剥片の排除と調査に向かいます
エルタンハスは一応、宿場町ではある。
しかしながら百名もの冒険者を受け入れるほどの容量はない。
今回の討伐参加者は約百名。
一人用、二人用、四人用などの個室は主にクラスが高い者に優先的に振り分けられている。リリエやユスティーナなどはもちろんそちらだ。
冒険者の最精鋭に当たるクラスⅣはユスティーナのみ。
一等の冒険者であり、各派閥の主戦力とも言えるクラスⅢが約二十名。
そして〈剥片〉の戦力に合わせたクラスⅡが約七十名。
最後に、クラスアップさえ果たせば十分な戦力になると見込まれたトリシア、イーリアス、スコットなどが数えられるクラスⅠが約十名という内訳となる。
個室や、多くを泊めるための長屋は主にクラスⅡやⅢが利用し、クラスⅠや一部のクラスⅡは敷地内に張られたテントで過ごすことになっていた。
突発的に参加することになったカドにあてがわれたのもテントらしい。
トリシアはそこに向かい、入り口を潜った。
すると、意外なことに先客を見つけた。
「ど、どうも」
社交辞令気味に挨拶を向けてくるのは、カドと共にこの街にやって来た少女だ。
その腰から生えた異様な尾に目を奪われていると、彼女は表情を強張らせて後ずさる。
「あっ、ごめんなさい! その、見ない姿だったので少し驚いただけです。自警団の団長さんの娘さんか、関係者の方なんですよね……?」
街にやって来た際、自警団団長のフリーデグントと熱く抱擁していた姿が思い出される。この姿といい、カドたちと共にいたことといい、訳ありなのだろう。
その警戒を解くためにも、トリシアは自己紹介をする。
「私はトリシア・オーヴェラントと申します。そのう……カドさんの親戚のようなものなので、世話をしに来ました」
「そう、なんだ。私こそ、ごめんなさい。この姿だと忌み子扱いされるから人の傍はちょっと警戒しちゃって……。エイル……、シュナーベルって名前だよ」
家名を名乗ることに少し躊躇いを見せながら、彼女は言った。
トリシアはその理由までは察せなかったが、穏やかな表情で頷きを返す。
「よろしくお願いします、エイル。よく見ると、その尾の魔素はあなたの魔素とよく似ています。異物と混ざったような忌み子とは明らかに違いますね。大丈夫です。私はあなたに危害は加えません」
そう伝えると、彼女は少しばかり落ち着いたようだ。
そして、本題であるカドの状態を確認するためにも一歩近づく。エイルの姿で見えなかったが、彼は昏倒して寝ているはずだ。そう思ったのだが――
「めえー」
「ヤ、ヤギ……?」
カドの代わりに床で寝ていたのは黒山羊であった。
トリシアがそれに困惑顔を向けていると、エイルも困った表情を見せる。
「うん。私も世話に来たんだけど、カドに触れたらこっちに変わっちゃって。多分、隙を見て使い魔と入れ替わって擬態させていたんだね」
「え、えぇぇ……」
人を信用していないにも程がある。
先程、ユスティーナに会った際は周囲を警戒するために虫の死体を飛ばしていたり、従者のサラマンダーを忍ばせていたりしたことにも気づいた。
エワズが言った彼の欠点を補うには、随分と努力が必要そうである。
トリシアは大きなため息を吐き、同じく困り顔をしているエイルと顔を見合わせるのだった。
□
一撃をもらって昏倒をする振りで搬送される途中、隙を見て抜け出したカドは街の外にいるエワズのもとにやってきていた。
それを目にしたエワズは酷く物言いたそうな顔で睨んでくる。
『カドよ。何故、こちらに来ている?』
「素性の知れない人たちばかりですからね。ハルアジスの弟子も見えましたし、この機に乗じて寝首を掻く輩がいても面倒なので逃げてきました。復讐に刈られた冒険者を返り討ちにしたら難癖つけられるなんて展開は御免です」
『此度の依頼はギルドや管理局によるものだ。それに反した者の立場は相当に追いやられるだろう。過剰な心配ではあらんか』
「そうかもしれません。でも、万が一があれば嫌です。僕の目的はエワズの望みを叶えること。それ以外のことに関しては石橋を叩いて渡る所存です」
『まったく、汝というものは……。その点については汝に任せても進歩せぬと危ぶんだ。トリシア・オーヴェラントの願いもあって、あれを旅に同行させることにしたぞ』
イーリアスとの戦闘でエワズの感覚にアクセスする余裕もなかったカドとしては知らなかった事実である。
そんなことがあったのかと驚いていると、エワズは当時の状況を伝えるために意識の共有を図ってきた。こういう時、彼のこの能力は非常に便利である。
その展開に納得したカドはぽんと手を叩く。
「ははあ、なるほど。確かに僕ってば、そういうことができそうにないですもんね。トリシアさんがいると、色々と捗りそうです。人の輪に入れない人間が一人で努力するより、人気者の誰かが手引きしてくれたら労力は何分の一にもなるでしょうし」
『汝はそこまで人の性質を理解していながら、何故そうなのか……』
「あはっ。それはまあ、他のことの方が優先度が高いからでしょうね!」
『反省せよ、反省を』
全く悪びれた様子もなくカドが言った瞬間、エワズは尻尾でカドの顔面を締め上げると、そのまま宙に放り投げた。
カドの体捌きもこなれてきたもので、そこから猫のように体を捻って体勢を整えるとエワズの背に着地する。
『ところで、この場に来たのは人から逃げるためだけか?』
「いえ。どうせ、明日にはガグと〈剥片〉の処理を頼まれるんですよね? それなら確認したいこともあるので、他人に手を出される前に処理しておきたいと思いまして」
『ふむ。クラスアップに必要な境界主以外の処分であれば問題なかろう』
「同じところにいるガグが寄生されているなら、その境界主も〈剥片〉に寄生されていそうなんですけど」
『それはなかろう。あれはヒトが境界に近づいた際に出現し、いなくなれば消えるものだ』
「なるほど。じゃあ、帰りが深夜にならないよう、ちゃっちゃと済ませてきましょうか!」
カドはエワズの背をぺしぺしと叩いて促す。
先程の説教もあってエワズは乗り気ではなかったのだが、翼を広げて空に飛びあがった。
目的のガグの黄泉路はすでに見えている。三十分も飛行すれば到着することだろう。
しばらくはすべきことも特にない。
途中で回収したサラマンダーを湯たんぽ代わりに抱いて待機する以外にないだろう。そう思っていたところ、何かが後方から近づいてくる気配を感じた。
そこら辺の魔物にはない、大きな存在感である。カドはある程度の察しを付けて振り返った。
案の定、リリエが追ってきていたらしい。
彼女は天使の羽根を消し、エワズの背にふわりと着地する。
「わざと一撃をもらって手合わせを切りやめたり、境界に向かったり。二人とも、どうしたのかしら?」
心配するこっちの身にもなれとリリエは腕を組んで問いかけてくる。まるでお姉さんからの説教だ。
「イーリアスさん、でしたっけ? あの人の技や動きはわかったんですけど、どうにも学び取れるものじゃないなと思ったので切り上げました。こっちに来ているのは、〈剥片〉について調べたいことがあるからですね」
「わからないでもないわ。冒険者の戦い方って、身体能力の他にスキルも使うもの。違う流派の人間は、仮想敵にはできてもお手本にはし難いわ」
そこに納得を示したリリエはエワズの背に座り込む。
「ところで、眼下を爆走してくるあれは何ですか?」
カドは指で示し、リリエに問いかける。
リリエが追ってくるのに合わせてやって来たのだろう。何やら象よりも二回りほども巨大な人狼が、獣と同じく四つ脚を使って眼下の平原を爆走している。
そのうなじにはユスティーナが乗っていることから、彼女の魔法による何かということは察せられた。
それを見下ろしたリリエは視線を戻すなり答えてくれる。
「〈人形遣い〉とか呼ばれる由縁かしらね。あの子、治癒術による肉体の補完を利用して、空想の生物を創造して使役するそうよ」
「なるほど。一から体を作り上げるわけですか。でも、おっそろしく燃費が悪そうですね、それ」
カドは、ふむと思考する。
治癒術は魔素補完と、血流操作の複合魔術だ。個別で使うことも可能で、生物の構造に詳しければ理論的には可能な話だ。
だが、アルノルドの身をいくらか補完しただけでへばった経験からするに、あんなサイズの物体を作り上げて制御し続けるなんて真似は現実的ではない。
そういう意味で捉えると、それを可能としているユスティーナは非常に興味深い。
聞けば、彼女は五大祖の一角、治癒師の現当主だそうだ。その名を冠するだけはあると言えよう。
分野も似ているだけに、彼女とは話をしてみたいな――と考えて見下ろしていたところ、リリエはその思考を遮るように肩をがしりと掴んでくる。
とても痛いし、目が怖い。
「いいこと、カド君。あれは君の敵よ。部屋に上げたりしてはいけないわ」
確かに危機感を匂わせる忠告である。
だが、敵に対する警戒からはどこか外れる気配に、カドは首を傾げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます