラッタ……」

「ちなみにその眼というのは、どこをどう改善するものなのですか?」

「僕が知る動物は、眼球の内側にある神経が視覚の受容器から情報を得て、脳に伝えます。ただ、その情報を伝える神経の集合地点には受容器がないので視覚情報が得られません。でも、神経が眼球の外側を覆うように走っていたら、全体から情報を取得できるって話です」

「そうなのですか。そこまでの差が生物の間にあるとは思いも寄りませんでした。あぁっ、あなたの知識を一つ一つ、味わってみたいものです……!」


 愛嬌を振りまく小型犬のような全力の好意を示されているというのに、ちっとも響かないのは何故だろうか。


 暇があれば情報交換しましょうねと社交辞令的に返したカドは、再びその場に正座する。

 ユスティーナは何を言わずとも正座し、熱烈な視線をくれていた。


「はい。さっきの話は置いておくとして、僕の目的ですね」

「ぜひ聞かせてください!」


 うんうんと乗り出し、せっつこうとするユスティーナから、カドはさりげなく距離を取る。


「個々の〈剥片〉の形状はほぼ同じですが、サイズにばらつきがあります。傍目から見たら同一種ですが、本当にそうなのか捌いて中身まで確かめて判別したいんです。あと、あれが普通の生物と違うなら、どんな毒で殺せるのかいろいろ試したいですね」

「……はて? カド様。毒なら強力なもの一つあればよろしいのでは?」

「いいえ。あれは魔物の寄生虫ですからね。理想としては僕らや幻想種には効かなくて、あいつらだけを殺せる毒が欲しいんです。特に、養分を吸って巨大化するような生態を持つならより一層に。あれって一体、生まれた時はどんなサイズなんでしょうか」


 言葉を重ねてみたが、ユスティーナとしては真意を掴めなかったのかパッとしない表情だ。

 けれども彼女は純真にほほ笑むと、再び手を取ってくる。


「……そうですか。カド様には、きっと深謀遠慮がおありなのですね。学ばせてください。その異なる世界の知識。そして、あなた自身についてもです。骨の形、筋肉の付き方、臓器と生殖器に血液でしたか。こちらの世界と混じり合った今、どれほどの違いがあるのでしょう?」

「うんうん、僕としてもこちらの生物との違いは何となくしか把握できていないんですよね。そうやっていろいろと作ったり、繋げたりできる能力があると調べやすそうです。今後とも――うおう」


 にこやかに笑顔で握手を交わそうとしたところ、先程からそわそわとしてこちらを見ていたリリエに胸ぐらを掴まれ、吊るされた。

 まるで母親に首根っこを咥えられた動物の気分である。


 カドは無抵抗で吊るされつつ、リリエを見た。


「カド君。今のお話、凄く危なそうに思えたんだけど、わかっているかしら!?」

「あ、はい。毒と危険生物の扱いは気を付けたいと思います」

「そうね。危険な生物の扱いは気を付けるべきなんだけど、多分、君にわからせるには数分では足りないと思うわ……!」


 危険な生物と言いつつ、リリエはユスティーナと目を合わせていた。

 まあ、確かに彼女はどこかねじが抜けている。日頃から普通ではないと言われるカドも然り。恐らく、本質的には同類と言っていい存在なのだろう。


 だからこそ、なんとなくわかる。

 例えばハルアジスやそこらの冒険者と、ユスティーナ。どちらが信頼できるかと言えば間違いなく彼女だ。利害関係がどこまで続くのかは、かなり判断しやすく思える。


 そんな考えがあるから、他よりは警戒も薄くなっているのだ。


「とりあえず君は用事を早く終わらせていらっしゃい。そして一人で戦って経験値を溜めて、少しでもこの後の天啓の糧にしなさい……!」


 うん。クラスⅥのリリエは強肩だ。

 こちらこそ穏やかに説明する間もなく投げ飛ばされ、新たなガグと会敵することになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る